Mickey's world

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2018年 11月 15日

対話

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日増しに心細くなる母の聴力。

これまで大振りなジェスチャーを交えての会話をしてきたが、込み入った話になるとやはり厳しい。

ふと思いたち、伝えたいことを紙に書くようにした。

その効果たるや絶大で、話がトントン拍子に進む。

僕が伝えたいことを書く。すると母は即座に自分の意見を述べる。

僕が書き、母が口頭で答えるので、これは会話でも筆談でもなく、対話である。

さっきも、つい最近踏み切ったショートステイ(お泊り)に関する母の意見を聞き、大変に参考になった。

嬉しくなって次から次へと対話を試みた。

でも食事中だということを忘れていた。

急に、「食べた気がしないわよ」、と叱られた。

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# by libra-mikio | 2018-11-15 20:22 | Comments(0)
2018年 11月 11日

金魚

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薔薇の花園を金魚が泳ぐ。

今日も頭が麻痺している。



# by libra-mikio | 2018-11-11 20:07 | | Comments(0)
2018年 11月 09日

根源

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子供の僕が見たら間違いなく泣き出すであろう能面。

この日だって、出逢ったときに意を決して記録として撮ったまでだ。


しかし家に戻りこの写真をじいっと見ているうちに、美しいと思うようになった。

スイッチが入れば、もう、どんどんこの面が愛おしいほどに可愛いとさえ思えてくる。


和の美。

こんなにも素晴らしいものがあったのだ、と内奥の声が叫ぶ。

日本の美の、人における美の、根源であるやもしれぬ。



# by libra-mikio | 2018-11-09 21:44 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 11月 07日

反省

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母がデイサービスに出かける時はいつもお迎えの係の方が我が家の玄関の中まで来てくれる。

今朝、その女性に母を引き継ぐ際、いつもとは違い、彼女が急に満面の笑みで「お変わりはございませんか?」と僕に尋ねた。

いやぁ、母はいつもどおりですよ、と答えようとした矢先、彼女が続けて「ご家族の方もいろいろ大変ですものね」と、身振りを交えて暖かく言った。

数瞬キョトンとしたのだがすぐに理由がわかった。

実は母が玄関で、自分では持たなくても良いタオルなどが入ったバッグ、いつも係の人が持ってくれるはずのバッグを自分で持とうとし、無理な姿勢で体をひねり、土足で框に足をかけのだ。

そしてその際、僕は舌打ちをしながら「そんな事はいいんだよ」と独り言を言っていたのだ。

耳ざとくそれを聞きつけた彼女が即座の判断で、僕にやんわりと気づきを与え、且つ親身になって僕を気遣ってくれたのだった。

彼女に対する感謝が湧き起こると同時に、恥じ入り、反省した。



# by libra-mikio | 2018-11-07 19:17 | Mic記 | Comments(0)
2018年 11月 06日

キュートな記憶

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むかーしむかし、サンスターからキュートサンスターっていう歯磨きが出ていました。

CMには、あの、ダニル・ビダルちゃんが出ていました!

あの、と言っても既にほとんどの方がおわかりにならないとは思いますが、僕はぞっこんでした。

ちゃんと、キュートサンスターを買って歯磨きをしました。

透き通ってるってホントかななんて、CMソングを歌いながら。

母が買った「女性自身」の裏表紙にビダルちゃんのキュートサンスターの広告写真があり、僕は切り取ってベッドの枕元に貼り付けたものでした。


この薔薇の少女を見たとき、あんまりにもキュートだと思い、そういえばキュートって言葉、最近聞かないなぁなどと思った途端にビダルちゃんの笑顔と歌声が、見えて聞こえてきたのでした。

記憶って不思議だと思います。



# by libra-mikio | 2018-11-06 21:16 | Mic記 | Comments(0)
2018年 11月 04日

豚炭火焼肉丼

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R141、佐久甲州街道の、韮崎から北上して小海線と交わる海ノ口の踏切を超えると、すぐに左側に現れるレストラン、ストローハット。

可愛い黄色い麦わら帽子の看板が目印だ。

ここの豚炭火焼肉丼が秀逸なのである。実に美味い。

何年も前にこのお店を知り、その後一時期メニューから消えていたが、「裏」的に頼む人が多かったとみえ(僕も頼んだことがある)、今回の旅ではちゃんとメニューに復活していた。

この日朝食抜きで出発した僕は途中のコンビニで塩むすびを買っただけ。

韮崎で既に12時を迎え、そのへんのラーメンでもなんでもとりあえず食うか、いやいやストローハットまで空腹を維持してお目当ての丼を食うか、と煩悶しながらクルマを進め、結局意地を通してストローハットにたどり着いた。

思わずご飯大盛りで、と頼んだのだが、これが本当に大盛りで、おそらくお肉も大盛りで、食べても食べても無くならず、白状すると途中で後悔がよぎったほどだった。

でも厨房に敬意を表して完食。

何という充足感!





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僕の好きな角の席が空いており、そこから眺める信州の秋は、まだ紅葉は若いものの、実に優しく目に写った。



# by libra-mikio | 2018-11-04 18:51 | 食べ物 | Comments(0)
2018年 11月 02日

けっこう怖い夜の懐古園

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小諸懐古園は95時の営業時間帯は幾らかの入園料がかかるが、その時間帯を外すと切符売り場は無人となり自由に入ることができる。

夜の上田城にも行ったが、上田は大きな街だからお城の中をジョギングする人が絶えない。

でもここは、空が暗くなったら、人っ子一人居なくなる。

懐古園には谷を挟んだ同じ敷地内に動物園がある。

その方角から、なんとも言えないオンジョウが聞こえては止み、止んでは又聞こえる。

動物の寝言だと我が身に言い聞かせても、甲高いみゃ~う、とか、低いじゅる、とか不規則に聞こえると、なんとも言えない気分になる。

そして人気(じんき)というものがまったくない中、曲がりくねった道を進むと突然神社が現れる。

既に怖い。





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気を取り直して鳥居をくぐると小さな池があり噴水が慎ましく水を上げている。

街灯に照らされる噴水の後ろに周り、水の飛翔を撮ったのだが、暗闇から撮るというのは自身が暗闇に入るわけで、いつ何時急に肩をぽんと叩かれてもおかしくはない。

それが妙齢の御婦人だったらいいのだが、妙齢とはいえ、顔に目鼻がなかったらどうしよう。

のっぺらぼうって、普段は愛嬌すら感じる話だが、こんな暗闇では、やっぱり出逢いたくはない。





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あれこれ下らぬ怖さを自ら創り出し、季節外れの肝試しを楽しんだ訳だが、帰り際になんの変哲もない城郭の曲がり角に来たとき、この城の歴史というものがふいにどっと襲ってきた。

人が一番怖いのはお化けではなく、人の営みの残骸なんだということが問答無用でわかった。



# by libra-mikio | 2018-11-02 21:29 | | Comments(0)
2018年 11月 01日

小諸、夜

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小諸駅。

まだ18時を過ぎたばかりだが日はとっぷりと落ち、ホームに停まった列車の佇まいはもう夜中のようだ。

なんだか、ぴぃーという汽笛が聞こえてきそう。

ふと振り返ればトランクを下げて遠ざかっていく寅の背中が見えるような・・・。





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北国街道の光岳寺にほど近い老舗のつるやホテルに泊まる。

夜の町を撮ろうと宿を出ると、その斜向いにある味噌屋の風情が、もう既に旅愁をかき立てる。

いいなあ。

ここに住んでいる人にすれば日常のことだが、僕にとっては極上の非日常。





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この街灯に照らされた駅前広場の端にある紅葉も、幾度となく秋の小諸で再会している。

来る度に、同じような時間帯に同じような角度でレンズを向けてしまう。

遠い小諸に住む旧友のような



# by libra-mikio | 2018-11-01 21:05 | | Comments(0)
2018年 10月 31日

小諸、秋

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母の具合にもよるが、今のところ、一泊二日ならぬ11.5日くらいなら家を空けられる。

先の休日、母の許可を得て、ここしばらく行っていなかった小諸に風のように向かった。

柿が見たかった。

柿なんてどこにもあるが、やはり僕の心象風景として柿は小諸なのだ。

15年くらい前には北国街道に面したいくつもの商店の間に大きな柿の木があったものだが、或いはそういう記憶が濃厚なのだが、現在では路地に入り込まなければ見られない。

そして与良町の虚子記念館の裏に、こんな素敵な柿があった。





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小諸の町には細い路地が網の目のように走っている。

おそらくは青道(あおみち、もとは水路だったものが暗渠の細い道になっている)だろう。

小諸は町全体が大きな傾斜の中にある。無数の水路が浅間に降る雨雪を千曲川に導く。

その青道に沿った虚子庵の板塀に、今日の夕日が暖光を注いでいた。





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こちらも何回かアップした懐かしい建物だ。

昭和の初めにできたミルクホールで銀座会館といったらしい。

終戦後は米兵も来ていたようだが1950年頃に店を閉めたとのこと。

しかし、そんな建物が未だに残っているというのはすごいことではないか。

おまけに可愛いいたずら心までまとっている。

この愛すべき建物が健在であることを確認できただけでも、風になって飛んできた甲斐があったと思う。



# by libra-mikio | 2018-10-31 21:00 | | Comments(0)
2018年 10月 28日

嫌だな。

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港区が青山に児相を開所しようとしたら、猛反対が起こったんだってさ。

「不動産価値が下がる」

DV被害者たちは生活に困窮していると聞く」

「この周辺のランチの単価を知っているのか。1600円位する」

「一時保護所の触法青年たちは、外に出るのか」

(以上、毎日新聞10/28朝刊から抜粋)


児相の使命と、ランチの相場と、どんな相関関係があるのだろうね。

拝金主義も極まれリ。バカ丸出しじゃん。

ま、他にも違うことを言ってるかもしれないけど、まさに田舎っぺ、って感じ。

お里が知れるってもんよ。

コイツラこそ、恥だろ。



# by libra-mikio | 2018-10-28 21:45 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 25日

古い本の旅路、或いは彷徨

週何日か在宅勤務をさせてもらっていることは既に書いた。

家にいるとおつかいに行かされる。はじめてのおつかいならぬ、この歳でのおつかい。

母はなぜかぶどうパンが好きで、飽きもせず毎日の朝食はレーズンバターロール2個。切れないように、おつかい。

きっと前世は、せっかく姿を隠してくれたぶどうの葉をむしゃむしゃ食べて狩人に狩られたシカだったのかもしれない。

ずっと前、奈良出身の男が一杯引っ掛けて歓談かまびすしい折、ふと、僕のお父さんはシカだったんですよ、と言ったことがあった。

もしかすると僕の母も実はシカなのかもしれない。


閑話休題、そういうおつかいのとき、古本屋があるとつい足を停めてしまう。店先の100円ワゴンに目を走らす。

題名と、傷みの程度と、インスピレーションで数冊求める。

今回は見知らぬ槇野あさ子さんという方の「避暑地の野花」と、カメラマン石川文洋さんの「写真は心で撮ろう」。


家に帰り、まず「避暑地の野花」を開いてびっくり。

とある方に宛てた、著者直筆の贈呈文が書かれているではないか。

○○美智子様 花を愛し旅を友として いつまでも幸に 軽井沢離山房にて 槇野あさ子 9,7,23

どうしてこんなに心のこもった大切な本が、我が街の寂れた古本屋の店頭ワゴンに並んでいるのか。

もしかして○○美智子さんは亡くなって、遺族が蔵書を処分したのか。

それとも美智子さんは著者と気まずいことになり、なげやりに本を手放したのか。

いずれにしても、この本の持つ数奇な旅路に想いを馳せざるを得ない。

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(ところであとで知ったが、軽井沢離山房(りざんぼう)とは、かつて暗殺直前の時期のジョン・レノンが、ヨーコ・オノとショーンくんを伴い来日した際必ず訪れるカフェであったそうな)





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こちらはカメラマン石川文洋さんの本だが、こちらも家でぱらぱらページを繰ると、MARUZENお茶の水店の領収書が、このページに挟まっていた。

9910241634の打刻があり、消費税は5%。

この本をワゴンで見つけたのはまさしく今週の水曜日、つまり1024日。

ちょうど19年前にどこかの方がこの本を買い、いつ、なぜ手放したかは判らぬが、その本を僕がワゴンに見出した訳だ。

古本は、思いもよらぬ旅路を重ね、あちこちを彷徨しているのだろう。



# by libra-mikio | 2018-10-25 21:30 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 10月 21日

男前な富士

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子供の頃から富士山が見えるのが当たり前の土地で育ったから、富士に特別な気分を持ったことはなかった。

しかしうちからの富士は、海に浮かぶ得難い姿とはいえ、小さい。

今日もまた忍野に行ったが、ここから見る富士はでかく、実に均整が取れている。

また、木花咲耶姫などという嫋やかなものではなく、どっちかといえば素戔鳴尊だ。

で、今日僕は富士山を眺め、男前であるな、と思った次第である。



# by libra-mikio | 2018-10-21 21:41 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 16日

初秋

日曜日、新しい秋を探したくて忍野のあたりを走っていた。

疲弊した夏からしばらく経ち、幾分モラトリアムな時間が経過していたが、もうこの地は後戻りすることなく秋を迎えるのだろう。

農地を縫う小さな道にクルマを入れると、なんの変哲もない空き地に一叢の丈低き秋桜がいた。

清楚だと思った。

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山肌に雲の子どもたちが纏わりつく。

もしもこれから太陽が出て気温が上がれば水蒸気の飽和量も上がり、子どもたちは姿を消すのだが、なかなかそうはならない。

彼らにとってはどちらのほうが楽しいのだろう。

気温が上がって無色透明になるのと、このまま姿を表して鬼ごっこを続けるのと。

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道端の秋桜は、今年出逢った中で一番可憐な秋桜だった。

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# by libra-mikio | 2018-10-16 19:14 | 季節 | Comments(0)
2018年 10月 13日

寅は大乗である

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毎週、寅の映画(土曜は寅さん!)を見ていて、これは紛れもなく大乗の教えであると確信した。

寅は衆生であり、周囲も無論衆生である。

もちろん衆生であるがゆえに利己の考えを持つが、柴又の帝釈天、即ち、経栄山題経寺の御前様に導かれ大乗の、利他の教えをその胎内に濃厚に宿している。

寅は市井の人間ながら、優婆塞(うばそく)になっている。

そして最後には利他の精神が横溢する。

何という深い映画か!

留学生が寅をして日本人の思考を探る一助にしているというのは、実によく理解できる話である。



# by libra-mikio | 2018-10-13 22:08 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 11日

犬とか影とか・・・

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もう何年も、ずーっと、人物の素敵なスナップを撮りたいと思っている。

でも出来ないんだなァ。

結局、犬とか影になっちゃう。

情けない。

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# by libra-mikio | 2018-10-11 21:59 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 10日

鏡よ鏡

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僕の鏡は、美しいものしか映さない。

なーんて言いながら覗き込んで、真っ黒だったらどうしよう。


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# by libra-mikio | 2018-10-10 22:17 | | Comments(0)
2018年 10月 07日

寅さん、いま どこを旅してますか?

しばらく前から、秋風が吹いたら、寅に逢いに行こうと決めていた。

僕はいま、自由に旅に出ることができないから。

葛飾・柴又の寅さん記念館にまた足を運んだ。


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旅の象徴。

このトランクひとつで風になる。

フーテンというのは最大限に美化された謚(おくりな)だよ。



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いつも少し悲しい。

身から出たサビとはいえ、さくらの気持ちが判らないほど酷い男ではない。

いつも少し悲しい。




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さくらは優しい。

このシーンはいつかもアップしたが、大好きな場面。

改めて本日の撮り直し。X-Pro2+ZUIKO100㎜ F2.0


寅はいま、どこにいるのかな。

寅になりたいな。

寅は素敵だな。

秋になったら、と思い柴又までやってきた。

唯一の誤算は、30度を優に超える暑さだった・・・

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(すべて、寅さん記念館の展示物から転載です)




# by libra-mikio | 2018-10-07 22:15 | | Comments(0)
2018年 10月 05日

つくり笑い

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つくり笑い。

つくり笑いは、おもねるもの。

これほど卑しいものはない。


でも、人はする。

客観的にはすごく惨めに見えるのに、その本人はその瞬間では生きるための方便だと思っている。

だって、力を持つ者に、見えない手で擂粉木くねくねしているのだから。


やだね。

きっと僕もやってきたんだろう。

だから、嫌さ加減が判るんだろう。


とっとと飛び込んじまえばいい。



# by libra-mikio | 2018-10-05 22:30 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 04日

僕はリスペクトしています

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ついさっきまでEテレの、介護職へのハラスメント、というテーマの30分番組を見ていた。

実は、介護職へのハラスメントがあるということを、2ヶ月くらい前に初めて知った。その時には、僕にはなんのことやら判らなかった。

ところが今見た番組により、本当に心苦しい現実を知った。

番組制作側が行ったアンケートでは、全国に7万人以上いる介護職に対しアンケートを行い、実回答数は2千いくつか。そのうちの70%以上がハラスメントを受けたと回答している。(ここ、数字関係は改めて確認したほうが良い、なぜなら僕が義憤にかられて相当熱くなっていたから)

パネリストの一人も、回答者は全介護職の約3%の回答のうちの約7割という数字に、少し引っ掛かってはおられたが、これは比率の問題ではなく、有るか無いかということであり、厳然として「有る」ということだ。


厳しい状況だと思う。

番組ではツイートもテロップで流され、多くのツイートには寄託者である被介護者の家族による心無い言動に心折れた、という声が多く寄せられた。

曰く、俺たちクライアントがいるからお前たちの職業が有るんだ、金を払ってるんだからちゃんとしろ・・・

そして、耐えられなくなって上司に相談すると、仕方がない、我慢しろ、或いは馬耳東風を決め込むらしい。


なんでこんな世の中になってしまったのだろう。

恥知らず!

そして、なんで介護組織はそのような最前線の方々を救わないのだろう。介護士は消耗品だとでも思っているのか。

(もちろん、ちゃんとした組織がほとんどだとは思う)


僕がお世話になっている介護関係の方々は本当に誠心誠意業務を全うしようとされており、その姿に向かい僕は常に心の中で合掌している。

僕と母に関係が生じた、ケアマネさん、ヘルパーさん、在宅診療の先生、看護師さん、薬局さん、在宅リハビリの理学療法士さん、デイサービスの送り迎えのドライバーさん、そして彼ら彼女らに安んじて身を委ねる母、すべての人々に対し、本気でリスペクトしている。

どんなに厳しい中であっても、僕はあなた方の行動に虹を見ている。



# by libra-mikio | 2018-10-04 21:28 | Mic記 | Comments(0)
2018年 10月 02日

台風の忘れ物

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(こんなことを書くと、またチコちゃんに叱られるかもしれないのですが・・・)

しばらく天候が僕好みでなかったことから、朝の散歩を控えていた。

でも今日は早朝からなんとも言えぬ穏やかさが充満しており、久しぶりに淹れたてのコーヒーを持ち海に。

波打ち際には、台風の忘れ物があった。





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今週末も似たような経路を通りそうなthe next がやって来るらしいが、今日のアサソラは優しかった。

迷惑ではあるが、あと何回かやって来るだろう最後の台風が通り過ぎると、突然に本当の秋に満たされるのだろう。



# by libra-mikio | 2018-10-02 19:45 | 季節 | Comments(0)
2018年 09月 30日

隠れて咲くもの

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僕には何がなし、金木犀は隠れて咲くもの、というイメージがある。

いつだってまずその香りがやってきて、それからどこにいるのだろうと、あたりをキョロキョロ見渡す。

梔子も沈丁花も、やはり同じだ。

たいていどこかのお家の庭先にひっそりと咲いている。





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手前にある花木に隠れて見えない、でも明らかにそのあたりに・・・

そんな宝探しのゲームが楽しくて、この時期はウキウキする。

木槿の花は大きくて目立つが、小さな花の金木犀の、甘い香りのほうが魅力は大きい。やはり好きだな。





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ところが今日、七沢温泉に行く途中に東海大学の裏を通ったら、こんなにでっかい金木犀があたりを睥睨していた。

いや、その樹体の大きいこと!

こんなでっかい金木犀、生まれて初めてお目にかかった。

しかも満開であるし、この巨樹からの芳香はそれこそハンパない。

あ、あなた、あなたは隠れて咲くものじゃなかったの?、と思わず難詰してしまった。



# by libra-mikio | 2018-09-30 18:59 | Mic記 | Comments(0)
2018年 09月 24日

季節に追い越されるような

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人間世界の細かい悩みに明け暮れていると、季節に追い越される。

そんなことを実感している。

日々のニュースではお天気お姉さんたちが盛んに季節の話題を振りまいてくれるのだが、それは記号として脳みそにしまわれる。

つまり理性で季節を認識しているだけだ。

でも、野山に出ると明らかに実態として季節がそこにいる。

そして下手をすると、お天気お姉さんが僕に刷り込んでくれたはずの知識としての季節よりも、眼前の景色のほうがすでに先に進んでしまっていることも多い。

やはりコツコツとフィールドに出て、季節と同化出来るような感性を磨かなければいけないなぁと思う。

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# by libra-mikio | 2018-09-24 20:34 | 季節 | Comments(0)
2018年 09月 22日

平凡であり、非凡なる一日

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珍しく遅く起きた朝は雨だった。

母の薬を届けてくれる薬局の方と応対して、昼前に鎌倉に足を向けた。


・・・などと、今日一日の行程を書こうと思っていたが、やめた。

それよりも、約束の多かった今日が終わりかけた日暮れに、海に出たいと思い、そうした。





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きれいな海の夕暮れは、僕を多感であった頃に戻す。

そこここにいる人々も、きっと同じ感覚を持っている。


・・そんな説明も、もうやめよう。

優しい光と風と、波の音に包まれたときに、言葉は不要になるのかもしれない。





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振り返れば極めて平凡な一日であったが、心の底からそう思うことができたという、類まれなる非凡な一日であったことに、今、気付いている。



# by libra-mikio | 2018-09-22 21:58 | Mic記 | Comments(0)
2018年 09月 19日

活写華(かつしゃげ)

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いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない東慶寺にいた。

9月という季節の狭間に、しかも空模様も甚だ曖昧な境内を訪れる人は稀だった。

庵の門を背景に秋桜が咲いていた。

禅寺にはよく似合う。

門を背景に構図を取るうちに、あたかも一輪挿しのように見え、これは写真による華道といっても許されるのではないかと感じた。

活写華。かつしゃげ。

もちろんその場で頭をよぎった僕の造語だ。





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墓地の写真を撮ることは不謹慎であるのかもしれない。

しかし、東慶寺にいるとどうしてもその誘惑に抗えない。

縁切寺という慈悲、慈愛に満ちた寺であるがゆえに、ここでは見るものすべてが優しい。

墓所も墓石も、知的な静まりに沈む。





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先程、造語ではあるが活写華、と書いた。

信州の高原にこそ似つかわしいと思い込んでいた釣鐘人参が、竹垣を背に、なんとも善い塩梅でしなだれていた。

これこそ、全く人為が入らぬ自然界の活華ではないか。

今日このときに、ここに来ることができて善かったと思った。



# by libra-mikio | 2018-09-19 20:44 | Mic記 | Comments(0)
2018年 09月 15日

曼珠沙華の朝

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彼岸花は地面から葉を出さずに突然茎がにゅっと出て、血のような真っ赤な花を咲かすし、まさに秋の彼岸の頃に咲くことから、日本の土俗的感覚ではなんとなく忌み花として捉えられていた。

しかし、今読んでいる法華経の口語訳本によれば、釈迦牟尼仏(シーッダールタ)が初転法輪を霊鷲山(りょうじゅせん)で行った際、天界からムリョ数の曼珠沙華が降り注いだ、とあった。

この花はインド的には瑞兆というか、ハレなのである。


その曼珠沙華を求めて先々週からパトロールをしていた。

そして今日、「きっと今日は咲くよ、しかも雨の朝になりそうだからきっと素敵な光景に出逢えるよ」、という心の声に押され、目覚めてすぐに僕のフェイバリットスポットに向かった。

予想通り、花はかなり咲き始め、時折強くなる雨足のせいか、カメラを持った人は僕を含め二人だけ、という幸運に恵まれた。





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僕はたくさんの曼珠沙華が重なり合うように切り撮るのが好きだ。

そもそも、ゴージャスなこの花が好きだ。

僕は(信じようと信じまいと)2300年前には、心ひそかにエピキュロス派に憧れるストア派の末端小僧であったのだが、いや、だったそうだが、もしかするとインドにも居たのかもしれない。


この花の華麗さを、僕は言葉で表現する事ができない。

串田孫一も、曼珠沙華に対してではなかったが「季節の断想」の中で、「(自然界のそれらを)僕たちが形容しようとなるとむつかしい。色だけでなく、そこに瑞々しさや粉っぽさが加わっているのをどんなふうに説明したらいいのか」、と記述している。

だから僕は、その美を写真として表現することしかできないし、それとても稚拙だと思っている。





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雨も小止みになってきた。

残念ながらコオロギや他の鳴く虫たちは、自分を痛めつける雨滴から身を守るのに懸命と見えて、ひたすらじっと音もなく耐えている。

しかし里山に巻き残った乱層雲は少しずつ千切れ始め、僕は実に快適に、曼珠沙華の朝を堪能することができた。



# by libra-mikio | 2018-09-15 21:55 | | Comments(2)
2018年 09月 10日

口笛高らかに吹けば

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平成も終わろうとしている今ではあるが、世代としての昭和は当然身に染み付いている。

昭和のシンボルと言えば何があるか。

それは人の数だけあるのであって、番付をする意味はない。

しかし各位の心には、ふとした湿り気を帯びた心象風景が必ずやある筈だ。


その風景に寄り添う歌、ウタは何か。

五木の千曲川でもいい。タケカワユキヒデの甘ったるいリリックでもいい。

すべて、少し遠い向こうから聞こえてくる。


稲穂の奥に見える、田園にしては瀟洒な屋根が僕に起こした化学変化の先は、五輪真弓だった。

旋律が先に来、追いかけて歌詞が蘇る。

・・・忘れられた静けさの中 口笛高らかに吹けば 痩せた野良犬たちの 遠吠えが・・・

こんな歌詞に意味があると思っていた時代。

或いは意味を考えずに同調したのかもしれない時代。

学生運動はすでに下火になり、マル青も革マルも僕には区別がつかなかった。

3だったか、渋谷のデモに遭遇した時も完全に醒めていた。


五輪真弓。なんとなく天上天下唯我独尊。

そんな人が現れて、時代は大きくカーブを切ったのだと想う。

エセもいっぱい居た。

しかし全てひっくるめて、時代のエビデンスか。


昭和は濃厚だった。平成はどうだったろう。


平成は、色がない。

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# by libra-mikio | 2018-09-10 21:52 | Mic記 | Comments(0)
2018年 09月 08日

マカームのような彩り

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今朝もいつもの習いで5時半に目覚め窓を開けると、とても爽やかな青空が広がっていた。

のために枕元のスマホで天気予報を確認すると、全国でほぼ唯一南関東が晴れマークだ。

こんな日にいつまでもベッドに居られる筈はなく、コーヒーを沸かして自転車のかごに入れる。


今日は氷晶雲である巻雲、巻積雲が空高く舞い、いわゆる行き合いの空であった。

そしてもう高みに登りつつある太陽により、きれいな彩雲が見えていた。

僕はまだオーロラを見たことはないが、彩雲は自然界から送られる高貴なギフトだと思っている。


彩雲は肉眼で見ても大変に美しい。

しかし望遠レンズで覗いてみると、その妖しくも美しいディテールに息を飲む。

7色の波長が整然と並ぶ虹とは違い、赤と橙、青と紫、緑と黄色があちこちで群れをなす。

そしてそれぞれの中間色がデジタルではなくアナログに現れる。

まるで西洋音階に対するアラブの音階、マカームのように。

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# by libra-mikio | 2018-09-08 21:04 | | Comments(0)
2018年 09月 02日

天地始めて粛(さむ)し

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今頃は七十二候で言う、処暑・天地始めて粛(さむ)し、である。

処暑と聞くとなんだかまだ暑さのこもる日々を連想するが、二十四節気の表現で、暑い中にも少しの和らぎを感じ、朝の気温の気持ちよさや、聞こえ始めた虫の音に秋を想う時節ということのようだ。

そしてさらに、七十二候の、天地始めて粛(さむ)し、である。


朝、お気に入りの植物園に行くと、もうリコリスが咲いていた。

昨夜来の雨に打たれ、か細い蕊や花弁に大粒の雨滴がまとわりついていた。





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リコリスという洋名の種ではなく、彼岸花を探していると、これはまだまだ姿を現わしてはいなかったが、とある田んぼの畦に彼女を見つけた。

あと一週間か、二週間。

あちこちの田んぼの畦が真っ赤に染まる日を期待して、今日はこの娘に初秋を代表してもらうことにした。



# by libra-mikio | 2018-09-02 20:40 | 季節 | Comments(0)
2018年 08月 30日

宵チャリ

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在宅勤務に没頭してると(ホントか?笑)母が、「もう6時を過ぎたよ、もう食べたいよ」と夕飯の催促。

食欲があるというのは、こちらとしても張り合いが出る。よしきた、とササッと夕飯をつくり母にサーブした。

仕事もキリが良かったので本日の業務は終了とし、久々に暮方の海にチャリを走らせる。

午後の真ん中くらいに、やけに風の音が強く聞こえていたが、案の定富士をバックに高積雲のレンズ雲がきれいだった。





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鵠沼界隈の懐かしい海の家はすでに店を閉めていたが、江の島西浜の「えのすい(江ノ島水族館ね)」前は、なんだか街中のようにオシャレだ。

最近は入れ墨が減ったというか、普遍化して却って目立たなくなったのか、少なくともこの店は至極まっとうに20代の社会人ぽい男女がオトナをしていた。

こういう雰囲気、好きだな。

入れてはもらえないだろうけど。





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イル キャンティビーチェもお味の評判はよそに、宵闇が迫れば存在感を増す。

全面オーシャンビューだもん、街から来た人々は十分にウットリ出来るよな。

末永く繁盛して、オトナな湘南の文化を体現していただきたいな。

コドモはもうたくさん。



# by libra-mikio | 2018-08-30 21:05 | | Comments(0)
2018年 08月 28日

朝チャリ

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午前7時前、片瀬漁港。

暑さはまだ凌ぎやすい。

自宅で淹れたコーヒーを持って我が電動バイク「ミッキー号」を走らせる。

ここ数日、片瀬漁港でコーヒーを飲むことにしている。

眼の前に、朝の仕事を終えた漁船が戻ってくる。




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多少くたびれたフネだが、空の青、海の藍とマッチする。

今日持ってきたのはフジのX-30というコンデジ。

でも驚くほどよくフネと曳き波のダイナミズムを表現してくれる。





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曳き波の姿って、こんなにも美しいものであったか。

コーヒーも美味くなる。



# by libra-mikio | 2018-08-28 21:08 | | Comments(0)