Mickey's world

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2018年 07月 14日

自分を知る

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永らく realist の対語は romanticist だと思っていた。一般的には正解である。

しかしこういう考え方があることを知った。

realistの対語は artist であると。


発端はここ1年ハマっているNHKBSプレミアムの番組「英雄たちの選択」。

(毎回毎回目からウロコで、こんなに知が詰まった番組は稀有である)

再放送であったが、一昨日は武田信玄と上杉謙信を取り上げていた。


ここで詳細を書く能力はないが、要するに戦国時代初期の二大巨頭を評し、

・信玄は徹底した realist である(これは衆目の一致するところ)

・対する謙信は・・・美しい戦を切望してやまない究極の artist であった(新しい解釈)

という内容であった。

上杉謙信とて実利=領国の拡大を企図して戦をするのは必定。しかしその戦は謙信にとり美しくなければならなかった。

美しさが最終的な価値観であった、ということ。


流石に上杉謙信に自分を重ねるのは身の程知らずも極まれリ、という羞恥心は持つ。

持つが、自分の来し方を振り返り、ハタと気がついた。

僕は(畏れ多いが)謙信タイプであり、何事も美しくなければ気が済まない artist であるなぁということを。


そう仮定すると確かに僕は純な romanticist ではない。

もし romanticist だけであったなら、総務などという、時にはヤクザとも対峙した業務はこなせなかったのではないか。

嫌なんだけど問題に立ち向かい、如何に美しく事案を制御することができるか、という一点に精力を注入してきたように思う。

つまり僕は(口はばったいが) artist であったのだ。


・・・ここで終われば単なる自慢話だが、改めて今思う、今僕は会社を引っ張る realist に違和感を感じている。

様々な要素があるが realist vs. artist の構図を考えると全てに納得がいったのである。

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# by libra-mikio | 2018-07-14 21:52 | Mic記 | Comments(0)
2018年 07月 08日

合歓に逢いに行く

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昨日はふらりとハーバーに行ったらヨットに乗せてもらえて、結構な風とうねりの中、ヒールと格闘しながらガンガン走った。
陸に上がったら宴会が待っていて、結局昼過ぎから夕方までハーバーで飲み、いい気分を継続するべく河岸を変えて焼き鳥屋に行ってしまった。
ヨットは良かったけどその後の自堕落に多少嫌気が差しながら、今朝は4時過ぎに目覚めてしまった。

根っからの貧乏性で、せっかく早く起きたのだから何かしたいと思い、そうだ、合歓を撮ろう!という事になった。
昨日海だったから今日は山という訳。

丹沢湖というダム湖の周回道路に、いい合歓がある。
去年はタイミングが合わなかったけれど、今日は良いコンディションで合歓が咲いていた。

合歓って、本当に不思議な形をしていて且つ美しい。
繊細で妖艶。
陽気で神経質。
天気も上々だったのでポジティブに撮ってあげた。
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(豪雨禍に見舞われた方々にはおかけする言葉もございません・・・)


# by libra-mikio | 2018-07-08 19:58 | | Comments(0)
2018年 07月 06日

殺伐

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殺伐としていませんか? 今。
いや、今に限ったことではないのかもしれないけど。

自然災害はある意味いかんともしがたいけど、人間社会。

地域の公職にある者による幼女への悪行。
文科省局長によるあまりにもオソマツで情けない医大加点不正入学。
なんだか小心な鳥のようなオドオド目玉の財務省・サガワさん。あいつ、鳥だよ。
なんかどこにでもいそうなんだけどやっぱり気持ち悪いセクハラ次官。
ショーコー達の死刑執行。
警官の拳銃奪った元自衛隊員。
枚挙に暇がないんだけど、僕にとって極めつけはロシア。
サッカーワールドカップという宴の影で、シリアの反アサド勢力に大規模な空爆を仕掛けたロシア。
ロシアはソチオリンピックの時も突然クリミアに侵攻し併合したよね。
手の付けられないトランプ。

・・・・・

とあるお祭りに、お面の屋台が出ていたよ。
お面って、可愛いものだと思い込んでいたが、よく見りゃみんな瞳がくり抜かれてる。
瞳のないカオが集まってこっちを見ている。
こんなに背筋が寒くなるものだとは思わなかったよ。

今の世の中って、みんなお面をかぶっているのかな。
お面って一体なんだろう。
正しいことに正対せずに済む方便なのかな。
或いは、おどろにやましい心を隠すための方便なのかな。
殺伐とした世の中に目を向けない・・・だって目玉がないんだものね・・・そういうことを可能たらしめる道具なのかな。

僕はといえば、格好をつける訳ではないが、お面などかぶらず、日々素の顔で世間と向き合っています。
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# by libra-mikio | 2018-07-06 22:59 | Mic記 | Comments(0)
2018年 07月 01日

ハーバー興奮 ヨットレース

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今日のハーバーはヒートしている。
湘南港、江ノ島ヨットハーバー。
関東470協会フリートレース、レーザー関東選手権、関東学生ヨット個人選手権、全日本学生女子ヨット選手権の各レースが、もちろん別々の海面ではあるが、同時に開催されるのだ。
選手やチームは最後のチューニングに余念がない。




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チューニングが終わったフネが続々とスロープを目指す。
こんなに数珠つなぎにフネが海に向かうことなんて滅多にない。
この光景を見ただけで僕は興奮する。




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左の地面、白いコンクリートの部分がスロープであり、海に向かって傾斜が始まる。
太陽はほぼ真上、影はほぼ真下。
奥の方に何杯のヨットがいるのだろう。




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見よ、セールが林立する様を!
壮観という以外ない。




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選手たちが次々にレース海面を目指してハーバーを出て行く。
ヨットレースは陸上から観戦できるものではない。
選手たちははるか遠くのレースコースに行ってしまう。
レース観覧艇にでも乗り込まなければレースの様子は判らない。
そうは言っても、2020年にここ江ノ島は2度目のオリンピックセイリング競技会場になる。
そのときにはどんな仕掛けが出来ているのか。




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470やスナイプが大挙して沖を目指した後、女子学生がゆっくりとレーザーで出ていった。
一人乗りのヨットっていいもんだな。
僕はレーザーが大好きである。


# by libra-mikio | 2018-07-01 22:58 | | Comments(0)
2018年 06月 24日

梅雨の花

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百合と紫陽花が雨に濡れている。
さほど強く打たれてはおらず、百合の花粉はまだ流れ出してはいない。
この組み合わせを目にし、素直にきれいだな、と思う。




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明月院に行きたいとは思っても、あの混雑を思うと軽々には腰をあげられない。
紫陽花はどこにでもあるし、それなら家の近所をくまなく周り、清楚な彼女を見つけ出してあげればいい。
今、つい清楚と書いたが、特に萼紫陽花はまとわりつく湿度を追いやるようにクールで美しい。




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一方で百合は花の大きさから言ってもきらびやかだ。
雨に包まれてなお、その香気を辺りに満たす。
僕は百合の蕾も大好きだ。
はちきれんばかりのエネルギーを貯めている姿がとても良い。
百合の蕾に花言葉を進呈するなら、希望・勇気・自負か。


# by libra-mikio | 2018-06-24 21:33 | | Comments(0)
2018年 06月 22日

「弥勒世(みるくゆー)」というノワール

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嗚呼、読み終わりたくない! もっとページが続いて欲しい!
そんな気分に久しぶりにどっぷり浸かった。
馳星周の「弥勒世(みるくゆー)」(*新刊ではない)
上下巻1400余ページを一気呵成に読んだ。
沖縄の日本返還前夜の、うちなーんちゅ(沖縄人)たちの葛藤を描く。

これを読んで初めて、現在の沖縄県人(昔の琉球王国人)の魂の素顔に触れることが、少しだけ出来たような気がする。
正直に言って今まで判らなかったこと、つまりなんで現在の辺野古問題にあれだけ沖縄県人が敏感になるのか、が判った。
一方で、なんで辺野古に動員された機動隊員が暴言を吐いた(そのように教育された)かも推察できた。

「弥勒世(みるくゆー)」
超ハードボイルドであり、超ノワールであり、純粋すぎるほど純な恋愛小説である。
出逢えてよかった。


# by libra-mikio | 2018-06-22 21:21 | Mic記 | Comments(0)
2018年 06月 18日

曇天のやすらぎ

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カメラを持ち始めた頃は、清く正しく透明な光線ばかりを追っていた。
フィルムで言えばベルビアの世界しか眼中になかった。

いつの頃からか、雨もまた善いと思うようになった。
すると花弁に雨粒が付くことが外せない条件と思うようになった。

どちらも咒(しゅ)にかかっている。
特に僕は算命学で言うところの919という極端な性格であるようで、白黒付けるべきと思っていた。

今はどうか。
今は、あいだの美を感じることが、少しはできるようになった。
成長したのか、あるいは単に丸まったのか。

この日、朝から雲が垂れ込めたが、却って心がやすらいだ。
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# by libra-mikio | 2018-06-18 22:34 | | Comments(0)
2018年 06月 16日

たまげた!、ホントにたまげた!

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たまげた!

さっき母を見舞いに病院に行った。
ナースステーションは多忙で、声を掛けても誰も顔を向けない。
勝手知ったるなんとかで母の病室に入る。二人部屋で、母は奥の窓際のベッドだ。
いつもの手前のベッドの御婦人はおらず、半開きの間仕切りカーテンに隠れた母のもとに行き、声を掛けながら母を見た。

その瞬間、僕はあまりのことに呆然と立ち尽くした。
面影のまったくない母がベッドに半身を起こし、僕を睨んでいる。
げっそりと頬が落ち、鼻にはチューブがつながっている。
僕を見つめる目は見開かれ、その双眸には敵意さえ宿っている。
一体どうしちゃったのだ。
この前来たのは3日前。僅かなこの期間に母はここまで変わってしまったのか・・・

眼圧の高い視線に押し戻されるように、僕は後退りした。
後退りしながら、頭が僕なりのフルスピードで回転する。
そう言えば、昨日病院の事務局に電話して、差額ベッド代も馬鹿にならないので、大部屋が空いたらすぐに母を移動してほしいと頼んだっけ。
すると、もしかして母は別の部屋に引っ越したあとで、眼前のこの方は母とは別人なのではないか・・・

眼前の方への会釈もそこそこにナースステーションに走った。
見覚えのあるナースに恐る恐る尋ねると、あっけらかんとこう言った。
・・・ああ、お母様はあちらの部屋に移りました、ご案内しますね・・・

おおー、そこにはいつもと変わらぬ母がいた!
いやー、ほんとにたまげた!
と同時に、あの方に対し失礼をお詫びします。
今なら判る。
突然にベッドサイドに見も知らぬ大男が馴れ馴れしく近づいて来たのだ。
警戒するほうが正しい。
一方こちらは、たまたま背格好が母と同じだったことと、病院支給のパジャマだから衣服では判別できなかったこと、そして何より、病院から部屋が変わったことのアナウンスがなかったことからとんでもない間違いを起こした。
今となっては笑い話そのものだが、その瞬間は本当に愕然とした。
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# by libra-mikio | 2018-06-16 19:45 | Mic記 | Comments(2)
2018年 06月 10日

ハス池の憂鬱

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昭和40年ころ、僕は小学校の4年か5年生だった。
通っていた小学校から僕の家とは反対の方に10分ほど歩くと、そのハス池は有った。
学校の帰り、時々その蓮池に友だちと寄り道した。
池の周囲には住宅などは立っておらず、多くの子どもたちが池を囲んでザリガニ釣りなどしていた。

ある時、僕は池に小石を投げて遊んでいた。無心に、ただひたすら小石を投げていた。
すると力の加減を間違って、石は対岸まで届き、そこにいた2年生くらいの男の子の後頭部に当たってしまった。
カンという音が聞こえた。
その子の後頭部は割れ、黒い髪の間から朱色の液体がにじみ出た。
脳みそがでてきた! 少なくとも僕にはそう思えた。
僕は怖くなった。怖くて怖くて仕方がなく、家に帰ろうと一目散に駆け出した。
あの子はどうなったろう、死んじゃうんじゃないか・・・
後悔の念に身を貫かれ、僕の方も死ぬ思いだった。
数日の間、学校経由で犯人探しの動きがあるのではないかと思い憂鬱だった。

しかし何も起きなかった。
そのうちにどうやら僕は、僕にとっての大事件であったはずのその憂鬱自体を忘れてしまった。

しかし時々思い出す。あの子は大丈夫だったのかな?
一方で、あの石は本当にあの子に当たったのだろうか、とも考えるようになった。
でも音も聞こえた気がするし、朱色がにじむ後頭部も確かに見た気がする。
このようにして、子供時代の不名誉な記憶は、曖昧になりつつも、おそらく一生消し去ることはできないのだろう。

先日、実に久しぶりにそのハス池がどうなっているか見たくなり、自転車に乗って訪れた。
すると池はちゃんとそこに残っていた。
このハス池である。
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# by libra-mikio | 2018-06-10 18:58 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 06月 08日

メディア、及びメディア・リテラシー

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5歳の女の子の悲報がメディアに流れる。
僕はその記事が目に入る刹那、新聞なら読まずにページを繰り、テレビニュースなら即座にスイッチを切る。
だって、可哀そうで気の毒で、そんな情報を体に入れたくないからだ。

はっきりとその種のコンテンツを自ら遮断したのは、西鉄バスジャック事件に遡る。
今でも覚えている。
週刊文春の記事をうっかり、本当にうっかり読んでしまい、魂が疲弊した。
それから文春にしろ新潮にしろ読まなくなった。

ジャーナリズムは正確に伝えることに存在意義がある。
でも僕は知りたくないことまで、強制的に知らされたくはない。
また僕にはそれを取捨選択する自由がある。
伝えられたことを鵜呑みにするか、疑念を抱くか、自ら判断を下すという自由がある。

いずれにせよ、嫌な話は聞きたくない。
耳を塞ぐ。
目を覆う。
しかし口をつぐんではいけない。
主体性はあくまで僕自身のものである。

メディアの皆さんよ、お金には結びつかないかもしれないけど、「今日のハッピー」みたいな、心温まるコンテンツだけの特集をしてみないか?
ニュースを受け取る皆さんよ、そろそろリテラシーを磨いて、メディアの淘汰を始めないか?
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# by libra-mikio | 2018-06-08 22:37 | Mic記 | Comments(4)
2018年 06月 05日

アムロちゃん!

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アムロちゃんは素敵です!

で、アムロちゃん、フォーティなのね。
で、ハタチの息子がいるのね。

あのさ、ハタチの頃は僕にもあったんだけどさ、その時のオフクロは、当たり前だけど今のオフクロなのね。
でもさ、ハタチの時の僕のオフクロが今のアムロちゃんだったとしたら、これってどうよ。

あんなに可愛くてあんなにスレンダーで、あんなにファニーな女性が、僕のオフクロだよ?
ありえない・・・普通はあり得ないけど、現実には全世界の人口分の1の確率でそういう突拍子もないことが起こってる!

すげえな。
アムロちゃんがお母さんなんだよ。
ってことは、おっぱいも飲んで・・・
あ、酔ってます、うふふ。
(あ、炎上したらば消します)


# by libra-mikio | 2018-06-05 22:32 | Mic記 | Comments(0)
2018年 06月 03日

気分転換スナップ

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ある本が欲しくなり、神奈川県民が誇る知の殿堂、有隣堂の在庫をネットで見たら横浜西口店にしかないことが判った。
で、横浜まで出向き、帰りに急に横須賀のネイビーバーガーが食べたくなり、そのままドブ板通りのSURF TACOに。
カウンターの隣にはでっぷりした黒人のおっさんがいて二言三言の会話をする。
プレーンバーガーのレギュラーサイズはあっという間に美味しく胃に収まり、さてこれからどうしようか。
そうだ三笠通りでノーファインダースナップにトライしよう。
気分転換だ!
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これまで何回か挑戦しているが自分でも認めざるを得ない下手っぴぃ。
でもストリートスナップには憧れていて、実はこの前、FUJIのX-Pro2をなんとなく買っちゃったこともあり、これから練習を積み重ねる。
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# by libra-mikio | 2018-06-03 21:19 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 29日

老老介護の幕開け

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母がまた入院した。
腰や背骨の圧迫骨折による鈍痛・疼痛が耐えられず、食事もままならない。
見ていても何もすることができない。
そんなとき緊急に往診をしてくれた医師から、会社にいる僕に「早く帰ってきて救急車で入院させなさい!」という連絡。

もう何度目なんだろうと思いつつも、今、結果として入院させてくれたことに深く感謝の念を抱く。
病院だから医師や看護師がいるのは当たり前だが、職能別のプロスタッフがいてくださるお蔭で、食事や排泄まで細かに面倒を見てくださる。
これって、僕一人じゃ、むり。
心の底から有り難いと思う。

一緒に救急車に乗った僕も、つい先だっての胸椎圧迫骨折のコルセットをギュッと締めている。
老老介護の幕開けである。
ショウブを見ながら、これからが勝負だと思う。


# by libra-mikio | 2018-05-29 23:03 | Mic記 | Comments(2)
2018年 05月 27日

爽やかな5月の湘南でのひとコマ

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5月最後のおやすみ。
湘南は爽やかな風と光に満ちた。
まだ梅雨を迎えるというセレモニーがあるが、ここ数日は湘南らしい光景が地元民としても微笑ましい。




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定番のフラ教室。
片や、ハマヒルガオ咲く小高い場所ではマインドフルネスやヨガ系のメディテーショングループが点在する。
きっとみんな、都会の煩雑、傷心を癒やしにここに来る。
潮の香を胸いっぱいに含み、泣いたり笑ったりして欲しい。




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ジェットスキーも今ではファミリーで楽しむ構図ができ始めた。
写真では判り難いと思うが、ジェットスキーを操るのはお母さん。
そして水上スキーを楽しんでいるのは、小学生くらいの男の子。
お母さんの後ろでは弟が兄ちゃんに声を掛けている。

5月最後のお休みの、湘南でのひとコマである。


# by libra-mikio | 2018-05-27 21:47 | 季節 | Comments(0)
2018年 05月 23日

早く泉のように穏やかになって下さい

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数日前に日大のアメフト選手のことを、知力がないと書いた。
僕はこれを撤回して、彼にお詫びします。

彼の異例で異様な会見。そこでのしっかりと自分を見据えた態度。
感情に流されず、20歳だというのに作法を弁え、語るべきことを語った勇気。
逆に、あれが僕に出来るかと問われれば、覚束ない。

自らの言葉にあったように、やったのは彼であり、その点では明白な結論が出ている。
 
それにしても、彼にあのような行動を取らせるように仕向けた周囲の大人たちの醜さはどうだ。
相手チームの主力を物理的に破壊させるという、スポーツ精神もへったくれもない闇の世界。
手段を選ばず自らの選手を精神的に追い込み、鉄砲玉に仕立てる「名監督」。
そのやり方は、あたかも公安警察がスパイを無理矢理に作り上げていくような汚いやり方に酷似している。
褒め上げて、貶し倒して、もともとは存在しなかった弱みを創り出し、その弱みにつけ込む(と、馳星周から教わった)。

日大の彼に対してはこれから先、山に湧く泉のような、穏やかで透明な心をなるべく早く取り戻してもらいたい。


# by libra-mikio | 2018-05-23 21:40 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 21日

落ち着く

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言葉は要らない。

ただ、落ち着く。

東慶寺。


# by libra-mikio | 2018-05-21 22:23 | 陰翳 | Comments(0)
2018年 05月 20日

帽子

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帽子が集まってる。
みんな違う帽子をかぶってる。

手前のグレーの帽子は男の子で幼稚園の年長さんくらい。
紺色の帽子の女の子は小学5年生くらいで、白い帽子の女の子に、薔薇の花をつけてあげている。
薄い黄色の帽子の女の子はすでに花飾りを付けていて、黄色と白の帽子はたぶん小学3年生くらい。

姉弟かな?
それとも親戚どうしかな?

すごく、すごーく微笑ましい。
意味もなく、日本はまだまだ捨てたもんじゃない、なんて思う。

薔薇の園で見つけた心なごむ風景。
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# by libra-mikio | 2018-05-20 19:28 | 季節 | Comments(0)
2018年 05月 17日

人はmortalである、とはいえ・・・

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西城秀樹さんが亡くなったという。

いささか驚きを禁じ得ない。

もちろんファンであったとかそういうことはない。

いや、むしろ空気のような存在だった。

空気というのは、多感な頃に、夜にテレビをつければ、そこに彼がいるのがごく自然であった、という意味である。

そこにいて、当たり前なのだ。


63歳だったという。

60歳である僕はその意味でも意識を向けざるを得ない。


人はmortalである。僕はよくblogに書く。

でもさ、まさか秀樹が・・・っていうのは、なかなか辛い現実である。



# by libra-mikio | 2018-05-17 21:58 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 16日

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どの報道が正しいのかは判らない。
しかし問題の映像のリプレイを見れば見るほど、事実の客観性は担保されていると考えてよい。
そして僕は、見れば見るほど憤怒の感がたぎり、心に怒声を放つ。
日大アメフトチームの限りなく愚かな所業に対してである。

監督という職業に就いた者が自分に対する雇用主の目標達成評価に危機感を覚え、それ故人間としてありえない指示を選手に与え、知力はないが取り敢えず大学生と呼ばれる選手がそれを実行する。
それとも、馬鹿な学生にも多少の知恵があり、監督の立場を忖度したか。
馬鹿馬鹿しい。5流のヤクザ映画だって扱わない。

スポーツ界に、いや、もしかするとそこかしこに潜在する闇が顕在化した事案だと思う。
闇があるから日向がある、それは肯わざるを得ない。
しかし、時と場所を弁えろ。
それができない奴、奴らは、クズだ。


# by libra-mikio | 2018-05-16 22:30 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 15日

湘南のカソリック

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湘南白百合学園、中学高等学校の裏門。
白百合が湘南に学舎敷地を求めた際、当時の県教委委員長であり龍口山本蓮寺の住職であったS先生に交渉の口添えを依頼し、八方丸く収まった、ということを以前書いた。気がする。

先日ぶらりとポタリングした際、なるほどと思わせる白百合の裏門を初めて発見した。
この佇まいはもう禅寺である。
理想の地を追い求め、それが鎌倉の外れのまるまる一山であったことが偲ばれる。




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こちらは、最初期の我がblogにアップしたこともあるカトリック片瀬協会である。
ご覧のように日本古来の建築であり、なんとも言えぬ佇まいだ。
美しいと思う。

僕はカソリックの信仰を持たない。
ましてや現在の仏教の信仰としてのあり方に疑問を呈する者である。
しかしどんな宗教にせよ信仰を持つ方々へのリスペクトを忘れてはならないと、最近とみに感じている。




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観光地湘南のコアなエリアに、このようなカソリック協会が静かに息づいていることを、皆さんに知っていただければと思う。


# by libra-mikio | 2018-05-15 22:01 | | Comments(0)
2018年 05月 13日

Rosa Ondina

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ここ数年というか数シーズン、薄紫の薔薇に魅了されている。
もちろんその存在感は、真紅やオレンジ、イエロウなど、一瞬の華やかさを振りまく娘たちに比せば、分が悪い。
しかし、実際の彼女を眼の前にすると、得も言われぬ魅力の虜になってしまう。

Rosa Ondinaといったか。
あたしを見て!と声高に主張しない佇まいに、惹かれてしまう。
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# by libra-mikio | 2018-05-13 21:40 | | Comments(0)
2018年 05月 12日

漁港の風景

結局この一週間は会社を全休してしまった。
そろそろベッドからの起床もコツが判ってきたので、まだ元気だったGWの前半に撮りためた写真を振り返りたい。




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東伊豆、網代。
普段見る湘南の遠浅な海に比べ、リアスですぐに深くなるから、目と鼻の先の海の色がもう、碧い。
海の間際にいるのに風は乾き、日に当たる肌はチリチリするが日陰に入れば、イッツ涼。
風は海の匂いに満ちているが、その香りは新鮮で磯臭さは微塵もない。
網代。いい漁港である。




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東伊豆、宇佐美。
ここには何度か来た。網代とは違い、漁港の日常感が横溢している。
正面に青いシャツを着た男の子が、何をすることもなく先程から同じ姿勢で座っている。
気になり何度も見返すが、彼は動かない。
テストで失敗したのか。
女の子に好意がうまく伝えられないのか。
親から理不尽な叱責を受けたのか。
どちらにしてもポジティブなオーラは一切ない。




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その宇佐美漁港で防波堤の先まで散歩をする。
湘南あたりでも釣りをする家族連れはいる。
しかし宇佐美では、家族でする釣りの様子があまりにも自然だ。
ほっこりする。
添景の鯉のぼり。出来すぎだ。

帰りに、さっきのウェルテル少年を探したが、もういなかった。
なんとなく、良かった、と思った。


# by libra-mikio | 2018-05-12 18:59 | | Comments(0)
2018年 05月 09日

少し長いが、思ったこと

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ここ数日とにかくベッドの上にいる。積ン読だった本の棚卸しには絶好のチャンスだ。

昨日から今日にかけて、あの故・西部邁さんの絶筆「保守の遺言」を読んだ。実は西部邁を読むのは初めてである。

本人のあとがきの日付が平成30115日。自裁(自殺)が121日だから、やはり生々しい。


これまでメディアのニュース的にしかこの人の存在を知らなかった。

初めて、かつ最期の文章を読んだ訳なので、この本から感じたことを軽々に書くわけにも行かず、控える。

ただ僕にとり意外だったのは、本の最後の方で彼が鈴木大拙に触れているところである。あらかたの文意をパッチワークで示せば、少し長いがこうだ。

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・・・「無常の中の恒常」ということとのつながりで(和辻哲郎や鈴木大拙のように)日本人のスピリチュアリティ(霊性)を浮かび上がらせようとしたものもいた。

・・・しかし僕は霊性だの信仰だのと耳にすると、そこに「集団のモード」以上のものを感じとれないのだ。そもそもそうした信仰の種がまかれるべき土壌としての伝統はあらかた消えてしまったのではないか。というより、日本に独特のカスタム(慣習)はまだ少々は残っているのかもしれないが、その慣習の意味を意識的にとらえ直すこととしての伝統が(中略)なくなったのである。

・・・そうした伝統の喪失は現代日本人の利便性や収益性に心を奪われてしまったことの結果である。

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ここで西部邁は明らかに鈴木大拙著「日本的霊性」を念頭に置いている。

しかし「日本的霊性」は戦争末期の昭和19年に書かれ出版されたものだ。それを今、西部邁が自殺する現在の風潮と照合することに、いささかの飛躍、違和感を覚える。

しかし、大きな流れとしては西部邁が指摘するように、「(カスタムや)伝統の喪失は現代日本人の利便性や収益性に心を奪われてしまったことの結果である」。


翻って僕自身を見つめると、現状・現況を振り払う為であるかのように闇雲に本に当たり、結果として大拙の「日本的霊性」に遭遇し、挫折を繰り返しながら読了し、結果として現在円覚寺で坐禅を組むという行動に結びついた。

ということは、僕は西部邁が蔑むところの「マス」(詳細はこの本を読んで下さい)の一員ではあったが、自分でも不思議である発意の結果、「マス」を離れてカスタム、伝統に回帰しようとしている、或いは衆生が本来持つ霊性を確認しようともがいている、稀有な例と言えまいか。

更に言えば、毎回の坐禅には実に多くの人が参加しているし、紅毛碧眼の美少女達もルーティンで参加している。


とりとめがない。

要するに、泉下の西部さん、マスコミは澱んでいるかもしれないが、衆生は今でもそんなに捨てたものではありませんよ、とお伝えしたい。

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# by libra-mikio | 2018-05-09 20:10 | Mic記 | Comments(0)
2018年 05月 08日

サイテー、今度は圧迫骨折・・・

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自分でも信じ難いが、前回坐禅中に肉離れを起こした丁度一週間後、5/5に第12胸椎圧迫骨折なるものに見舞われた。

江ノ島のハーバーの駐輪場で、電動アシスト自転車ミッキー号を、不用意な前かがみのまま、ヒョイと持ち上げようとした。
以前まで乗っていたバイクはトライアスロン仕様の超軽量バイクだったので、つい混同した。
電動ミッキー号はカゴやらドロヨケやら付けたので25kgを超えている。

背骨の中程で「ゴギ!!!」という音がした。骨伝導で脳に伝わったその音はあまりにもデカかった。
瞬時にとんでもない激痛に襲われ、へたり込むこと3分。

その後は思い出すのも嫌だ。
ヨットを早退して、たまたまいた長男に運転を頼み徳洲会の救急外来に行ったがトリアージを受けて4時間待たされた。
仕方ないことだが救急救命医はギックリ腰との認識で、腰のレントゲンを見て「きれいな骨ですね」
痛み止めをもらいその日は帰った。

翌日は日曜日で一般の整形外科はやっていない。
どんどん痛みが増してくる。
ベッドに横になるのに呻き、ベッドから起きるときには吠え、悪夢の日曜日だった。

待望の月曜日!
いの一番に近所の整形外科に飛び込み、あらためてレントゲンを撮って頂いた結果、腰よりかなり上にある12番胸椎というやつがイカレていることが判った。
最新式のソフトギブス?もゲット。
なんでもその先生がこのソフトギブスを患者に与えるのは初めてという最新式のやつ。
ま、そんなことはどうでもいい。
とにかくサイテーな連休の〆であった(涙)
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# by libra-mikio | 2018-05-08 19:01 | Mic記 | Comments(2)
2018年 05月 03日

薔薇に酔う

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薔薇の季節が巡ってきた。
純粋に嬉しい。
今日の午前中はずっと薔薇に囲まれていた。
雨は上がり、しかし風は強かった。
その強い風があらゆる種類の薔薇の甘い香りを、絶え間なく僕の鼻孔に運ぶ。
ほんとうに、なんと美しい香りなのだろう!
写真を撮りに来たのだが、途中からカメラには触れず、ただその香りに酔っていた。
毎年書くことだが、これだけの数、クオリティーの薔薇を咲かせるスタッフさん達のご努力にひたすら頭が下がる。
世の中には素敵な仕事があるものだと、本気で羨ましくなる。
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# by libra-mikio | 2018-05-03 19:37 | | Comments(0)
2018年 05月 02日

坐禅 オプス・デイ 情けない

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前回、結跏趺坐を組んで左足のふくらはぎを痛めたことを書いた。
あれは先週の土曜日だったがなかなか治らないので医者に行った。

医者に行って驚いた。
「あなた、軽度ではあるけれど肉離れをおこしていますね」
え?坐禅をして肉離れ?

他の方の三昧を乱してはいけないと必死で痛みに耐え、そして顔にも出さず息の乱れも表さず、表面的には涼しい顔をしていた。
我慢はしたが、やはりあの痛みは尋常ではなかったのだ。
ダ・ヴィンチ・コードではオプス・デイのメンバーの忍苦が描写されるが、僕もほぼオプス・デイ・メンバーの心境だった訳。

いやあ、痛みに耐えたことは誇りである。
一方で、坐っているだけで肉離れを起こしたということは、なんとも言えず情けない。
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# by libra-mikio | 2018-05-02 22:43 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 29日

落ち込む

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すこし落ち込んでいる。
昨日、坐禅を組んだ際、左足のふくらはぎ辺りの筋をおかしくしてしまった。
はじめの回は結跏趺坐を組む際、多少の違和感があったが数息観を続けるうちに自然と馴染み問題はなかった。
5分の休息の際、足を解くかためらったが結局解いた。

そして次の回。
あらためて足を組んだ時に何かが違った。
すでに全員が坐禅に入っている中で、所作を乱す訳にはいかない。
痛い。足が痛い。ものすごく痛い。
しかしどうすることもできない。
泣きたい。足をほどきたい。でもたかが20分じゃないか。我慢したい。厳しい。

悶々とした後、柝(たく)が打たれた。
我慢を通した。
しかし、足はおかしくなっていた。
僕は坐ることもできない。
打ちのめされた。
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今、医薬品の湿布を貼っている。
情けないが、事実だ。

坐ることに問題があるなんて情けない。
早く精進して空を自由に飛びたい。


# by libra-mikio | 2018-04-29 21:58 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 24日

群れ

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群れは喧しい。

群れは否応ない。

群れに個の自我はない。

群れを外れたい。

でも群れを外れるのは勇気が要る。

個の自由に憧れる。

でも個は、孤独だ。

孤独は、美しい言葉だが、寂しい。

寂しいのは悲しい。

つまるところ、堂々巡りとなる。
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# by libra-mikio | 2018-04-24 20:20 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 22日

光と翳、相対

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坐禅を終えたのち円覚寺の庭をたゆたう。

華美にならぬほどに牡丹やシャクナゲが植えられた一画がある。
まだ午前中なので参詣客も多くはなく、ドイツあたりからと思われる老夫婦が一組、僕と前後して小径を歩いている。

老杉や多くの樹々により、花に当たる光は刻々と変化する。
握った拳よりも大きい花に、ちょうど光と翳の領域がせめぎ合っていた。

數瞬前にはすべて光の中にいた。
数瞬後にはすべて翳に入るだろう。

相対である。
花は光によらずそこにある。
しかし花は、僕が見ているからそこにある。
もしも僕が見ていなければ。
逆に、もし花が僕を見ていなければ。

宗教ではなく、本来の意味での般若の叡智を感得したい。
これはすでに恋である。


# by libra-mikio | 2018-04-22 20:16 | Mic記 | Comments(0)
2018年 04月 18日

どうしたらいいのだろう

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今朝、毎日新聞のページをめくると飛び込んできた写真とタイトル。
右下に続くキャッチには、ピューリツァー賞とある。
ああ、この母子は艱難辛苦を乗り越え、無事にバングラに到着することができ、周囲の人も祝福をしているのだ。
と、思った。
大変な脱出行であったのだな・・・。よかった・・・。

ふと、写真上のキャプションを読む。
「ロイター通信が撮影したロヒンギャ難民の一枚。バングラデシュに逃げる際、船が転覆して死亡した子供を抱きながら涙を流す母親を写した=ロイター」

この感情の落差は大きかった。
一体、どうしたらいいのだろう。
赤ん坊は、死体なのだ。

一体どうしたらいいのだろう。


# by libra-mikio | 2018-04-18 22:07 | Mic記 | Comments(0)