Mickey's world

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2016年 10月 09日

秋薔薇

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自然界の生命は巡り来る季節を確実に捉え、ためらうことなく行うべきことを行う。
秋の薔薇もその一つであり、五月ほど一斉に咲きほころぶ訳ではないが、一株ごとに自分の判断を天に謳い上げ、気付けばそこかしこで咲き揃って来る。

あすの朝は雨になることが判っていた金曜日の晩、バッテリーの充電を怠らず、目覚めたらすぐに薔薇を撮りに行こうと決めていた。
雨滴を纏った秋薔薇を撮りたかったのだ。

考えてみれば、何度も何度も同じテーマを繰り返し撮っている。
しかし、自然の美は、打ち寄せる波に一つとして同じものが無い様に、いつも新鮮な驚きを僕にもたらしてくれる。
僕は謙虚に、それを受け止めるだけである。
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EOS7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

# by libra-mikio | 2016-10-09 22:18 | | Comments(0)
2016年 10月 03日

893よりカタギ

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唐突ではあるが、今宵、その辺のヤクザより、筋を通したカタギの方が強いことを知った。

そして今夜の僕は気分がいい。閻魔さまもビックリだろう。

# by libra-mikio | 2016-10-03 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 02日

木犀、そして明月院

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北鎌倉は濃厚な木犀の香気に満ちていた。
そう、芳醇という語感を超えて濃厚であり、大袈裟に言えば木犀の創り出す大気の中を泳いでいるようだった。
そして、とある家の庭先では金木犀と銀木犀が仲良く成長し、香りの二重唱をフォルテッシモで歌い上げていた。




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明月院に立ち寄った。
紫陽殿と呼ばれる本堂では茶を振舞うが、朝早いこともありまだ人は上がっておらず、奥の深い畳の向こうに満月を見ることが出来た。
もみじが進めばまた格別な光景となることだろう。




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山門には、竹筒に秋の実などが活けられていた。
あでやかというものではなく、京好み、利休好みというものでもなく、いかにも鎌倉的な、禅と武辺の中から生まれた美意識の身近さを感じた。

今日は善い一日である。

# by libra-mikio | 2016-10-02 21:43 | 季節 | Comments(0)
2016年 09月 29日

赤蕎麦

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蕎麦の花は純白で小さくて、群がって咲く。
しかしここに、可憐なピンクをまとう蕎麦がある。
高嶺ルピーという。
信州大学の氏原先生が生前、ヒマラヤから持って帰ったものを伊那谷に根付かせたとのこと。

かつて一度だけ、赤蕎麦の蕎麦(変な言い方だが仕方がない)を食べたことがあるが、特に美味しかったという覚えはない。

しかし、伊那谷の河岸段丘を上り、畑も終わる中央アルプスの麓の小広い高原が一面にピンクに染まっている様子は、或る種不思議であり一見の価値がある。
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この時期、地元の蕎麦屋ではもちろん赤蕎麦を提供する。
しかし僕は踵を返し、伊那のとよばらのローメンを食べに行ってしまった(笑)

# by libra-mikio | 2016-09-29 22:12 | | Comments(0)
2016年 09月 25日

9月の旅

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金曜日に有給休暇を取り、前後の休日を使い2泊3日で季節の狭間の信州を駆け抜けて来た。
いつもの出来心だが、今回は大学院2年の長男が同行した。
彼は既にプラント企業に内定しており、入社すれば海外プロジェクトに配属されることは必定。
故に、彼の中でもある種の感傷があったのかもしれぬ。




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目的地は決めるがルートは自由だ。標識に「旧道」とあれば自然にハンドルを切る。そんな僕流の旅も、彼は受け入れた。
R141から離れた清里の近くでは霧にまかれ、小海線の線路も夢幻になる。
僕はX-T1、彼はEOSで同じ被写体を狙う。
しかし僕は彼の作品をモニター画面で見ることはしない。
24歳の彼には既に彼自身の世界がある筈で、それを評論するのは意味のないことだ。




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旅をしながら、彼を無言館に連れていくことに決めた。
美校から戦地に散った方々の享年と、彼の年齢がほぼ同じことに気付いたからである。
最小限の説明、つまり「ここには戦没画学生の作品がある」ということだけを伝え、無言館に入った。


その夜、宿の一室で酒を酌み交わしながらとりとめのない話をしたが、彼がこう言ったことを覚えている。
「俺は、知覧に行こうと思うんだ」、と。

# by libra-mikio | 2016-09-25 21:08 | | Comments(0)
2016年 09月 19日

告白

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(この写真は、ついこの間も使ったね、という方がいらっしゃると思うが、本日新たに円覚寺を訪うて撮ったものである)
(つまり、僕はこの方が好きなったのである)

今朝、未明から起き出し、まずは日々に追われて出来ていなかった仕事を家で片づけた。6時間近く掛かった。

やりおおせたのち、鎌倉に行った。実は昨日から行きたかった。
北鎌倉は心理的には遠いが、実際は、僕の家から円覚寺まで、door to door でなんと40分未満であった。

円覚寺は小雨に煙り、珍しく観光客が居なかった。
仏殿に入り、ご本尊の宝冠釈迦如来坐像に向き合うと、一切の音が消えた。
嘘ではない。
山門下を通る横須賀線の音も全くなく、あとから訪れる参拝客も咳き一つせず、皆静かに釈迦如来像を見上げ、時折聞こえるのは遠くの烏と鳶の声だけであった。

何だろう。ふと涙が出てきた。
有難い、という気持であったか。或るいは包まれる、という気持であったか。
確かに僕は泣いた。





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その後、浄智寺に足を延ばした。
曇華殿にも観光客は居なかった。
曇華殿には、浄智寺のご本尊である如来様たち、即ち向かって左から、阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来が鎮座ましまし、過去、現在、未来の時を体現なさっているという。





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15世紀半ばごろに再興された仏像であるとのことだが、それでも既に600年近く人間世界を見据えて来られた訳だ。
供えられた花の香であろうか、仏殿の内部は得も言われぬ甘く切ない香りに満ちていた。

・・・そしてこれからが本日の告白である。
この写真を撮っているとき、左手の甲にかそけき痛痒を感じた。
何事ならんと眼をやれば、黒々としたデカい蚊がまさに僕の血をディナーとせんと妙に落ち着いてとまっていた。

瞬間、そこには、命の尊さに想いを馳せる僕と、反射的に叩き潰そうという僕がいた。
オー、マイ、ガッ!
どうする、どうする、どうする!

で、なんと僕の手は、瞬時に彼を叩き潰していた。
如来様たちのおん目の前で!

今日の告白である。

# by libra-mikio | 2016-09-19 21:10 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 18日

ハイコンテクスト、ローコンテクスト

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ハイコンテクスト文化
・直接的に表現することは無粋であり、間接的な表現や逆に凝った描写を好む
・曖昧な表現でも通じ合える
・多くを話さない。「俺の目を見ろ、何にも言うな」
ローコンテクスト文化
・直接的で説明を尽くすロジカルな表現を好む
・言語に対し高い価値と積極的な姿勢を求める。要するに「勘」がない
・寡黙であることを評価しない。「君の目を見ても、何を考えているのか判らない」

或る調査によれば、日本はハイ・コン度合いがあらゆる民族の中でトップであり、ロー・コンのトップはドイツ系アメリカ人であったという。

これは宗教観にも当て嵌まるのではないか。
我々は言わずもがなの多神教であり、八百万の神の存在を極当たり前に感得する。
欧米では一神教が自然に受け入れられ、しかもその神とは契約によって結ばれる。

・・・であった。過去形。

そう、近年、このようには単純化されなくなった。
ZENに憧れる欧米人が増え、ちゃんと教えないと何も身に着かない日本の若者が増えた。
禅、能などは究極のハイ・コンであろう。
一方キャリアパスを示さないと路頭に迷う日本の若者ってロー・コン過ぎないか。(あくまで私見)

そんなことを考えると、彼岸花一つ撮るにしても、注意が必要である。
上は、ハイコンテクストな撮り方。
下は、ローコンテクストな撮り方。
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ハイ・コンの方がいいに決まっている、と僕は思う。
X-T1

# by libra-mikio | 2016-09-18 19:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 17日

ZENとジェラシー

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僕は日本、つまり自分の国のことを余りにも知らない。
今、ANAで配布されている「翼の王国」には、浦江由美子さんというライターの「みんなのZEN」というエッセイが掲載されている。
・・・近頃はZENがただの神秘主義としてではなく、ヨーロッパの知的階級には生活感にまで浸透している
・・・オランダの物理学者の一人は白隠や仙厓を含む禅画を収集し「蛙庵」と名付け500点以上コレクションしている
・・・ベルリンの或るコスチュームデザイナーは寝室の一画に座布団を敷き、座禅は彼の日常となっている



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そして彼女はこう書く。
『2年前にドイツのファッション誌チームと京都の実相院をモデル撮影で訪れた時、初来日のエディターのKが撮影の合間、鹿威しをiPhoneで撮影していた。動画はスローモーションで再生され、水の流れや粒が強調されていた。「これってZENでしょ」と言われた瞬間、私はあまりの素晴らしさに、なぜかジェラシーさえ感じてしまった』

判るなぁ、このジェラシー!
本来、日本人である我々がそれを認識していなければならないのにもかかわらず、初めて日本にやって来たドイツ人の方が意識が高い!



円覚寺の本尊、宝冠釈迦如来も、「・・・だろ?」と、僕を横目で睨む。
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X30

# by libra-mikio | 2016-09-17 22:02 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 14日

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月曜日の朝イチから広島市内での仕事があった。そのため前泊で広島に入った。
以前に原爆ドームは訪れていたので、今回は呉に行った。大和ミュージアムだ。
大和は、やはり日本人にとり特別な船だ。



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以前ある広告代理店の人から聞いた話だ。
旧海軍の軍人たちが集まる会合で風采の上がらない老人がいた。
皆、自己紹介で、自分は〇〇に乗り組んでいた、という流れの中、私語も増えてきた頃、その老人の番になった。
「自分は水兵でありましたが、大和に乗艦しておりました」と語った瞬間、私語が止み、誰からともなく立ち上がり、誰からともなく老人に敬礼をしたという。



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大和。
しかし、既に航空戦力の拡充が優位性を持つという世界的な認識が定着する中で、敢えて大艦巨砲主義に拘泥して造られた船。
海軍は(勿論陸軍も)制服組とは別に海軍省という背広組を持つ。
背広組、つまり官僚。石頭の役人が、航空機ではなく艦船に固執した、と言われている。
挙句に、大和たちによる沖縄近海への水上特攻。
・・・



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なにか満たされない気持ちで大和ミュージアムを後にし、夕暮れの呉の町を歩いた。
ほどなく、レンガ造りの建物に出逢った。
海上自衛隊呉地方総監部。
しかしその佇まいは、旧日本海軍呉鎮守府、そのものであった。

# by libra-mikio | 2016-09-14 23:01 | | Comments(0)
2016年 09月 10日

夕暮れ時は淋しそう

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さっき、クルマのラジオから、NSPの「夕暮れ時は淋しそう」が流れた。

海もそろそろ、そんな季節である。
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Canon EOS 7D

# by libra-mikio | 2016-09-10 22:05 | 季節 | Comments(0)
2016年 09月 07日

”アイリス”の瞳の青

映画「タクシードライバー」のことは何度も書いている。
それだけ凄い映画だった、ということだろう。少なくとも僕にとって。
1976年、監督はマーティン・スコセッシ。ロバート・デ・ニーロと、ほんの少女であった、あのジョディ・フォスター。

13歳のアイリス(ジョディ・フォスター)の瞳の青が忘れられない。
リコリス・スプレンゲリーを、そんなイメージで撮ってみた。
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X-T1
「タクシードライバー」

# by libra-mikio | 2016-09-07 23:04 | | Comments(0)
2016年 09月 06日

君の名は 

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名前って面白い。
いつか、フランス語の講義を受けた時その独自の記号の名前を、アクサン・シルコンフレクスと教わった。
なにかこう、フランスに連綿と続く豪農のような人格を想起させる。
アクサン・テギュがアクサン家の当代の家長で、アクサン・グラーヴは大叔父にあたる。
・・・ん?、姓と名が逆か(笑)

ムスクルス・ステルノクライドマストイデウスというのは、ドイツの音楽家なのだろうが、一体いつの時代の?、と思いきや、胸鎖乳突筋という首の両側を上下に走る太い筋肉のドイツ名だそうだ。

ところで、リコリス・スプレンゲリーちゃんである。
どこの国のお嬢さんだろう。
スプレンゲリーというのは少なくともラテンでもゲルマンでもないな。
ケルト系か。
しかし、1st nameのリコリスはどうだ。
なんとなくギリシアっぽいな、つまりヘレニック系か。
ミッコノース! リッコリース!
・・・

ミズ・リコリス・スプレンゲリー。
朱鷺色のドレスにブルーのシルクを合わせ、夏の終わりに忽然と現れる君。
君の名は、その名前だけで、既に僕を虜にしている。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-09-06 21:56 | | Comments(0)
2016年 08月 28日

早朝ロコ

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湘南のロコは朝が早い。
6時前にはみんな活動している。
波乗りばかりではなく、犬の散歩の人、ランニングの人、ビーチバレーの人・・・
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老いも若きも、男も女も、みんな元気だ。
朝日を浴びて、海を思う存分楽しんでいる。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-08-28 19:55 | | Comments(0)
2016年 08月 27日

コオニユリの誘惑

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僕を誘惑する花たちはたくさんいる。
香りで悩ませたり、妖艶な衣装で気を惹いたり、或いは純朴な気品で誘うともなくモーションを掛けたりする。

コオニユリはどうだろう。
彼女は純朴だが誰にも負けない芯の強さを持ち、富や名声に惑わされず、自分が大事にしたい、そしてきっと自分を大事にしてくれる人しか相手にしない・・・
そんなイメージがある。
そしてきれいだ。
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8月の箱根を歩き、仙石原の、太古に由来を求める湿地性の草原で、僕はこのコオニユリと出逢った。

本稿の初めに、花たちが僕を誘惑するのだ、と書いたが、それは僕のプライドが書かせたのであり、この時は僕の方から彼女に惚れたのだ。
草原にあまたいる美女たちの中に、彼女は僕のことなど全く頓着せず、天上のプレアデスの娘たちが無心に踊り続けるが如く、対価を求めぬ笑顔を振りまいていた。
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そんな彼女を認めた僕は、なんとかして彼女を僕に振り向かせたいと切望した。
どうしたらいい?
声を掛けるしかないだろう。

体面を損なわぬよう、しかし確実に僕の想いが伝わるよう、高原で独り芝居を打ちながら僕は彼女に近づいた。

するとどうだ!
彼女は僕の恋心を知ってか知らずか、既にアゲハの求愛を受けていた。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-08-27 18:43 | 高原 | Comments(0)
2016年 08月 21日

夏の中締

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気が付けば8月も20日を過ぎ、オリンピックも終わりを迎える。
(オリンピック。結構感動している。世界の、若人のみんな、偉いね。ありがとね)



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海も若い息吹に満ちている。
若さって素晴らしいのだなと、この頃とみに考える。



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夏は暑いけど、楽しいことが多いな。
自由ということ。
夏のキーワードは自由ということ。
自由という言葉ほど、僕が好きな言葉はない。

# by libra-mikio | 2016-08-21 21:44 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 16日

海 朝 珈琲

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朝、5時過ぎに起きて、珈琲を淹れ、マグカップに蓋をして海に持って行く。
今朝は久し振りに朝からよく晴れ、海は空を映して青かった。

一杯の珈琲を飲みながら、朝の海を眺める。
なかなか、至福である。
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# by libra-mikio | 2016-08-16 07:12 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 13日

放哉 Aug. 13, 2016


海 の あ け く れ の な ん に も な い 部 屋   放哉

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海の家は、当たり前だが、海にある。

海の家ほど、海の明け暮れと一体化したものはない。

そして、たとえ湘南であっても早朝には人影もまばらで、良い意味でのempty感がある。

あと数時間すれば都会からやって来る老若男女の解放された笑い声に満たされる。

それを待って佇むempty room.

その空間自体がワクワクしているような・・・。これってTAOかな?

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# by libra-mikio | 2016-08-13 13:37 | 放哉 | Comments(0)
2016年 08月 11日

天王寺のほろ苦い想い出

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大阪三部作は今日で終了。今日は天王寺。
この写真は今から10年前の2006年に撮ったものだ。

実はこの「もり多」さんにも深い思い入れがある。
更に遡ること20余年、1980年代に天王寺のこの店にもよく通った。
この店で、或る時はケンカをして地回りに殴られ、或る時は終電に間に合わずおかあさんからタクシー代を借り、或る時は酔い過ぎて帰ることもままならず二階の家族の居宅に泊めてもらった。
青春の恥をすべてさらけ出したお店だ。

おかあさんはころころと小太りで明るく、日本人だったと思うが、ご主人は見るからに在日さんで、痩せていてほとんど口を利かなかった。
ただ、このご主人が作ってくれた焼きそばはニンニクが効いていて、本当に美味しかった。
店はいつも繁盛していて客が途絶えることがなかった。

冒頭に2006年に撮った写真だと書いたが、この時は夜に和歌山に行く用事があり、残念ながら昼にしか行けず、当然の様に店は開いていなかった。
その時は隣の立ち食い蕎麦屋で「もり多」さんの様子を聞いたが、オバちゃん曰く、2-3年前にご主人は病気で亡くなった、今は奥さんと娘さんで切り盛りしてはる、とのことであった。
おぼろな記憶をたどれば、そういえば、二階に泊めてもらったとき小さな女の子がいたような気がした。

そして今回、2016年の大阪行では絶対にこの店で酒を飲もうと思っていた。

天王寺に着いて驚いた。
ちんちん電車(阪堺線)はかろうじて健在であったが、駅の周辺は全くと言っていいほど様変わりし、「もり多」の痕跡は跡形もなかった。
「もり多」だけではなく、近所にあった、一生懸命に自腹で通ったECC天王寺校もなかった。一切合切消滅していた。
もっと早く再訪していれば、おかあさんに当時のお礼が言えたのに。
悔やまれる。
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今思い出したが、昨夜書いた「翼の折れたエンジェル」先輩との間では、この「もり多」を「阿倍野ガーデン」と呼んでいたなぁ。
他にも、仏蘭西=パブとか、ポルタマリ=初めてホレス・シルバーのソング・フォー・マイ・ファーザーをリクエストしたジャズバーなんかがあったなぁ。

遠いことだ。

# by libra-mikio | 2016-08-11 20:30 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 10日

ミッテラカイカン

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1981年。僕が大阪に赴任した年だ。
おそらくその年の年末には、ミナミの青い灯赤い灯に親しんでいた。
ミッテラカイカン。三ッ寺会館。
ここにしばらく通った。

アンジェリカという名前のスナックだったと思う。
ママは日本人離れした風貌の持ち主で、僕らは密かに「タイのおばば」と呼んでいた。
通うほどに意気投合し、いつしかカウンターの中で洗い物をするくらいになった。・・・客なのに。

この頃流行っていた曲で、僕はよく、あみんの「待つわ」を歌い、そして先輩は中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」を歌った。

もう35年くらい昔の話だ。
しかし、だ。
その三ッ寺会館が2016年の夏に、まだしっかりと残っていたのだ!
さすがにアンジェリカの看板はなかったが。

「タイのおばば」は元気か? もうこの世にいないか?

Thirteen ふたりは出逢い
Fourteen 幼い心かたむけて 
あいつにあずけた Fifteen
Sixteen 初めてのKiss
Seventeen 初めての朝
少しずつ ため息おぼえた Eighteen

先輩の歌声が聴こえてくるような気がする。
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# by libra-mikio | 2016-08-10 23:47 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 09日

OSAKA CRAZY NIGHT

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2016/08/08、午後9時過ぎ。
大阪、頓堀、トンボリ。

なんなんだ、この喧噪は。
写っているほとんどの人は外国人。

夜になってもさめぬ熱気。
確かに気温は30度を遥かに超えている。
しかし気温のせいばかりではない。

僕が12年以上過ごし、愛した大阪とは異なっていた。
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# by libra-mikio | 2016-08-09 22:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 07日

RESCUEがいる朝

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もう10年以上前になるか、日本で初めて海のrescueの民間会社を立ち上げた人に出会った。
彼は燃えていた。
あまり燃えすぎて、ある台風の日、自らこんな強風の中でウィンドで海に出るとどうなるかを実験した。
その結果、彼自身が海上保安庁や警察の捜索対象となった。

茅ヶ崎あたりから海に出て、伊豆に流され、しかし自力で生還したそうな。
もちろん保安庁から大目玉を喰らったそうな。

いただけない武勇伝ではあるが、それだけ生に執着のあるヤツだった。
そういう奴が海のレジャーを見守ってくれていることは、僕としては心強い。
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# by libra-mikio | 2016-08-07 22:39 | | Comments(0)
2016年 08月 06日

黙祷

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今朝、8時15分。
黙祷を捧げた

Seventy-one yeras ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. (from Barack Obama’sspeech on May 27,2016)

Seventy-one yeras ago・・・only seventy-one yeras ago.
そして奇しくもRIOの開会式と重なった。

今、本当に有難いことに、僕たちは平和に暮らすことが出来ている。
亡くなった方々のお陰である、というのは短絡に過ぎるとは思うが、僕は心の何処かでそう思っている、

だからと言って現在の平和を居心地悪く思う必要は無い。
有難く享受し、しかし、何万人という尊い犠牲に対し、心の底から、感謝と哀悼の気持ちを持ち続ければいい。
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# by libra-mikio | 2016-08-06 21:53 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 02日

湘南 日常 2016/08/02

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乙女が渚でサリンジャーを読んでいる。
いや、アルベール・サマンの詩集か、もしかすると多少場違いだが、中原中也かもしれぬ。

湘南はいい。誰もがプチ治外法権になる。

何故、治外法権か。
まず彼女は、乙女である、と優良誤認させた。
景品表示法違反である。
微妙な誤認誘導ならまだ許せる。

見る角度によっては、というか、実はこの後、ほぼ正面から彼女を見てしまったのである。
それはそれは、お背中の清純さとは気が遠くなるような隔たりがあったのだ。
美醜は問うまい。
美醜ではなく、ageingを糊塗していたのである。

オー・マイ・ガッ!
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文脈からすれば、ここで「正体」を曝すべきだが、そのような勇気は残念ながらない。

# by libra-mikio | 2016-08-02 22:37 | Mic記 | Comments(0)
2016年 07月 30日

湘南 日常 2016/07/30

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湘南が一番輝く季節がやって来た。
朝早くから、若さが炸裂する。

ところで、ageingという点で彼我を比べることに最早意味がないと、今日、認識した。
彼は彼。我は我。

これは悲しいことだろうか?
・・・否。

その理由を改めて述べる必要は無いであろう。
だって、ageingには、彼らがはかり知ることが出来ない程の果実が存在するのだから。

そう言いつつも・・・不本意ではある。
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# by libra-mikio | 2016-07-30 21:27 | | Comments(0)
2016年 07月 26日

やまゆり・・・

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やまゆりというのは、我がふるさと、神奈川県の県花だ。
それはそれは、素敵な花だ。

その名を冠した施設で、こともあろうに、とんでもないことを起こしやがって。

呆然としている。意味が判らねぇ。有り得ねぇ。
だろ?

末法だか、黙示録だか知らねぇが。
こんな奴、死刑にしても意味がないと思わないか?

もう、報道もしなくていいよ。

末法チックに言えば、輪廻転生を止めてやる。
黙示録チックに言うなら、サタンに喰われろ。

ただ、ご遺族にはどう向き合えばいいんだろう。

# by libra-mikio | 2016-07-26 22:18 | 陰翳 | Comments(0)
2016年 07月 24日

霧ヶ峰、ニッコウキスゲのことなど

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ここ数年、毎年海の日の連休を使って霧ヶ峰に行っている。
何も海の日に山に行く諧謔を楽しむ意図はなく、冬から春、そして初夏を巡るうち、ああ、信州に行きたい、高原に行きたいという想いが募り、それがいっぱいに膨らむ頃に海の日がやって来るということである。
いつも梅雨のさなかだが、霧にまかれるから霧ヶ峰なのであり、天候には全く頓着しない。

宿は白樺湖畔にある土産物屋が併設する「プチホテルまほろば」か「民宿なかや」だ。
どちらも部屋にバス・トイレなど付いている筈もなく、ただ単に雨がしのげて虫が来ないという「立派なテント」くらいの気持ちで利用すれば腹も立たない。
隣人がガタピシ音を立ててもちゃんと耳栓を用意してある。
めし類はホットモットで買い込んで置けばよい。もっとも白樺湖にホットモットはないから、忘れずに茅野で買っておく。

話が逸れた。霧ヶ峰だ。
この時期の霧ヶ峰のお目当てと言えば、もちろんニッコウキスゲだ。
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朝5時半、「立派なテント」を後にし、車山に駆けつける。
既に駐車場は半分以上埋まっている。例の上州屋のカッパを着込んでGO.

最近はニッコウキスゲの群落の周囲に電気柵が張り巡らされているので、どうもいただけない。
でも、そうでもしないと、アホな輩がずんずん足を踏み入れてしまうのだろうな。
諏訪市教育委員会としても苦肉の策、柵なんだろうな。

しかしニッコウキスゲはいい。
霧ヶ峰の、途方もなく広い草原が明るく染まる。
このさわやかな気分は何物にも代えられない。
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EOS7D

# by libra-mikio | 2016-07-24 17:50 | 高原 | Comments(0)
2016年 07月 23日

少しやつれたコマクサ

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初めて訪れた湿原を取り巻く小高い峰には、まだコマクサが咲いていた。
高山植物の女王と呼ばれる。
しかし最盛期は過ぎているので、女王のかんばせは少しやつれている。

湿原と言っても標高は2,000mを超えている。
雨交じりの濃い霧がかなりの速さで流れる。
寒い。

お天気が余り良くないため、湿原の木道に元々人は少なく、ましてこの峰はメインコースから外れているため、今、僕の周りに人はいない。
僕は女王を独り占めにしている。
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この高原に行っている間に、フランスではトラックによるテロが起き、トルコではクーデター未遂ののち多数の死者と大規模な粛清が始まった。
高原での清涼感をブログに書き残す気に、なかなかなれなかった。
そして現在でも、アメリカではいまだに警官が撃たれ、ドイツでは意味不明の銃乱射が起きている。
以前、日本は病んでいると思ったものだが、今では世界中が病んでいる。
末法の世か。
あるいはヨハネの黙示録の始まりか。
黙示録であれば、七人の天使のうち、今は何番目の天使がラッパを吹いているのか。

それでも、コマクサは咲く。
人が見ていようがいまいが、2,000mの過酷なガレ場で、コマクサは咲く。
コマクサには人の世の出来事など関係がない。

少しやつれたコマクサが、少しうらやましい。
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# by libra-mikio | 2016-07-23 17:57 | 高原 | Comments(0)
2016年 07月 12日

僕はアメリカというものが判らない

僕はアメリカというものが判らない。
繰り返される、白人警官による黒人のダーティーな射殺。
憤る黒人のデモ。それを制圧する警官への黒人EXマリーンによる狙撃。
そしてロボットによる爆殺。

そんな中、The Huffington Postには完全武装の警官隊の前に立つ黒人女性の写真があった。
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記事は言う。
それは一瞬の出来事でした。彼女は動くつもりがなく、抵抗しているように見えました。その瞬間、彼女はこんな風に言っているように思えました。「あなたはこちらに来て私を逮捕しなければならないでしょう」と。 暴力的ではありませんでした。彼女は何も言いませんでした。彼女は抵抗せず、警官は彼女を無理やり引きずるようなことはしませんでした。
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一方で、Daily Mail Online/ OregonLive.com/ 24urban.com/ instagram からは・・・
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写真の男の子は「フリー ハグ!」と書かれた看板を持って、デモに参加しました。
警官は目に涙をためて立っていた少年に話しかけ、学校のことや休みの日のこと、他愛のないことを尋ねます。
幼い頃に実の親から虐待を受け、心に深い傷を負っていた少年。自分も黒人であることから、いつか今回の事件のような恐怖・差別に出遭うのではないかとおびえていたのです。それを聞いた警官は「私もハグをしてもらえるかい?」と尋ね・・・
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これは映画のシーンではなく、ニュース映像であり、現実のひとコマである。
僕はアメリカというものが、良心の国なのか否か、本当に判らないでいる。

# by libra-mikio | 2016-07-12 22:34 | Mic記 | Comments(0)
2016年 07月 11日

青くて素敵な昼下がり

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あまりにも天気が良いものだから、伊豆のミカン畑の上から、ぼうっと海を見ていた。
海は夏の入り口の空を映して、まさに青かった。

その青い海面に、空気の塊が落ちては水平に広がって行く。
ものの数秒ごとに、海面のあちこちに、同心円の波が広がって行く。




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目に見えぬ素戔嗚尊みたいなやんちゃな神が、子供が無心にシャボン玉をとばすように、空気を掴んでは投げ、掴んでは投げしているのだろう。





空の青も、海の青も、素敵にきれいな昼下がりである。
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# by libra-mikio | 2016-07-11 22:24 | | Comments(0)
2016年 07月 09日

百合と母

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今朝の雨に打たれて、純白の百合の花弁に自らの花粉が落ち、広がり、流れ、痛々しい姿になっていた。

このような状況を、僕は初めて見た。
初めて見て、自然界の摂理を改めて感得した。

沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす・・・

別に「盛者」でなくても、人間、いや、生きとし生けるものすべて、と置き換えられる。
別に「必衰」の意ではなくても、生き物すべからく”mortal”である、と置き換えられる。

閑話休題、僕は以前書いたところの、母親への苛立ちを、急速に緩和することが出来そうだ。

①彼女は耳が聞こえにくい。結果として会話が成立しない。
②息子が何を言っているかを理解できぬまま、視覚の情報により息子が不機嫌であることは判る。
③結果、母は理由が判らぬまま打ちひしがれる。

④しかし、人間はすべからく”mortal”である。寄る年波が本人の意志に関係なく本人の聴覚を奪っている。
⑤本人の意志でないのであれば、本人に辛く当たっても何等意味はない。
⑥辛く当たる唯一の意味は、なじる者=僕のカタルシスに他ならない。
⑦母に対する恩と、自分の刹那的なカタルシスを秤にかけたら?・・・自ずと答えは出る。

⑧ ∴ 僕はこれから決して母に悪いことをしない。

そう決めた。

これから母がどのように変わるのかは、判らない。
息子としては、往年の輝きを取り戻して、心が always happy でいてもらいたい。
そうするのは僕の役目である。
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# by libra-mikio | 2016-07-09 21:02 | Mic記 | Comments(0)