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2018年 03月 29日

得難い、春の宵

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毎晩通る帰り道。
晴れてはいるが空気はそこはかとなく潤んでいる。
頬を撫でる風はいかにも春風駘蕩の感をはらみ、見上げれば満月に近い月と、満開に近い桜が戯れる。
夜風は微かに花を揺らし、月は自ずと微笑む。

気づくと、音がない。
午後8時をまわったばかりというのに帰宅を急ぐ女性のハイヒールの音も、ささやかな生活の音も絶えている。
得難い、春の宵である。
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by libra-mikio | 2018-03-29 22:08 | | Comments(2)
2018年 03月 26日

The speech.

これほどまでに魂を震わすスピーチがあっただろうか。

エマ・ゴンザレスさん。

Emma Gonzalez's powerful March for Our Lives speech in full


帰りの電車で見て、涙滴が落ちるのをなんとか我慢した。

人は、いい意味で、ちゃんと人である。


by libra-mikio | 2018-03-26 22:38 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 25日

花翳

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まだ満開ではない桜の花枝が春光を受け白砂に翳を落とす。
この場所が大岡越前守の菩提寺であるということは特段の意味を持たない。
第一、何も知らずにクルマを走らせ、直感によってクルマを停め、見出した光景なのだから。

あと一週間のうちにこの桜も満開を迎え、あれよという間に花吹雪となり、
その時は枝の影に落ちる花弁があらためて白砂に花を咲かすことになるのだろう。
それはまた美しい風情があるだろうが、その時が僕の休日に当たるとは思えない。

近い未来の景色を想いつつ、今逢えたこの光景を僕は最大限に受け止める。
いつも想うことだが、風景との一期一会、つまり今をとても大事にしている。
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by libra-mikio | 2018-03-25 22:12 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 03月 24日

馬酔木

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明月院に向かう水路脇の小道に、馬酔木が咲いていた。

本当にただの小道。

本当にただの自然木。

それにしては、なんと官能的なのだろう。


by libra-mikio | 2018-03-24 22:14 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 21日

落花

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寒椿がぽとりと落ちているのは、風情もあるが、何がなし痛々しい。
常緑樹であるにもかかわらず、花は、落ちる。
盛者必衰のアイロニーか。

赤い椿白い椿と落ちにけり 碧梧桐

こんな句がよぎる。でも、好きな光景だ
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by libra-mikio | 2018-03-21 22:09 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 17日

好日

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天気予報はこの数ヶ月非常に当たるので、今朝の好天を予期して早く起きた。

漁船の入れる網に目ざといカモメたちが群がり、おこぼれを頂戴する。
普段カモメが侵入できなくて悔しい思いをしていた海中から、漁師によって小魚が海面に集められる。
きっとたらふく小魚を賞味したことだろう。




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今日も円覚寺で坐禅をさせていただいた。
禅堂に入るまで少しの間、境内を彷徨う。
鎌倉の寺にはミツマタが多い。
ミツマタにもいくつか種類があり、早春に顕れるものは、正直言って好きではない。
でもこれは好きだ。

今日の坐禅はうまく行った。
呼吸の調製法である数息感(すそくかん)の機微がようやく判ったようだ。
今後しばらくは数息感を身につけ、夏くらいには随息感(ずいそくかん)の真似事くらいは出来るようになりたい。




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帰りに東慶寺に寄り、右手にあるギャラリーに顔を出した。
アート作品を売っているのだが、僕はいつも了解を得て、気づいたものを撮らせて頂いている。
今日の善き坐禅の経験を形にすると、きっとこうだろう、そう想いカメラに収めた。


by libra-mikio | 2018-03-17 22:49 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 16日

60歳考

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60歳考、というタイトルは付けた。
書きたいことは山のように有る。
同時に、書いちゃなんねぇ、という気分も併存する。
ということで、いざ書き始めてはみたものの、まとまらない予感が体内を飛び交っている。

書きゃぁ愚痴と誤解されそうだし、書かなきゃ自分に嘘をつく。
番茶も出花の乙女のように、気持ちが千々に乱れる。

要するに(僕のサラリーマン生活においては)僕の立場は微妙だし、・・・

やめよう。60になったばかりだ。
大局の中の自分を見ることができるようになった時、書きたければきっと書く。

今は前を向いて生きるっきゃない。
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by libra-mikio | 2018-03-16 22:15 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 15日

春の憂鬱

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1年前か2年前か、古本屋で何ということもなく、佐藤春夫の田園の憂鬱を買った。
半分くらいまで、何がしかの感慨を持ちつつ、数日かけて読んでいるうちに、結局どこかに行ってしまった。

その後、これも何ということもなく、ボードレールのパリの憂鬱を買い、やはりどこかに行ってしまった。

思い返せばふたつとも、春に買ったような気がしてきた。
もしかすると春は、案外、憂鬱な部分を持っているのかもしれない。
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by libra-mikio | 2018-03-15 22:59 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 14日

宇宙は愛する人がいなければ、たいした意味はない

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ホーキング博士が亡くなった。
「宇宙は愛する人がいなければ、たいした意味はない」
生前そう仰ったと、さっきNHKで桑子ちゃんが言っていた。
なんだか胸キュンの言葉だ。かつホーキング博士の発言として実に味わい深いし、軽妙さの中に重みを感じる。

一方で、般若(プラジュナー)の考察と涅槃(ニルヴァナ)を想うとき、愛という言葉をどう扱っていけば良いのか煩悶してしまう。
オール・オーバー・the・ワールドのなかで、仏教哲学は多少ニヒルである。


by libra-mikio | 2018-03-14 22:35 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 11日

前を向く

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2年前の3月12日のブログには、当時の僕の3.11に対する意識が悲しい澱のように表現されていた。

去年の僕は3.11に関するものを全くアップしていなかった。

今年、僕は3.11をきちんと受け止める準備をしていた。

7年目の今日、これまでと違い、悲しみに暮れるのではなく、なにかこう、前を向いて行く感覚を持った。

前を向くことはとても尊いことだと、今、肌で感じている。


by libra-mikio | 2018-03-11 21:10 | Mic記 | Comments(0)