初夏、この田には青々と水が湛えられた。
盛夏、薄緑に金が混じったような、命の勢いそのものの色が一面を覆い、初秋にはその熟れ切った穂がかぐわしい香りを放ちながら黄金に波打った。
そして晩秋。
田は生産をやめ束の間の休息に入る。
晩秋には、田の方々から何かを焼く煙が立ち上る。
その匂いは、不思議と胸に染み込み、幼い頃のことなどを想い起させる。
さほど冷え込んだ訳ではなかったが、農夫によって作り出された煙は地上数メートルにある目に見えぬ逆転層に行く手を阻まれ、静かに、平らかに、広がっていった。
眼を転じれば、こちらも晩秋ど真ん中の風情を醸す景色が広がる。
誰が取るでもなく、沢山の実をつけた柿。
土蔵の壁は、計算した訳でもないだろうに、見事な調和を見せて崩れかけている。
聴こえる音は、と耳をすませば、一切ない。
この土蔵は、これからきっと、何回も足を運ぶ僕のランドマークになるだろう。
クルマに戻ろうと振り返ると、さっきの逆転層が気温の上昇に伴い均衡を失い、野焼きの煙が乱舞を始めていた。
なんという、善い朝だろう。