Mickey's world

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2017年 01月 03日

独歩を追って蘆花に逢う

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国木田独歩が好きであることは既に書いている。その武蔵野収蔵の掌編に「たき火」がある。冒頭部分を転記する。

北風を背になし、枯草白き砂山の崕に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山の彼方に沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しと俟つ逗子辺りの童の心、その淋しさ、うら悲しさは如何あるべき。御最後川の岸辺に茂る葦の枯れて、・・・見かへれば彼処なるは哀れを今も、7百年の後にひく六代御前の杜なり。木がらしその梢に鳴りつ。

そう、「たき火」の舞台は逗子なのである。そしてその場所は田越川が逗子湾にそそぐ場所、つまり今のR134の渚橋のあたりだと思われる。
では行くしかない。ブラミッキー(笑)。

横須賀線の逗子駅から海まで歩くことにした。
するとまず、御最後川、六代御前についての知識が体得できる。しかし今日のテーマではないから飛ばす。
住所案内の地図を見ると、田越川の海に近い富士見橋辺りに「蘆花の碑 独歩の碑」という表示がある。
そこで独歩の残り香に出逢う訳だが、同時に徳冨蘆花が現れた。
よく見ると近所には蘆花記念公園というものがあり、郷土資料館というものが整備されている。
独歩と蘆花とはどのような関係だったのか?
では、郷土資料館に行ってみよう。
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郷土資料館は桜山の蘆花記念公園の上の方に存在し、その木造の建物は徳川家16代当主徳川家達さんの別邸であったそうな。
そこからの眺めは、斯くの如く良い。
ネーミングはあくまで「郷土」資料館なので、様々な展示があったが、やはりメインは徳冨蘆花にまつわる事物である。
僕は蘆花についてほとんど知識がなかったので勉強になった。
で、独歩と蘆花の関係だが、独歩は蘆花のお兄さん、徳冨蘇峰が興した新聞社・民友社に入り国民新聞の記者となる。
そして蘇峰ゆかりの逗子にある(あった)やなぎ屋という旅館に滞在することが多く、そこで同じく滞在していた蘇峰の弟・蘆花と親しくなったという訳だ。

こうして僕は、独歩を追って蘆花に出逢った。
更に素敵なことに、この日それまで知らなかった、徳冨蘆花著「自然と人生」という本と巡り逢った。
この本には実に煌めく美文がちりばめられている。僕はその日の帰り藤沢のジュンクですぐに買い求めた。
有難いことに岩波文庫から現役の出版物として刊行されている。

更に驚くべきことに、この岩波文庫の1933年の、荒正人という人の解説を読むと、
「『自然と人生』と幾らか似た作品として、国木田独歩の『武蔵野』や、島崎藤村の『千曲川のスケッチ』などを考えることが出来る。」
とある。
これを読んだ時の僕の「ドヤ顔」はおそらく相当なものであったろうな(笑)
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ところで冒頭の独歩の「たき火」だけど、ほぼピンポイントで、いま現在「なぎさ橋珈琲」(昔の逗デ)がある場所だと判った。
え!?そうなんだ!


# by libra-mikio | 2017-01-03 17:10 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 01日

2017、湘南、元旦、海笑う

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夕べはアップした通り、談志の芝浜を聞きながら休んだ。
かなりな酔い心地の中、談志のたたみかけるこれでもかの人情噺に、ついもらい泣きをして枕を濡らしながら、ことりと寝た。

5時前に目覚めた。
天気を確認すると快晴。
今年の「元旦、海笑う」はどこに行って撮ろうか?
そうだ、湘南の定義には少し外れるが、熱海のとあるホテルの、大好きなあの岸壁から撮ってやろう!
決めたからにはコーヒーを淹れただけで、何も食べずにクルマで飛び出した。
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やはり正解だ。
計ったように、目的地に着くと同時に初日が昇った。
初島の形は好きではないが、まあ良しとしよう。
海面は金色に輝き、これまたお約束通り漁船が一艘現れ添景となる。
覚悟していたほどには寒くもなく、また風もなく、実に穏やかな初日の出であった。

帰りには箱根湯本に寄り蕎麦屋を探したが開いている筈もなく、腹を空かしたまま帰って来た。
家に着き、ちゃちゃっとお雑煮を作り、餅3個を腹に入れてから、鵠沼から茅ヶ崎まで被写体を探しながら自転車で走った。
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鵠沼から鎌倉方面が観光上の湘南ならば、鵠沼から茅ヶ崎は本来の湘南だ。
地元の人が、目的などなく、ただ海を見ている。
それはごく自然の、普通の姿だ。

僕も小さなカメラで、ごくさりげなくスナップを繰り返す。
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X-T1


# by libra-mikio | 2017-01-01 15:24 | 季節 | Comments(0)
2016年 12月 31日

さらば、アンシャンレジーム

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紅白にチャンネルを合わせても、一向に乗れない。
結局、格闘技をずっと見ていた。

紅白って、もう興味なくなったな。

僕の中で、旧いからいい、という価値観は本当に消えたようだ。

旧いものに意味がないのではなく、旧いものにしがみついていることに意味がないと思うのだ。
旧いものを表面的に今風になぞることに、そして「惰性で続ける」ことに、意味を見いだせないのだ。

まだ寝るには早いかもしれないけど、芝浜でも聞きながら、瞳を閉じよう。

写真は寅だが、寅には再生のメッセージがある。
芝浜に至っては、再生そのものだ。

皆さま、善いお年を。


# by libra-mikio | 2016-12-31 21:56 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 30日

日も歳も、暮れなずむ

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今年も366日のうちの365日が終わろうとしている。
今日という一日も、また今年という一年も、暮れなずむ。

今日を含め、僕の冬休みは5日間しかない。
いや、5日間もある。
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素敵じゃないか。
もう、この5日間は会社のことを忘れよう。
少なくとも忘れる努力をしよう。

浜に出れば、期待ほどの焼け方ではなかったが、それはそれで新しい自然のアスペクトがそこかしこに満ちている。

そうだ、この気分のまま江の島まで波打ち際を歩いてみよう。
更に更にいいことがあるかもしれない。
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ほどよい夕光のなか、若い人たちが若さを楽しんでいる。
彼ら彼女らにとり、この一時がずっとずっと胸に残りますように。

この光景はあなた方の人生の記憶を引き立てる舞台装置だ。
2016年12月30日の午後5時24分に、あなたたちを取り巻いていた青春の燃焼の触媒だ。
いい雰囲気だと感じたろう?
僕も勝手ながら、その高揚感を共有させてもらったよ。

今日という一日も、また今年という一年も、暮れなずむ。
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EOS5D、7D


# by libra-mikio | 2016-12-30 22:22 | 季節 | Comments(0)
2016年 12月 29日

うたかた

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うたかた。

一生懸命に働くことは、真北の法則に合致し、正しい。

何故生きるのか。
何故生きなければならないのか。
善く生きるとはどういうことか。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る。

詩人は力強く、高らかに、若人に語り掛ける。

しかし、詩人は自身の生が終わるまで、その最期の最期まで、その意思を貫き通せたのだろうか。
そうであれば僕は深く頭を垂れる。

僕だってそうありたい!

しかし、くたびれた。草臥れた。クタビレタ.
今年の公的な理性には、今を以て帳を下ろそう。

いま、うたかた、という言葉が心に浮かんでいる。


# by libra-mikio | 2016-12-29 22:43 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 25日

いよいよ年の瀬、輪飾りなど

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いよいよ年の瀬の雰囲気が僕にもやって来た。

世知辛く、季節の巡りとは一切かけ離れた業務にどっぷり浸かってはいるが、街を歩けばやはり師走だ。


信じられないだろうが、仕事がハードすぎて今年は忘年会すらやっていない。

昨日今日のクリスマスはそれこそ全く僕には関係なく、だからクリぼっちの意識すらなく、ただの土日だった。


でも、やはり師走は、日本人である自分の体に染みついているのだろう。

鵠沼海岸の商店街で、こんな独創的な松飾を見つけた。


あまり素敵なので、店主に断りを入れて写真を撮らせてもらった。

店主曰く、「私もうれしいですよ。私も写真やってるんです。撮ってくださってありがとうございます」


いやあ、いいなぁ。なんか久々のコミュニケーションのような気がする。

この店主がまた男前で、芸術家のような人なんだ。この右の人。

少しうれしい気分である。

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X-T1




# by libra-mikio | 2016-12-25 20:15 | 季節 | Comments(0)
2016年 12月 21日

放哉 Dec. 21, 2016

舟 か ら 唄 っ て あ が っ て く る    放哉
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江の島の入り口ともいえる桟橋の途中から岩屋まで、弁天丸という観光船が走っている。
片道は確か400円ほどであり、観光地としてはリーズナブルな価格である。

弁天丸は、第〇〇弁天丸、としていくつかの船が同時に海上にいる。
その船頭はみな地元の漁師である。
お幾つくらいか。
海の男は赤銅色になり、かつ深いしわが刻まれるので、なんとも言えないがおそらく70歳前後であろう。

夕陽を浴びて、第〇〇弁天丸が桟橋のスタート地点に帰って来る。
もう客は数えるほどしかいない。
今日は冬にしてはうららかな日であり、波もない。

桟橋で舫うために待機している70歳に、舵棒を股に挟んで操船してきた70歳が声を掛ける。
・・・・・
今日もいい一日だったな。
そうだな。
一杯飲るか。
そうだな。
・・・・・
海の上と陸で、阿吽の会話が、心の中で交わされる。

そして船頭は、ごく自然に鼻歌を歌う。
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# by libra-mikio | 2016-12-21 23:11 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 18日

終わっちゃったぁ

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真田丸、終わっちゃったぁ。
淋しいな。

感情移入、結構したなぁ。

三谷幸喜って、あんまり好きじゃないんだけど、・・・よかったなぁ。

真田源二郎信繁。池波正太郎先生の本には源次郎ではなく、源二郎と書いてある。

想えば、大河に取り上げられるなんて全く知らない去年の夏、池波先生の真田太平記を読み始めた。

別所の湯にも浸かったし、刀屋の蕎麦、食いましたよ、先生・・・。
(盛りが良すぎて、少しもてあましました)

# by libra-mikio | 2016-12-18 21:52 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 17日

ひとよ茸とジェリー・フィッシュ

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エミール・ガレの「ひとよ茸のランプ」を知っている人なら、この「えのすい」のクラゲが、如何に似ているか、即座に判るであろう。
僕は「ひとよ茸のランプ」が大好きだ。
でも僕はクラゲは好きじゃない。
今まで何度もクラゲに刺され、その醜悪な触手による禍根を文字通り「痛いほど」知っている。

エミール・ガレはフランス、ロレーヌ地方ナンシー、つまり内陸の生まれだから、子供の頃は海など見たことは無かったろう。
だからクラゲなどというイキモノについては、おそらく図鑑の知識程度であったろう。
そして彼はクラゲに憧れたか。

そして彼は、クラゲと茸の相似について、早くから感付いていたのかもしれない。

「ひとよ茸のランプ」は、本当は「ジェリー・フィッシュのランプ」でも良かったのかもしれない。
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でも、クラゲって、ヤッパ好きじゃない

# by libra-mikio | 2016-12-17 22:55 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 13日

放哉 Dec. 13, 2016

風 が 落 ち た ま ま の 駅 で あ る 田 ん ぼ の 中   放哉

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いささか季節が逆戻りするが、ベッドで放哉の句集を読んでいるうちに、この写真をつけたくなった。

小海線の、それはそれは小さな駅である。

まさに風は落ち、おまけに空は泣き出したが、雨の匂い、稲の匂い、そしてディーゼルエンジンの匂いが良い案配に混じりあい、旅の中の僕を癒してくれた。


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# by libra-mikio | 2016-12-13 23:10 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 12日

放哉 Dec. 12, 2016

た そ が れ の 浪 打 ち ぎ は を は る か に 来 け り   放哉

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休みの日の夕間暮れ。
渚を人々は散策する。
おそらく誰もが、目的を持っていない。
それがいい。

風は冷たいが目に映るものは美しいものばかりだ。
美はエナジーである。

だから人々は ”浪打ちぎは” をどこまでも歩いていく。
そして人々は渚の夕べに溶けていく。


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# by libra-mikio | 2016-12-12 22:04 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 11日

アクアリウム

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アクアリウム。
新江ノ島水族館は、ジモピーとしてはいつも横目で見ながら素通りしていた。
しかし昨日ふと、年間パスポートでも買っちゃおうか、と思い、結局即決で年パスを買った。

えのすい(新江ノ島水族館の通称)は展示やアトラクションが実に充実しており、これらをじっくり見るには、先ず一日では時間が足りない。
ご興味がある方は、是非年パスをお求めになるが良い。
一回の入場料が2,000円。年パスは4,000円。
でも、僕はウチから徒歩で行けるから散歩コース途中だが、遠くからいらっしゃる方は年パスは少し無理があるかな。

「わんぱくフリッパー」世代の僕は、イルカを見るだけで心が和む。
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# by libra-mikio | 2016-12-11 21:44 | | Comments(0)
2016年 12月 03日

回帰

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久しく、自然を撮っていなかった。
撮れなかった。
人間のことばかり考えていたから。

でも、一つの業務上の山場を越え、少し余裕が出来た、ようだ。

今日は焼けるかもしれないと思い、広角と望遠を持って海に走る自分がいた。
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FUJI&CANON

# by libra-mikio | 2016-12-03 22:14 | | Comments(0)
2016年 12月 02日

儚さ

儚さ
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儚さ
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# by libra-mikio | 2016-12-02 23:53 | 陰翳 | Comments(0)
2016年 11月 30日

遠くに海が見える町

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遠くに海が見える町。
そんな風景もいい。

谷内六郎は、上総の町は貨車の列 火の見の高さに海がある、と描いた。
波打ち際から見る海よりも、かえって郷愁を感じさせる。

湘南だとどうしてもヨットが走ってしまうが、こんな日には漁船だけの絵の方がいい。

電車から見える海もいい。
昔住んでいた、須磨から舞子にかけての、山陽本線から見える海はよかった。
そして、江ノ電の車窓の海は、また白眉である。
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# by libra-mikio | 2016-11-30 22:55 | | Comments(0)
2016年 11月 27日

皇居

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土曜日に、大手町のとあるビルの会議室を借りて研修を主催した。
21階のその部屋は、皇居を眼下に見下ろす部屋だった。

なんか、皇居を見下ろすって、いいのかなぁ、って思っちゃう。
一緒にいた社員も、畏れ多いな、とポツリ。
でもこの辺のビルで働いている人は、みんな普段からこの光景を見てるんだよね。

僕はこれまで、天皇皇后両陛下を間近でお見送りしたことが2回もある。
どのくらい間近かというと、1.5m!
あのね、ほんとにね、国父、国母という感じでね、けっこう胸がいっぱいになるものですよ。
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いつも持ち歩いているX30で

# by libra-mikio | 2016-11-27 21:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 22日

みずうみ

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こんなみずうみにボートを浮かべて、僕だったら何をするだろう。

本を読むのかな。美しい本がいいな。
国木田独歩の「星」。
・・・乙女の星はこれを見て早くも露の涙浮かべ、年わかき君の心のけだかきことよと言ひ・・・
シュティフターの「水晶」もいいな。
・・・”Ja,Konrad!”・・・
うつらうつらしながら、同じところを何遍も読み返すのだろう。

フルートを吹くのもいいな。
譜面は立てられないから、そらんじている荒井由実、旅立つ秋。
・・・秋は木立を抜けて 今夜遠く旅立つ・・・

お酒も飲みたいな。
ワイン、と言いたいところだがワインは苦手だ。
ぽってりとしたフルボディの芋焼酎を暖かいお湯割りで飲る。
もちろん器は厚手で小振りな湯飲みに決まっている。

酔えば讃美歌を歌うかもしれない。
讃美歌90番。
「ここも神のみ国なれば」を静かに口ずさむなんて、身も心もほぐれることだろう。

本を読み、笛を吹き、酒を飲み、歌を歌う。
なんて素敵なんだろう。
そして最高の贅沢は、独りでいるっていうことかな・・・
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# by libra-mikio | 2016-11-22 23:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 20日

僕の秋が正式に始まる

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季節の始まりを、ちゃんと節度をもって迎えたい。
今日、この光景を確認したので、僕の秋が正式に始まった。

「え、もうすぐ冬じゃん?」
「そうだね、暦の上ではね。でもさ、僕にとっての秋は、樹々の紅葉・黄葉がそのスタートなんだ」

今日、丹沢山塊のふもと、中川温泉のPH10.1のアルカリ泉に浸かり、浴後、中川川の渓流を散歩して見つけた。

遭遇したイチョウは既にかなりの葉を落としていた。
その意味では、僕の確認が遅かったと言える
しかし、その足元に落とした同心円の落葉が、いやがうえにも秋の訪れを強調する。

今日、僕の秋が正式に始まった。
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# by libra-mikio | 2016-11-20 21:46 | 季節 | Comments(0)
2016年 11月 19日

海の光、そして影

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ヴェネツィアのサンマルコ広場を取り巻く建築は、光と影を緻密に計算した高度な芸術感に支えられているという。

白亜の壁に落ちる、太陽の動きが織り成す、尖塔や回廊に設えた意匠的な空隙のある前壁が造る影は、ため息が出るような美である、そうな。

しかし僕は、湘南の海の光と影も世界に誇れるものだと思っている。
この美しい情景に、何の気負いもなく接することが出来ることを、僕は誇りに思う。
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# by libra-mikio | 2016-11-19 23:16 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 17日

秋は、夕暮。

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秋は、夕暮。
夕日のさして、海の日の澪、いと輝きたるに、うぃんどの寝どころへ行くとて、しゃああと、飛び急ぐさへあはれなり。
まいて江ノ電などの連ねたるが、いと近き傍を通り過ぎたるは、いとをかし。
日入り果てて、酒器の音、胡人の楽の音など、はたいふべきにあらず。
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# by libra-mikio | 2016-11-17 21:44 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 15日

電車の中での化粧は嫌ですか?

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電車の中での化粧が、またぞろ脚光を浴びて(?)いる。
そんなに嫌かなぁ?
カミングアウト(?)すると、僕は全く嫌ではないのである。
確かに揺れる車内でマスカラ(って言うんですか?)、あの棒を目の縁に持って行くのを見ると、目を突き刺さなければいいがなぁ、と心配はするが、決して嫌ではないし、ハシタナイとも思わない。

もっと別に嫌なヤカラはいるぞ。

鼻をかめばいいのにズルズルすする奴、かんだらかんだでその音が嫌だ。
マスクをしないでゲホゲホ咳をする奴。
ガムを、こともあろうに口を開けてクチャクチャ噛む奴。死刑だ。
新聞だかマンガだか知らないが人の背中に立て掛けて読む奴。
普段、汚い電車の床にバッグを置いているのにそのバッグの底を平気で人に押し付ける奴。
デカイ声で喋る少年少女、あるいは20代のバカ。
平気でスーパーの買い物袋を自分の横に置いて席を奪う、何が悪いのよオバサン。
雨で濡れた傘をクルクル巻こうともせず、ベルばらのスカートの様にふわふわさせて乗り込む奴。
臭い奴。これって酒臭いとかじゃなく、加齢臭並びに口臭が超臭いオヤジ。鼻がひん曲がる。
生あくびばっかりするサラリーマン。
新婚だか昨日ゲットした相手なのか知らないが、それとなくしかしハッキリと後朝を電車内で楽しむバカップル。
勝手にキレル奴。車内はもうゲンナリ。

・・・もういい。

電車で化粧する女の子なんて、可愛いもんじゃないか。

# by libra-mikio | 2016-11-15 22:03 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 13日

神シャッタースピードによる海の色

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波を撮る時には、いつも波がしらや盛り上がるウォールを狙う。
それはそれで面白いのだが、ちょっとした閃きで、波が打ち寄せて、でもまだ次の波が来ないその狭間を狙ってみた。
そうしたら、形状的な面白さは消えたが、不思議な色合いが現れた。
スープの部分はちゃんと白く写っているのでWBが崩れている訳ではない。
但し、眩しい太陽の反射光のせいで、カメラは勝手に2万分の1秒という強烈なシャッタースピードを選択していた。(X-T1の電子シャッターってすげえ)
肉眼での視覚にシャッタースピードの概念はないが、通常見ている青い海を2万分の1秒という刹那で切り取ると、このように緑色の反射を返しているのだろう。
少し妖しく、そしてキレイだ。




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こちらは2千分の1秒である。
ようやく人間の目の領域に降りて来た。
やっぱ、2万分の1秒って神シャッタースピードだよね?

# by libra-mikio | 2016-11-13 18:59 | | Comments(0)
2016年 11月 12日

稲村

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こんなことを良く想う。

尾道に行きたいなぁ・・・、尾道に行って、加納満さんのような写真を撮りたいなぁ・・・
小豆島に行きたいなぁ・・・、小豆島の西光寺あたりを歩いて尾崎放哉の気分を感得したいなぁ・・・

・・・でも、なかなか行くことが出来ない。
一方、僕は湘南にいる。

尾道の人の中には、或いは小豆島の人の中には、湘南にいきたいなぁ・・・と思っていらっしゃる方もきっといるだろう。
そうであれば、僕は先ずは地元をもっと愛さなければいけないな。

湘南には良い景色がたくさんある。
だから湘南を再発見しよう。

稲村ケ崎の、きっと多くの日本人が知っている光景にも、僕は好きな時に、すぐに、逢いに行くことが出来る。

贅沢なことだと思う。
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# by libra-mikio | 2016-11-12 21:06 | | Comments(0)
2016年 11月 05日

青春の光と影

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青春の光と影」、という名曲があった。
ジョニー・ミッチェルがつくり、ジュディ・コリンズが歌って大ヒットした。
1967年である。

今日この写真を写しながら、その「青春の光と影」のメロディが頭の中に流れていた。
しかし1967年と言えば、僕が「つばなれ」をした頃であり、もちろん英語の意味など知らなかった。
帰ってきて改めて集合知で歌詞の意味を確認したら、これがまた想像もしていなかった内省的な歌詞なのであった。




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原題は"Both Sides Now" といい、その内容は・・・
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これまで私は雲を下からしか見上げていなくて、雲を見るたびに、風に流れる天使の髪とかアイスクリームのお城のようだわ、と思っていたの。
でも今、私は知ったの。
雲って、太陽の光を遮ったり雨や雪を私たちに降らせることを。
そう、雲は私たちの邪魔をするのよ。
だからこれから、私は雲を上からと下から、両方の側から見るわ。("Both Sides Now")
でも何故か思い浮かぶのは以前の優しかった雲のイメージばかり。
判ったつもりでも、結局私は雲のことなど全く判っていないのね。
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なんとまあ内省的で哲学的であることか。
また邦題を作った人は歌詞の内容を吟味して考えたんだろうけど、「青春の光と影」って、言い得て妙だと物凄く感心した。




波打ち際で無心に戯れる少女たちよ、そのうち、"Both Sides" を見ざるを得ない "Now" がやって来ることだろう。
その時までは、可能な限り純粋無垢な心を養っておくれ。
「光」に共感する純な心は、やがて訪れる「影」に対する強い盾にきっとなるから。
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# by libra-mikio | 2016-11-05 20:43 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 03日

結婚記念日

結婚記念日。
今日、11月3日。
・・・両親の、である。

さっき、夕餉を終えた母がリンゴを手に持ち、何気なく言い出した。
「今日はね、ヘルパーさんに、いいリンゴを買ってきてちょうだいって頼んだんだよ」
「何で?って訊くからさ、今日はね、結婚記念日なのって答えたの」
「そしたらさ、へぇ~、よく覚えているね!って感心されちゃった」

言いながら、仏壇から下ろしたその真っ赤な大玉のリンゴを、母は宝物の様に大事に冷蔵庫に仕舞った。

明日、60年間を振り返りながら、仏壇の中の親父と一緒に心置きなく召し上がってください。
貴女の60年前のその日は、貴女自身の人生を決めた、ものすごく大事な日であったのですから。
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11月3日、今日の夕映え。
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# by libra-mikio | 2016-11-03 20:27 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 31日

絵のような海

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長いこと写真を撮っていると、不思議な仕上がりに出くわすことがある。

以前、夕暮れの公園で水飲み場の写真を撮った時に、全く意図しなかった光の輪が写ったことがあった。
なぜそのようになったのか、未だに答えは出ていない。

日曜日、片瀬の東浜から沖をゆくヨットを撮ったら、全く水彩画の様に仕上がった。
風もなくうねりもない日だったから、海面が平板に映るのはまだ理解できるが、ここまで水彩画というか、写真らしくない写真に仕上がった理由は判らない。

ただ、僕としては気に入った。
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# by libra-mikio | 2016-10-31 22:19 | | Comments(0)
2016年 10月 25日

秋のネコ

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このところ、仕事が少しハードだ。精神的にも、その結果、肉体的にも。
で、日曜日。心の洗濯に出た。

僕は最近、自分がネコ好きになってきたような気がしている。
以前はそんなこと思ったこともないのに。

小さい頃から、ネコよりはイヌが好きだった。
でも先日、家の近所でちっこい子猫(当たり前か(笑))を見たら、なんとまあ可愛く感じたことか!
純粋に可愛いの。
ということで、僕にしては珍しくネコの写真をアップするのだ。

これは紛れもなくキャットアイランド、江の島のネコである。
とは言っても、参道のミヤゲ物屋のネコであるが。
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# by libra-mikio | 2016-10-25 22:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 15日

寅さん

僕は寅さんが大好きだ。
日本人なら、きっと誰でも寅さんが大好きだ。
寅そのものも好きだが、その映画に込められた優しさが大好きだ。

前から行こうと思っていた柴又に、今日、ふらっと行ってきた。
良かった。

帝釈天から少し歩くと、寅さん記念館がある。




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あの「とらや」のお茶の間に家族の団欒が流れている。
画面の家族の笑顔にほっこりする。




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タコ社長の朝日印刷所では社長と博さんが一生懸命に働いている。




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寅は心を入れ替えてとらやの店番するが、やっぱり勤まらない。




すったもんだの挙句、寅は柴又を去らざるを得なくなるわけだが、さくらはどうしたって悲しい。
お兄ちゃん、どうしても行っちゃうの?
おいちゃんだって、おばちゃんだって、もう怒ってはいやしないわ・・・
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さくらの、いや、倍賞千恵子の涙は、きっと映画館で見ていた全員の共感を得、みんなが一緒に涙したことだろう。
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映画にはなかったが、記念館には、伝言板が掛かっていた。
お兄ちゃんはさくらに、ちゃんと想いを残していた・・・


今日、柴又に行ってよかった。
心が、ほぐれた。

# by libra-mikio | 2016-10-15 22:50 | | Comments(0)
2016年 10月 13日

秋に似合う色

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秋には紫が似合う。
その色調は決して浮薄ではない。ましてや権勢を表す意図など微塵もない。
むしろ慎ましやかに、気付けば、居るような。
主張せず、しかしその存在は重厚・・・
そんな紫が、秋にはよく似合う。

古寺の境内を歩けば、苔むす石垣の脇に小紫の実が華奢な茎に自重を預け、揺れるともなく揺れていた。
紫式部もよく似た実をつけるが、小紫の小さなまとまり、質素感は好ましい。
そしてその紫色は天然のものとは思えないほど奥が深い。




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更に歩みを進めると、秋明菊の一叢に出逢った。
花々の背丈は思いのほか高く、小紫の実とは多少趣を異にし、ここにいるよ、との主張を感じた。
しかし考えてみれば当然なのだろう。
小紫は既に結実しているのであり、秋明菊はこれからなのである。
受粉のためのキューピッドを誘わなければならないのだ。

それにしても、その紫色は落ち着いている。
もしかすると、今の季節に花々を訪う虫たちは、酸いも甘いも噛み分けた、通人たちなのかもしれぬ。




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東慶寺にて。

# by libra-mikio | 2016-10-13 21:20 | 季節 | Comments(0)
2016年 10月 10日

仏教について

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ここ数年、仏教に関心がある。
お坊さんではないので、まだまだ駆け出し以下のたわごと程度、いや、それすら理解してはいない。
しかし、今、明らかに言えることは、本来の仏教は宗教ではない、ということだ。
その意味では、仏教という言葉が不適切なのだと考えている。
代替案としては、仏法、か。

仏法の基本は輪廻を断ち切り、解脱し、涅槃に入ることを目的とする。
大変なことである。
そして、その考え方の真髄は、広く人口に膾炙している般若心経である。

何年も模索しながら、今、ようやく出会えた本は、ダライ・ラマ14世が語る般若心経である。

般若心経が言うところは一つ。
一切は空である。
空を体得できた時、悟りが訪れ、解脱が出来、輪廻のくびきから解放され、涅槃に至る。
それはそれは何という素晴らしいことか!

般若波羅密多。サンスクリット語の漢語への音訳である。漢字に意味は(特に)ない。
涅槃それ自体がニルヴァナというサンスクリットの音訳である。
般若=プラジニヤ⇒智慧、叡智、知識、知性。
波羅密多=パラミッタ⇒超越する、(悟りという)対岸へ行く。
即ち、般若波羅密多とは、悟りを開いて解脱するための(完全なる)叡智(の実践)である。

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しばらくぶりに訪れた東慶寺の本堂に、「波羅密」の扁額が掛かっているのを発見し、感動を覚えた。
路傍には、秋の草の実が、人間世界とは無関係な摂理により、色付き始めていた。
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# by libra-mikio | 2016-10-10 21:16 | Mic記 | Comments(0)