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2018年 05月 23日

早く泉のように穏やかになって下さい

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数日前に日大のアメフト選手のことを、知力がないと書いた。
僕はこれを撤回して、彼にお詫びします。

彼の異例で異様な会見。そこでのしっかりと自分を見据えた態度。
感情に流されず、20歳だというのに作法を弁え、語るべきことを語った勇気。
逆に、あれが僕に出来るかと問われれば、覚束ない。

自らの言葉にあったように、やったのは彼であり、その点では明白な結論が出ている。
 
それにしても、彼にあのような行動を取らせるように仕向けた周囲の大人たちの醜さはどうだ。
相手チームの主力を物理的に破壊させるという、スポーツ精神もへったくれもない闇の世界。
手段を選ばず自らの選手を精神的に追い込み、鉄砲玉に仕立てる「名監督」。
そのやり方は、あたかも公安警察がスパイを無理矢理に作り上げていくような汚いやり方に酷似している。
褒め上げて、貶し倒して、もともとは存在しなかった弱みを創り出し、その弱みにつけ込む(と、馳星周から教わった)。

日大の彼に対してはこれから先、山に湧く泉のような、穏やかで透明な心をなるべく早く取り戻してもらいたい。


# by libra-mikio | 2018-05-23 21:40 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 21日

落ち着く

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言葉は要らない。

ただ、落ち着く。

東慶寺。


# by libra-mikio | 2018-05-21 22:23 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 05月 20日

帽子

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帽子が集まってる。
みんな違う帽子をかぶってる。

手前のグレーの帽子は男の子で幼稚園の年長さんくらい。
紺色の帽子の女の子は小学5年生くらいで、白い帽子の女の子に、薔薇の花をつけてあげている。
薄い黄色の帽子の女の子はすでに花飾りを付けていて、黄色と白の帽子はたぶん小学3年生くらい。

姉弟かな?
それとも親戚どうしかな?

すごく、すごーく微笑ましい。
意味もなく、日本はまだまだ捨てたもんじゃない、なんて思う。

薔薇の園で見つけた心なごむ風景。
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# by libra-mikio | 2018-05-20 19:28 | 季節 | Comments(0)
2018年 05月 17日

人はmortalである、とはいえ・・・

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西城秀樹さんが亡くなったという。

いささか驚きを禁じ得ない。

もちろんファンであったとかそういうことはない。

いや、むしろ空気のような存在だった。

空気というのは、多感な頃に、夜にテレビをつければ、そこに彼がいるのがごく自然であった、という意味である。

そこにいて、当たり前なのだ。


63歳だったという。

60歳である僕はその意味でも意識を向けざるを得ない。


人はmortalである。僕はよくblogに書く。

でもさ、まさか秀樹が・・・っていうのは、なかなか辛い現実である。



# by libra-mikio | 2018-05-17 21:58 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 16日

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どの報道が正しいのかは判らない。
しかし問題の映像のリプレイを見れば見るほど、事実の客観性は担保されていると考えてよい。
そして僕は、見れば見るほど憤怒の感がたぎり、心に怒声を放つ。
日大アメフトチームの限りなく愚かな所業に対してである。

監督という職業に就いた者が自分に対する雇用主の目標達成評価に危機感を覚え、それ故人間としてありえない指示を選手に与え、知力はないが取り敢えず大学生と呼ばれる選手がそれを実行する。
それとも、馬鹿な学生にも多少の知恵があり、監督の立場を忖度したか。
馬鹿馬鹿しい。5流のヤクザ映画だって扱わない。

スポーツ界に、いや、もしかするとそこかしこに潜在する闇が顕在化した事案だと思う。
闇があるから日向がある、それは肯わざるを得ない。
しかし、時と場所を弁えろ。
それができない奴、奴らは、クズだ。


# by libra-mikio | 2018-05-16 22:30 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 15日

湘南のカソリック

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湘南白百合学園、中学高等学校の裏門。
白百合が湘南に学舎敷地を求めた際、当時の県教委委員長であり龍口山本蓮寺の住職であったS先生に交渉の口添えを依頼し、八方丸く収まった、ということを以前書いた。気がする。

先日ぶらりとポタリングした際、なるほどと思わせる白百合の裏門を初めて発見した。
この佇まいはもう禅寺である。
理想の地を追い求め、それが鎌倉の外れのまるまる一山であったことが偲ばれる。




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こちらは、最初期の我がblogにアップしたこともあるカトリック片瀬協会である。
ご覧のように日本古来の建築であり、なんとも言えぬ佇まいだ。
美しいと思う。

僕はカソリックの信仰を持たない。
ましてや現在の仏教の信仰としてのあり方に疑問を呈する者である。
しかしどんな宗教にせよ信仰を持つ方々へのリスペクトを忘れてはならないと、最近とみに感じている。




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観光地湘南のコアなエリアに、このようなカソリック協会が静かに息づいていることを、皆さんに知っていただければと思う。


# by libra-mikio | 2018-05-15 22:01 | | Comments(0)
2018年 05月 13日

Rosa Ondina

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ここ数年というか数シーズン、薄紫の薔薇に魅了されている。
もちろんその存在感は、真紅やオレンジ、イエロウなど、一瞬の華やかさを振りまく娘たちに比せば、分が悪い。
しかし、実際の彼女を眼の前にすると、得も言われぬ魅力の虜になってしまう。

Rosa Ondinaといったか。
あたしを見て!と声高に主張しない佇まいに、惹かれてしまう。
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# by libra-mikio | 2018-05-13 21:40 | | Comments(0)
2018年 05月 12日

漁港の風景

結局この一週間は会社を全休してしまった。
そろそろベッドからの起床もコツが判ってきたので、まだ元気だったGWの前半に撮りためた写真を振り返りたい。




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東伊豆、網代。
普段見る湘南の遠浅な海に比べ、リアスですぐに深くなるから、目と鼻の先の海の色がもう、碧い。
海の間際にいるのに風は乾き、日に当たる肌はチリチリするが日陰に入れば、イッツ涼。
風は海の匂いに満ちているが、その香りは新鮮で磯臭さは微塵もない。
網代。いい漁港である。




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東伊豆、宇佐美。
ここには何度か来た。網代とは違い、漁港の日常感が横溢している。
正面に青いシャツを着た男の子が、何をすることもなく先程から同じ姿勢で座っている。
気になり何度も見返すが、彼は動かない。
テストで失敗したのか。
女の子に好意がうまく伝えられないのか。
親から理不尽な叱責を受けたのか。
どちらにしてもポジティブなオーラは一切ない。




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その宇佐美漁港で防波堤の先まで散歩をする。
湘南あたりでも釣りをする家族連れはいる。
しかし宇佐美では、家族でする釣りの様子があまりにも自然だ。
ほっこりする。
添景の鯉のぼり。出来すぎだ。

帰りに、さっきのウェルテル少年を探したが、もういなかった。
なんとなく、良かった、と思った。


# by libra-mikio | 2018-05-12 18:59 | | Comments(0)
2018年 05月 09日

少し長いが、思ったこと

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ここ数日とにかくベッドの上にいる。積ン読だった本の棚卸しには絶好のチャンスだ。

昨日から今日にかけて、あの故・西部邁さんの絶筆「保守の遺言」を読んだ。実は西部邁を読むのは初めてである。

本人のあとがきの日付が平成30115日。自裁(自殺)が121日だから、やはり生々しい。


これまでメディアのニュース的にしかこの人の存在を知らなかった。

初めて、かつ最期の文章を読んだ訳なので、この本から感じたことを軽々に書くわけにも行かず、控える。

ただ僕にとり意外だったのは、本の最後の方で彼が鈴木大拙に触れているところである。あらかたの文意をパッチワークで示せば、少し長いがこうだ。

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・・・「無常の中の恒常」ということとのつながりで(和辻哲郎や鈴木大拙のように)日本人のスピリチュアリティ(霊性)を浮かび上がらせようとしたものもいた。

・・・しかし僕は霊性だの信仰だのと耳にすると、そこに「集団のモード」以上のものを感じとれないのだ。そもそもそうした信仰の種がまかれるべき土壌としての伝統はあらかた消えてしまったのではないか。というより、日本に独特のカスタム(慣習)はまだ少々は残っているのかもしれないが、その慣習の意味を意識的にとらえ直すこととしての伝統が(中略)なくなったのである。

・・・そうした伝統の喪失は現代日本人の利便性や収益性に心を奪われてしまったことの結果である。

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ここで西部邁は明らかに鈴木大拙著「日本的霊性」を念頭に置いている。

しかし「日本的霊性」は戦争末期の昭和19年に書かれ出版されたものだ。それを今、西部邁が自殺する現在の風潮と照合することに、いささかの飛躍、違和感を覚える。

しかし、大きな流れとしては西部邁が指摘するように、「(カスタムや)伝統の喪失は現代日本人の利便性や収益性に心を奪われてしまったことの結果である」。


翻って僕自身を見つめると、現状・現況を振り払う為であるかのように闇雲に本に当たり、結果として大拙の「日本的霊性」に遭遇し、挫折を繰り返しながら読了し、結果として現在円覚寺で坐禅を組むという行動に結びついた。

ということは、僕は西部邁が蔑むところの「マス」(詳細はこの本を読んで下さい)の一員ではあったが、自分でも不思議である発意の結果、「マス」を離れてカスタム、伝統に回帰しようとしている、或いは衆生が本来持つ霊性を確認しようともがいている、稀有な例と言えまいか。

更に言えば、毎回の坐禅には実に多くの人が参加しているし、紅毛碧眼の美少女達もルーティンで参加している。


とりとめがない。

要するに、泉下の西部さん、マスコミは澱んでいるかもしれないが、衆生は今でもそんなに捨てたものではありませんよ、とお伝えしたい。

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# by libra-mikio | 2018-05-09 20:10 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 08日

サイテー、今度は圧迫骨折・・・

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自分でも信じ難いが、前回坐禅中に肉離れを起こした丁度一週間後、5/5に第12胸椎圧迫骨折なるものに見舞われた。

江ノ島のハーバーの駐輪場で、電動アシスト自転車ミッキー号を、不用意な前かがみのまま、ヒョイと持ち上げようとした。
以前まで乗っていたバイクはトライアスロン仕様の超軽量バイクだったので、つい混同した。
電動ミッキー号はカゴやらドロヨケやら付けたので25kgを超えている。

背骨の中程で「ゴギ!!!」という音がした。骨伝導で脳に伝わったその音はあまりにもデカかった。
瞬時にとんでもない激痛に襲われ、へたり込むこと3分。

その後は思い出すのも嫌だ。
ヨットを早退して、たまたまいた長男に運転を頼み徳洲会の救急外来に行ったがトリアージを受けて4時間待たされた。
仕方ないことだが救急救命医はギックリ腰との認識で、腰のレントゲンを見て「きれいな骨ですね」
痛み止めをもらいその日は帰った。

翌日は日曜日で一般の整形外科はやっていない。
どんどん痛みが増してくる。
ベッドに横になるのに呻き、ベッドから起きるときには吠え、悪夢の日曜日だった。

待望の月曜日!
いの一番に近所の整形外科に飛び込み、あらためてレントゲンを撮って頂いた結果、腰よりかなり上にある12番胸椎というやつがイカレていることが判った。
最新式のソフトギブス?もゲット。
なんでもその先生がこのソフトギブスを患者に与えるのは初めてという最新式のやつ。
ま、そんなことはどうでもいい。
とにかくサイテーな連休の〆であった(涙)
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# by libra-mikio | 2018-05-08 19:01 | Mic記 | Comments(2)
2018年 05月 03日

薔薇に酔う

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薔薇の季節が巡ってきた。
純粋に嬉しい。
今日の午前中はずっと薔薇に囲まれていた。
雨は上がり、しかし風は強かった。
その強い風があらゆる種類の薔薇の甘い香りを、絶え間なく僕の鼻孔に運ぶ。
ほんとうに、なんと美しい香りなのだろう!
写真を撮りに来たのだが、途中からカメラには触れず、ただその香りに酔っていた。
毎年書くことだが、これだけの数、クオリティーの薔薇を咲かせるスタッフさん達のご努力にひたすら頭が下がる。
世の中には素敵な仕事があるものだと、本気で羨ましくなる。
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# by libra-mikio | 2018-05-03 19:37 | | Comments(0)
2018年 05月 02日

坐禅 オプス・デイ 情けない

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前回、結跏趺坐を組んで左足のふくらはぎを痛めたことを書いた。
あれは先週の土曜日だったがなかなか治らないので医者に行った。

医者に行って驚いた。
「あなた、軽度ではあるけれど肉離れをおこしていますね」
え?坐禅をして肉離れ?

他の方の三昧を乱してはいけないと必死で痛みに耐え、そして顔にも出さず息の乱れも表さず、表面的には涼しい顔をしていた。
我慢はしたが、やはりあの痛みは尋常ではなかったのだ。
ダ・ヴィンチ・コードではオプス・デイのメンバーの忍苦が描写されるが、僕もほぼオプス・デイ・メンバーの心境だった訳。

いやあ、痛みに耐えたことは誇りである。
一方で、坐っているだけで肉離れを起こしたということは、なんとも言えず情けない。
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# by libra-mikio | 2018-05-02 22:43 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 29日

落ち込む

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すこし落ち込んでいる。
昨日、坐禅を組んだ際、左足のふくらはぎ辺りの筋をおかしくしてしまった。
はじめの回は結跏趺坐を組む際、多少の違和感があったが数息観を続けるうちに自然と馴染み問題はなかった。
5分の休息の際、足を解くかためらったが結局解いた。

そして次の回。
あらためて足を組んだ時に何かが違った。
すでに全員が坐禅に入っている中で、所作を乱す訳にはいかない。
痛い。足が痛い。ものすごく痛い。
しかしどうすることもできない。
泣きたい。足をほどきたい。でもたかが20分じゃないか。我慢したい。厳しい。

悶々とした後、柝(たく)が打たれた。
我慢を通した。
しかし、足はおかしくなっていた。
僕は坐ることもできない。
打ちのめされた。
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今、医薬品の湿布を貼っている。
情けないが、事実だ。

坐ることに問題があるなんて情けない。
早く精進して空を自由に飛びたい。


# by libra-mikio | 2018-04-29 21:58 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 24日

群れ

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群れは喧しい。

群れは否応ない。

群れに個の自我はない。

群れを外れたい。

でも群れを外れるのは勇気が要る。

個の自由に憧れる。

でも個は、孤独だ。

孤独は、美しい言葉だが、寂しい。

寂しいのは悲しい。

つまるところ、堂々巡りとなる。
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# by libra-mikio | 2018-04-24 20:20 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 22日

光と翳、相対

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坐禅を終えたのち円覚寺の庭をたゆたう。

華美にならぬほどに牡丹やシャクナゲが植えられた一画がある。
まだ午前中なので参詣客も多くはなく、ドイツあたりからと思われる老夫婦が一組、僕と前後して小径を歩いている。

老杉や多くの樹々により、花に当たる光は刻々と変化する。
握った拳よりも大きい花に、ちょうど光と翳の領域がせめぎ合っていた。

數瞬前にはすべて光の中にいた。
数瞬後にはすべて翳に入るだろう。

相対である。
花は光によらずそこにある。
しかし花は、僕が見ているからそこにある。
もしも僕が見ていなければ。
逆に、もし花が僕を見ていなければ。

宗教ではなく、本来の意味での般若の叡智を感得したい。
これはすでに恋である。


# by libra-mikio | 2018-04-22 20:16 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 18日

どうしたらいいのだろう

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今朝、毎日新聞のページをめくると飛び込んできた写真とタイトル。
右下に続くキャッチには、ピューリツァー賞とある。
ああ、この母子は艱難辛苦を乗り越え、無事にバングラに到着することができ、周囲の人も祝福をしているのだ。
と、思った。
大変な脱出行であったのだな・・・。よかった・・・。

ふと、写真上のキャプションを読む。
「ロイター通信が撮影したロヒンギャ難民の一枚。バングラデシュに逃げる際、船が転覆して死亡した子供を抱きながら涙を流す母親を写した=ロイター」

この感情の落差は大きかった。
一体、どうしたらいいのだろう。
赤ん坊は、死体なのだ。

一体どうしたらいいのだろう。


# by libra-mikio | 2018-04-18 22:07 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 15日

またひとつの青春

午前中は嵐のようであったが、神奈川の海沿いは午後には穏やかになった。
久しぶりに横須賀に足を伸ばすと、今日は防大生を始めいろいろな教育隊の生徒たちが、のんびりと街に出ていた。
それでも集団行動であるから、多分課外実習のようなものなのだろう。
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港のヴェルニー公園に来ると、前方から彼女たちがやってきた。
多少のためらいは有ったがとっさにレンズを向けた。もちろんミッキーズ・スマイルを浮かべて(笑)

先頭を歩く方は引率する先輩であろう。多少緊張していた。
が、後ろの女の子たちはみんな大きな買い物袋を持ちにこやかで、嬉しそうだった。
写真には写せなかったが、後方の女の子たちの何人かは僕の前を通る時、いたずらっぽく敬礼をしてくれた。
もちろん僕も敬意を払って答礼。
それを見て、また彼女たちは嬉しそうに笑っていた。
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おそらく海自の横須賀教育隊に所属する方たちだと思う。
皆さんの制服はややブカブカでちょっと気の毒な気もしたが、凛々しさと愛らしさの両方を振りまいていた。
様々な青春があるが、この光景も、またひとつの青春群像である。
繰り返しになるが、僕に向かって敬礼をしながら去って行く瞬間の、あのいたずらっぽい目が忘れられない。
ありがとう。
               
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彼女たちのうちの何人かは、いずれあの自衛艦に乗組み、専門的な要職に就くことだろう。
危険で崇高な任務だが、彼女たちに不幸が訪れることがないことを祈るばかりである。


# by libra-mikio | 2018-04-15 22:07 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 08日

花まつり

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きのう円覚寺での坐禅会が終わったあとに、お坊さんが「明日は花まつりです」と言った。
そうか、花まつりなら明日も鎌倉に来よう、そう決めた。
連日円覚寺に行くのも・・・と思い、今日は東慶寺に足を運んだ。
苔むす藁屋根の門を背景に遅い枝垂れ桜が遠慮気味に咲き、いかにも鎌倉仏教の素朴さを体現していた。
そして東慶寺の花まつりである。
どのような侘び寂びに包まれるのか。
ところが・・・




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え。
東慶寺のお釈迦様は金ピカだった!
甘茶の柄杓こそ真新しい竹で風情があるが、お釈迦様のそのお姿は・・・
うーーーん、みんな真顔で手を合わせるし、もちろん僕もそうはしたが・・・
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なんていうか、バチが当たらないことを祈りつつ書くが、お釈迦様、いつから角栄さんになられたか。
もうほんとに、ちびの田中角栄じゃありませんか!
「よっ。」
「皆さん、こんなことが共産党の世の中でできまつか?」
いま、絶対そう言った(笑)




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うーーーん、やっぱりこっちのほうがいいなぁ。
でも、花まつりって、そういうムードなのかもね(笑)


# by libra-mikio | 2018-04-08 19:39 | 季節 | Comments(0)
2018年 04月 07日

雲水とゲーテ

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円覚寺居士林にて入堂を待つ時、修行僧が遠くに姿を現した。

Nur wer die Sehnsucht kennt, Weiß was ich leide.
憧れを知るもののみ、わが悩みを知らめ。

一瞬、雲水とゲーテが重なったように思えた。


# by libra-mikio | 2018-04-07 22:33 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 05日

お揃い

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お揃いで潮風を受けるのが、楽しくて仕方ない。

箸が転んでも可笑しいし、さざ波が寄せればなお可笑しい。

彼女たちは互いの髪が風になびくのを見るたびに、痛々しいまでの相似愛を感じている。

涙が出るほど笑いながら、その涙のわけが、きっと今はまだ言葉で整理できない。

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# by libra-mikio | 2018-04-05 22:56 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 03日

あちこちの桜


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秀吉が北条を攻めた小田原の石垣山一夜城、二の丸に咲く桜。
歴史に詳しい訳ではないが、ここに陣取って北条を苦しめた秀吉の、無邪気と凄みを感じさせる。
写真では判りにくいが、かなりの大木である。
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何故か今年は桜が愛おしい。
これまでさほど桜にはこだわらなかったのに。
訪れる場所々々での出逢いが嬉しい。
(あ、この「ノマ」の使い方、合っているかなぁ)
そして、桜たちが散ってしまうまでになんとか想いをとどめておきたくて、近頃の僕には珍しく連夜書き続けている。
でも、きっと今日が潮時のような気もしている。




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箱根にある、宮城野保育園園庭の桜。
ここに写ってはいないが他にも古木と言える大きな桜が点在する。
広い保育園であり、温泉街なればこそ保育の需要が古くからあったのだろうと勝手に思いを巡らす。




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先程の一夜城脇にあるヨロイヅカファームの桜。
少しひねくれて、桜にはバックに回ってもらった。
この日も朝から晴天で、なお美さんのモニュメントが光る相模湾に溶け込んでいた。
なお美さんは、幸せ者だ。


# by libra-mikio | 2018-04-03 22:43 | 季節 | Comments(0)
2018年 04月 02日

柔らかな対比

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僕は、例年に比べこの数日、不思議と多くの桜に出逢うことができ幸せを感じている。
今年の桜は早い。そしてきっと疾い。
だから花吹雪になってしまう前に、ぜひともこの気分をここに定着させておきたい。

土曜日、仕事で静岡県の藤枝に行った。
昼休み、近くを流れる瀬戸川沿いを散歩した。
X30をバッグに忍ばせてきて正解だった。
しなやかな陽光に包まれ、見はるかす遠くまで堤の桜が圧巻だった。

昨日の写真とは違い、このときはソフトフォーカスを選んだ。
背景の山にも様々な緑が復活しており、桜、青空、雲との対比が柔らかく、それを表現しようと思った。
そして、想いどおりの写真が得られたと思っている。
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# by libra-mikio | 2018-04-02 20:45 | 季節 | Comments(0)
2018年 04月 01日

箱根、宮城野の桜

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箱根、宮城野あたりを流れる早川の堤に、素敵な桜が延々と咲き誇っていた。
名所とは全く知らず、ただ偶然にR138、箱根裏街道を下る途中に邂逅した。

名所と書いたが、今日の日曜でもここを訪れる観光客は然程多くもなく、長閑な花撮影であった。
とはいえ、今日はインド系の家族連れが多かった。

今年は日本中の桜がおそらくは一週間ほど早く満開になるようだ。
桜もターゲットの一つにして旅程を組んだインバウンダーは、きっと満開を逃してしまうのだろう。
少し気の毒だ。
逆に今日のインドの方々にとってはまさしくサプライズであったろう。

サプライズといえば、僕にとってもすごく大きなサプライズだった。
シンプルに宮城野の湯に浸かりに来たのに、こんなに素晴らしい光景に出逢えるなんて!
でも予感はあり、後部座席にはEOS-5Dと純愛レンズ(24-70 F2.8 L)を放り込んでおいた。
このセットの面目躍如となるようなショットが得られたと想う。

ここは鱒釣りも盛んなようで、釣りのおじさんたちもちらほらいた。
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# by libra-mikio | 2018-04-01 21:33 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 29日

得難い、春の宵

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毎晩通る帰り道。
晴れてはいるが空気はそこはかとなく潤んでいる。
頬を撫でる風はいかにも春風駘蕩の感をはらみ、見上げれば満月に近い月と、満開に近い桜が戯れる。
夜風は微かに花を揺らし、月は自ずと微笑む。

気づくと、音がない。
午後8時をまわったばかりというのに帰宅を急ぐ女性のハイヒールの音も、ささやかな生活の音も絶えている。
得難い、春の宵である。
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# by libra-mikio | 2018-03-29 22:08 | | Comments(2)
2018年 03月 26日

The speech.

これほどまでに魂を震わすスピーチがあっただろうか。

エマ・ゴンザレスさん。

Emma Gonzalez's powerful March for Our Lives speech in full


帰りの電車で見て、涙滴が落ちるのをなんとか我慢した。

人は、いい意味で、ちゃんと人である。


# by libra-mikio | 2018-03-26 22:38 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 25日

花翳

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まだ満開ではない桜の花枝が春光を受け白砂に翳を落とす。
この場所が大岡越前守の菩提寺であるということは特段の意味を持たない。
第一、何も知らずにクルマを走らせ、直感によってクルマを停め、見出した光景なのだから。

あと一週間のうちにこの桜も満開を迎え、あれよという間に花吹雪となり、
その時は枝の影に落ちる花弁があらためて白砂に花を咲かすことになるのだろう。
それはまた美しい風情があるだろうが、その時が僕の休日に当たるとは思えない。

近い未来の景色を想いつつ、今逢えたこの光景を僕は最大限に受け止める。
いつも想うことだが、風景との一期一会、つまり今をとても大事にしている。
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# by libra-mikio | 2018-03-25 22:12 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 03月 24日

馬酔木

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明月院に向かう水路脇の小道に、馬酔木が咲いていた。

本当にただの小道。

本当にただの自然木。

それにしては、なんと官能的なのだろう。


# by libra-mikio | 2018-03-24 22:14 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 21日

落花

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寒椿がぽとりと落ちているのは、風情もあるが、何がなし痛々しい。
常緑樹であるにもかかわらず、花は、落ちる。
盛者必衰のアイロニーか。

赤い椿白い椿と落ちにけり 碧梧桐

こんな句がよぎる。でも、好きな光景だ
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# by libra-mikio | 2018-03-21 22:09 | 季節 | Comments(0)
2018年 03月 17日

好日

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天気予報はこの数ヶ月非常に当たるので、今朝の好天を予期して早く起きた。

漁船の入れる網に目ざといカモメたちが群がり、おこぼれを頂戴する。
普段カモメが侵入できなくて悔しい思いをしていた海中から、漁師によって小魚が海面に集められる。
きっとたらふく小魚を賞味したことだろう。




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今日も円覚寺で坐禅をさせていただいた。
禅堂に入るまで少しの間、境内を彷徨う。
鎌倉の寺にはミツマタが多い。
ミツマタにもいくつか種類があり、早春に顕れるものは、正直言って好きではない。
でもこれは好きだ。

今日の坐禅はうまく行った。
呼吸の調製法である数息感(すそくかん)の機微がようやく判ったようだ。
今後しばらくは数息感を身につけ、夏くらいには随息感(ずいそくかん)の真似事くらいは出来るようになりたい。




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帰りに東慶寺に寄り、右手にあるギャラリーに顔を出した。
アート作品を売っているのだが、僕はいつも了解を得て、気づいたものを撮らせて頂いている。
今日の善き坐禅の経験を形にすると、きっとこうだろう、そう想いカメラに収めた。


# by libra-mikio | 2018-03-17 22:49 | Mic記 | Comments(0)
2018年 03月 16日

60歳考

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60歳考、というタイトルは付けた。
書きたいことは山のように有る。
同時に、書いちゃなんねぇ、という気分も併存する。
ということで、いざ書き始めてはみたものの、まとまらない予感が体内を飛び交っている。

書きゃぁ愚痴と誤解されそうだし、書かなきゃ自分に嘘をつく。
番茶も出花の乙女のように、気持ちが千々に乱れる。

要するに(僕のサラリーマン生活においては)僕の立場は微妙だし、・・・

やめよう。60になったばかりだ。
大局の中の自分を見ることができるようになった時、書きたければきっと書く。

今は前を向いて生きるっきゃない。
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# by libra-mikio | 2018-03-16 22:15 | Mic記 | Comments(0)