平成も終わろうとしている今ではあるが、世代としての昭和は当然身に染み付いている。
昭和のシンボルと言えば何があるか。
それは人の数だけあるのであって、番付をする意味はない。
しかし各位の心には、ふとした湿り気を帯びた心象風景が必ずやある筈だ。
その風景に寄り添う歌、ウタは何か。
五木の千曲川でもいい。タケカワユキヒデの甘ったるいリリックでもいい。
すべて、少し遠い向こうから聞こえてくる。
稲穂の奥に見える、田園にしては瀟洒な屋根が僕に起こした化学変化の先は、五輪真弓だった。
旋律が先に来、追いかけて歌詞が蘇る。
・・・忘れられた静けさの中 口笛高らかに吹けば 痩せた野良犬たちの 遠吠えが・・・
こんな歌詞に意味があると思っていた時代。
或いは意味を考えずに同調したのかもしれない時代。
学生運動はすでに下火になり、マル青も革マルも僕には区別がつかなかった。
高3だったか、渋谷のデモに遭遇した時も完全に醒めていた。
五輪真弓。なんとなく天上天下唯我独尊。
そんな人が現れて、時代は大きくカーブを切ったのだと想う。
エセもいっぱい居た。
しかし全てひっくるめて、時代のエビデンスか。
昭和は濃厚だった。平成はどうだったろう。
平成は、色がない。