2016年 06月 13日

湘南 日常

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波打ち際に寄せるふよふよした最後のヴェールを、飽きもせず、ずーっと撮っている二人。
面白いんだろうな。
普段見ることなんかないんだろうな。
楽しいんだろうな。
そんなことを想っているうち、二人が愛おしくなる。



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そんな二人を撮っていたら、急に彼が振り向いた。
もちろんケゲンソウな目で僕を見る。
すかさず言う。
「波をとっている君を撮っちゃったぁ~」
この一言で彼の顔に笑みが浮かぶ。



「じゃさぁ、あなたも撮っちゃうよ~」
今度は彼女にレンズを向ける。
照れたような、嬉しいような、善、としか言いようのない笑顔が海中に広がる。
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X-T1 + 35mm F2

# by libra-mikio | 2016-06-13 22:17 | | Comments(0)
2016年 06月 11日

どうすりゃいいんだろう?

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どうしたらいいのだろう。

母親は耳が極端に遠くなった。
会話が成立しない。

そのくせ、彼女は僕に様々なことを問う。
当たり前だが、僕はちゃんと考えて返事をする。
しかし彼女は聞こえていない、いや、内容が不明なまま、会話を続ける。
だから頓珍漢なことになる。

頓珍漢という漢字はなにやらユーモラスなイメージを醸成するが、
これは悲劇的である。
僕の発言が何ら彼女に伝わっていないから。
結果として、彼女は彼女のワールドで話を続ける。
つまり、会話が成立しない。

会話、つまり言葉のキャッチボールが出来ないこと位、フラストレーションが溜まることはない。
彼女は既に超越しているのだろうが、会社で高度なロジカルシンキング、プレゼンを要求されている身としては、
ギャップが有り過ぎて、申し訳ないが、困るし、腹も立ってくる。

そうであれば、話しかけないでくれることが一番じゃないか。

「・・・ねぇ、しゃべり過ぎなんだよ。もう、あんまり話しかけないで・・・」
さっき、そう言ってしまった。

ところが不思議なことに、こういう言葉は聞こえるんだなぁ。
彼女はしょんぼりした風で寝てしまった。
どうすりゃいいんだろう?

# by libra-mikio | 2016-06-11 22:48 | Mic記 | Comments(0)
2016年 06月 08日

東慶寺の墓

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雨もよいの中、ふらりと北鎌倉で電車を降りた。

東慶寺には鈴木大拙と西田幾多郎の墓があると知っていた。
見てみたくなった。

なるほど、有った。
他にも和辻哲郎、安倍能成、岩波茂雄、野上弥生子・・・
何故これほど文化人が眠っているのか。

全て苔むす侘びた墓の中で、最近、縁者が訪れたのであろう、百合にむせかえる一基があった。
墓碑銘は探さなかった。
ただひたすら、その花の在り姿に魅入った。
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X-T1 + 35mm F2

# by libra-mikio | 2016-06-08 22:49 | | Comments(0)
2016年 06月 07日

トイカメラ

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最近のEASYなカメラには・・・以前はバカナントカと言ったが今はNGワードである・・・いろんな機能が付いているが、ほぼ使ったことがない。
とは言っても、ソフトフィルターと言うのはこっそり多用しているが。

トイカメラというフィルター(?)機能を初めて使ってみた。
(実はよっぽどヒマだったのだ)

笑点も歌さんが居なくなっては面白くもないと、その時間帯に海に散歩に出た。
トイカメラで何を撮ろうか。
折よく、三々五々、散歩の人たちがいる。
撮ってみたら、中途半端な植田正治調になった。
案外面白い。

次に富士山を撮った。
案外面白くなかった。
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X30

# by libra-mikio | 2016-06-07 22:27 | | Comments(0)
2016年 06月 05日

roses with pearls

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予報どおりに雨。
用意していた雨系ネイチャーギアをまとめて車に乗る。
もう、今日撮るテーマは決めてある。
” roses with pearls "
そして、あの薔薇園の、あの薔薇を撮る、と決めてある。
今日は久し振りにエッジの効いた写真が撮りたい。

と、ここまで書くとなんだかすごくカッコイイが、その撮影スタイルは他人が見れば滑稽である。
本来、どこまでも恰好をつけるなら、ここはアメリカズカップのクルーの様に、ヘリハンのジャケット、ブーツ、そしてレインハットとなる訳だが・・・
ワークマンで求めた上下のカッパに、上州屋のゴム長、どっかのDIYでついでに買ったつばの広い麦わら帽子で決める。決まらないが。

しかし写真は決める。・・・決まったかな?
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# by libra-mikio | 2016-06-05 19:42 | | Comments(0)
2016年 05月 31日

バラを育てる人への嫉妬

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バラが咲き誇る季節になると、僕は嫉妬を覚える。
何に?
バラを育てる人に。
バラを育てる人の誇りに。

冬の間中、彼ら、彼女らが色彩のないバラ園で、黙々と来るべき季節のために様々な地道な作業をしていることを僕は知っている。
長靴を履き手袋を着け、しゃがんだり中腰になったりして、広い園内のあちこちで自分に課せられた仕事を黙々とこなす。
全ては春を想って。

そしてその春が来る。
入園料を払って、あちこちからバラを見にたくさんの人が訪れる。
ある人は年老いた母親を連れて。
ある人は密かに想いを寄せる人を連れて。

広い園内は咲き乱れるバラのパフュームで満たされている。
人々は美しいバラに、香しいバラに、感嘆の声をあげる。
人々は質素なバラに、典雅なバラに、賞賛の声をあげる。

そして、園内に散らばって今日も黙々と仕事を行っている、バラを育てる人達の耳にそのアプローズが届くとき、彼ら、彼女らの胸には気高い誇りが満ちる。

僕も心の底から彼ら、彼女らに感謝の念を覚えつつ、湧き上がる嫉妬を抑えることが出来ない。
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# by libra-mikio | 2016-05-31 22:03 | | Comments(0)
2016年 05月 29日

カメラたち

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今カメラは、EOS5D+EF24-100F4L、EOS7D+EF100F2.8LMACRO、X-T1+XF18F2、XF35F2WR、XF55-200F3.5-4.8OIS、X30を使っている。
どのカメラも使うシチュエーションが違い、大雑把に言うと、ネイチャー系はCANON、人文系はX-T1、バッグにはいつもX30、だ。

しかし操作をしていて一番面白いのはダントツにX-T1だ。
そもそもX-T1の軍艦部には、ISOダイアル、シャッタースピードダイアル、±3段の露出補正ダイアルが独立して付いており、レンズにはちゃんと絞り環がある。
そしてミラーレス機であるが故に、ファインダーで「写る通り」の被写体が見られる。
これなら露出に失敗する筈がない。仮に失敗したってデジタルだからフィルム消費に悩むこともない。

もちろんEOSはよくできたカメラであり、信頼性のカタマリであるが、なんというかオートマチック過ぎるのね。
お菓子に譬えるなら、EOSで撮る写真は工場で作るバウムクーヘンのようなもの。
一方X-T1で撮る写真は、とらやでおいちゃんとおばちゃんが手作りするヨモギ団子のようなもの、か。
どちらも美味しいが、プロセスが全く違う。どちらが良い・悪い、と言うハナシではない。

で、X-T1には手作りヨモギ団子の良さがあるのだが、更に、旧いOLYMPUSのレンズなどを付けると、なんかこう、そのヨモギを江戸川の土手に摘みに行く感じまでして、いいんだなぁ。
もう一つ番外だが、FUJIのXFレンズの絞り環の回転方向と、OLYMPUSのそれが同じなのだ。
これは結構大事な要素です。

というわけで、これからも使い道に合わせて彼らと付き合って行くのだろう。

上の写真は、X-TI+XF35mmF2、下の写真はX-TI+OLYMPUS G.ZUIKO50mmF1.4。
新しいレンズは破綻がなく、旧いレンズは味がある。
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# by libra-mikio | 2016-05-29 19:32 | | Comments(0)
2016年 05月 27日

中学生のための紅茶教室

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中学校の修学旅行の校外学習として、当社の紅茶に関心を持ってくれる学校がある。
全国各地からオファーがあり、今年は福井県のM中学だった。可愛いんだな、この子たち。
早速、紅茶教室が始まる。まずは試飲。
ティーインストラクターのお姉さんたち=社員もリキ入れちゃう。
セイロン、ダージリン1stフラッシュ、2ndフラッシュ、アッサム、ディンブラ、ウバ。
みんなティーテイスターになって、茶葉の違いを、水色、香り、味の3点で感じとる。


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次はちゃんと紅茶を淹れる。
すごいね、茶葉がちゃんとジャンピングしてる。


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最後の一滴、ゴールデンドロップも、お姉さんに教えられたとおり、きっちり確認。


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最後には今日のアッサムにあったお茶請けのお菓子と一緒に、自分たちが.淹れた紅茶を楽しむ。
・・・まあ可愛いったらありゃしない。
初めはみんな緊張してるけど、最後は笑顔のオンパレード!
この後エンジェルたちは、お台場のフジテレビに行くと言ってわが社を後にした。

みんな、紅茶を愛してね!

# by libra-mikio | 2016-05-27 23:18 | | Comments(0)
2016年 05月 24日

深い哀しみと憤り

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事件を知って、何か書きたかったけど、すぐには何もできなかった。

最初に新聞記事を読んだ時、彼女のかわいい掲載写真に向かってぼろぼろ涙をこぼしながら合掌した。

あまりにも可哀そうだ。あまりにもむごい。あまりにも気の毒だ。

二十歳だろ。
彼氏にウォーキングしてくる、とLINEして、そしてそれが最期なんだろ。
あまりにも理不尽じゃないか。

怖かったろうな。痛かったろうな。口惜しかったろうな。

基地だとか、オバマの広島とか関係ない。そいつ、いや人ではない It の問題だ。

It、あるいはそのケダモノを処分して塩を撒け!
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# by libra-mikio | 2016-05-24 22:19 | | Comments(0)
2016年 05月 19日

夢見るクレマチス

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その朝、ふたりのクレマチスは確かに、まだ夢を見ていた。

幸いにも薄紫のクレマチスは、上に咲いた兄の大きな花によって夜明けの驟雨があまり降りかからなかった。
だから、お坊ちゃんな夢を見ている。

しかし、朱鷺色のクレマチスは見事に雨に濡れてしまった。

でも元々がやんちゃな性格だから、濡れながらもきっと、公園の噴水で遊んでいる夢でも見ているのだろう。

ふたりのクレマチスは確かに、まだ夢を見ている。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro

# by libra-mikio | 2016-05-19 22:43 | | Comments(0)
2016年 05月 18日

I miss ミツバツツジ.

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今年はミツバツツジの群落を見に行くことが出来なかった。
富士の裾野の山梨側、富士吉田の、阿部首相の別荘があるあたりにミツバツツジの群落があるらしいのだ。
毎年花期を逃し、来年こそはと思いながら、今年もタイミングが合わなかった。
・・・来年こそは!

それではこのツツジはどこのものかというと、箱根の湿生花園のものである。
つまりは植えたものだ。生えたものではない。
僕は自生しているミツバツツジを見たいのだ。

# by libra-mikio | 2016-05-18 22:56 | | Comments(0)
2016年 05月 17日

美しい村での美しい話

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麻績村を出た僕は小諸を目指したが、ほどなく冠着(かむりき)に差し掛かった。
草湯温泉というノボリに惹かれ、湯に浸かるか、と立ち寄った。
冠着荘という。

名残の山桜が咲くその向こうには、ひなびた山里が見え、アルカリ性単純硫黄泉に身を委ねれば、なんとも頬が勝手に緩む。

その時だ。
アメリカ人と思しき30歳くらいの父親と、3歳くらいの女の子が湯に入ってきた。
この土地とどういう関係があるのかは知らないが、完全なよそ者という訳ではなさそうで、もう、旅の身空の僕としてはいろいろなストーリーが頭を駆け巡る。

その女の子がまた可愛いのだ!
ワォダディ、イッツホットと言いながら次には日本語で「きもちいいねぇ」などと舌足らずな声で喋るものだから、僕はもちろん、先に入っていたオジイたちもみ~んな優しく二人を見守る。
ダディもこちらに気を遣い「コンニチワ」などと礼儀正しい。

するうち二人は湯から上がる訳だが、なんとその時、ダディとお嬢ちゃんはごく自然に、洗い桶と椅子を、入り口に近い桶置き場に戻したのである!
きょうび、日本人だってなかなか行わない所作である。
日本人以上に和の作法をわきまえた親子!
ちょっと感動しちゃいました。
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# by libra-mikio | 2016-05-17 21:58 | | Comments(0)
2016年 05月 15日

シーズン・イン!

このところ野草や鄙の人文に惹かれて、里山ばかり回っていた。
それはそれで至極結構な体験であるが、今日は余り遠出をする気にならず、自転車で海をぐるっと回ってきた。


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鵠沼海岸の海を見下ろすサーフ90跡地では(古すぎるか(笑)地元に居ながら正式名称が出てこない)、知る人ぞ知る鳥山親雄氏がフラの楽曲の説明をしながら、フラが披露されていた。
今日のハラウの女性たちは年齢が割といい線いっていて、安心して楽しむことが出来た。
(中には妖怪ハラウもあるし(笑))


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片瀬の東浜ではライフセーバーたちがシーズン・インのウォーミングアップをしていた。


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江の島では、藤沢市海洋少年団がカッターボートの訓練を行っていた。
海洋少年団!こういうものが現在でもあるのですよ。

他にもビーチバレーやビーチアルティメットなど、多種多様なアソビが繰り広げられていて、湘南はまさにシーズン・インしたのだ、と実感。
みんなX30。

# by libra-mikio | 2016-05-15 19:48 | | Comments(0)
2016年 05月 10日

蜜標

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昆虫を自らの蜜壺へと誘う絵柄を蜜標=ミツヒョウという。
いろいろな花に様々な絵柄の蜜標がある。
ツツジにもあればオオイヌノフグリにもある。
そしてこのカタクリである。

初めにこの蜜標を見た時、その形が大学の校章にあるような大の字体に見えた。
そうこうするうち、今度は僕が好きなチベットの天珠=テンジュのある図柄に見えた。

蜜標は花の種類によって、もちろんその姿かたちは違うが、例えばこのカタクリにおいても、
あそこのカタクリと、こちらのカタクリとでは違う。
すると蜜標は、花々の個性を競うおしゃれ、動物があたかも異性を誘う如き、セクシュアルな発現なのかもしれない。
唯一違う点は、花は動けない。
花の雌蕊がどんなに色っぽいしぐさをしても、雄蕊は言い寄ることが出来ない。
仕方がなく花は、動き回る昆虫を介して互いのセクシュアリティーを競うしかない。

その仕掛けを日本語で「蜜の標し」というのは、なんだか的を射ていて、気恥ずかしい気がする。
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# by libra-mikio | 2016-05-10 21:53 | | Comments(0)
2016年 05月 09日

ニワゼキショウと図鑑

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茅ヶ崎の里山を歩くと、地味ではあるが可愛らしい花たちが咲いていた。
何だろう。
背丈はせいぜい10センチ。花の大きさはせいぜい1センチ。
どうしても名前が知りたくなって、一目散に鵠沼に戻り、ヤマケイの「春の花」を手に取り、また一目散に里山に戻る。

え? ニワゼキショウ?

僕はニワゼキショウと言う花を知っているつもりであったが、それは実はハナニラだった。
そしてこの小さな可憐な花が本当のニワゼキショウだった。
これまでの不明を彼女に詫びた。

ところで前述の、山と渓谷社刊 野草ハンドブック1 春の花 は、僕が大学1年の春に松本にある鶴林堂書店で買い求めたものであり、もう実に39年間も使い倒したものだ。
愛着があるなんてものではないけれど、もうボロボロで、今日のフィールドで分解しそうになったので、この里山から帰るなり藤沢のジュンク堂で新しい図鑑を買ってしまった。
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「ヤマケイ・春の花」よ、雨の日も風の日も、僕にいろいろな野草を教えてくれてありがとう。

# by libra-mikio | 2016-05-09 22:44 | | Comments(0)
2016年 05月 07日

春寂寥 秘話

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旧制松本高等学校、現信州大学では、歌と言えば思誠寮寮歌「春寂寥(はるせきりょう)」である。
僕もたまに気分が高揚すると、歌う。

  春寂寥の洛陽に 昔を偲ぶ唐人の 
  痛める心 今日は我
  小さき胸に懐きつつ 木の花蔭にさすらへば
  あはれ悲し逝く春の
  一片毎に 落る涙
 (作詞:吉田 実(1乙文)、作曲:濱 徳太郎(4理乙)、大正9年)

歌詞もそうだが、その旋律が大正浪漫を具現してまたもの悲しい。

今回、松本は県(あがた)の森にある旧松高校舎(現・旧制高等学校記念館)に寄った際、作曲者である濱氏の遺した文章を読んだ。

『・・・春寂寥は歌詞もはじめから濡れに濡れているものだったので、できあがった曲としてはもはや白い煙さえ立たず、なんとも手のつけられないほど感傷的なものになってしまった。それで作詞者の吉田実君(1乙文)は、発表後、撤回したいという意向をしばしば持ち出したが、寮生の諸君になだめすかされて泣き寝入りになってしまった。・・・』

なるほど。
春寂寥は、当時から余りにも浪漫的と感じられていたのだ。
しかし僕は、この歌を歌えることを誇りに思っている。
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旧松高校舎にて。

# by libra-mikio | 2016-05-07 21:51 | | Comments(0)
2016年 05月 04日

たまゆら

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天竜川の広大な河岸段丘の上の、とあるお気に入りの場所で撮った朝露の写真に文章をつけようとして、考えあぐねるうちに、まあ風呂にでも浸かろうと想った。

いつもの癖で風呂で読む本を物色し、ああでもない、こうでもないとベッドにさんざん本を散らかした後、最後にふと三島の「花ざかりの森」を手にした。

物語の中で、主人公の遠い祖先であるところの、明らかに細川家と思われる切支丹の君主夫人(煕明夫人)が、白昼、白百合咲く野で「おおん母(もちろんマリア様)』顕現のまぼろしを見る。
その部分で「瞬間」という字に三島は「たまゆら」とルビを振っている。
「たまゆら」を漢字で書く場合は「玉響」であろう。不思議に思い集合知に当たると・・・

『たまゆら(玉響)は、勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音のこと。転じて、「ほんのしばらくの間」「一瞬」(瞬間)、あるいは「かすか」を意味する古語』

とある。うーん、なるほど、瞬間か。そして更に読むと、

『ただし『日葡辞書』には「草などに露の置く様」とある』

と書いてあるではないか!
日葡辞書(にっぽじしょ)とは、1604年に長崎で発行された切支丹関係のもので、日本語をポルトガル語で解説した辞書である。

うーん。
朝露写真 ⇒ ブログ書きあぐね ⇒ 風呂 ⇒「花ざかりの森」⇒ 切支丹の祖先 ⇒ 瞬間ルビたまゆら ⇒ 日葡辞書では草などに露の置く様!

凄い。凄すぎる。
やはり風呂に入って正解だ。
タイトル、写真、文章が連関し、ブログが完成してしまった。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

# by libra-mikio | 2016-05-04 16:01 | | Comments(0)
2016年 05月 03日

麻績村

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連休の初めに信州へ行こうと決めていた。
信州の何処に行こうか?
時間はたっぷりある。いろいろな所へいこう。今度の旅は、自然と人文の両方を楽しもう。

人文としては、以前から気になっていた麻績村にしよう。
麻績村=おみむら。
麻に績(つむぐ)で何故「おみ」と読むのか判らない。
でもその名前に数十年前から惹かれていた。


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麻績に実際に来てみると、そこは別に特別な村ということもなく、普通の村であった。
当たり前と言えば当たり前。特別であっては村の人々は困るであろう。
でも、永いこと憧れていた旅人としては多少がっかりもする。

何か、これぞ麻績、という文物はないか?
旅人は嗅覚を働かせあちこち移動する。
これぞ麻績、これぞ麻績・・・


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あった!
これ以上はっきりした文物がほかにあろうか!
麻績村、と彫られた境界杭(笑)。

そこは、もう旬の過ぎたカタクリの群生地であったが、和みのある緩傾斜が広がり、
5月になったとはいえ山国の午後4時の、少し淋しさを含む気配が満ち始めていた。
すると先程まで勝手に麻績村の象徴だと見做していた杭が、孤独の象徴のようにも思えて来るのであった。

# by libra-mikio | 2016-05-03 17:34 | | Comments(0)
2016年 04月 25日

お菓子を有難う

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おふくろは早く寝る。
僕が家に帰り着くころは彼女は夢の中だ。

だからときどきメモで事務連絡がある。
たいていは、「お米を買っておいてください」とか、「たまごをゆでました」とか。

今日は・・・「お菓子を有難う」

そういえば昨日、彼女のためにワッフルとクラッカーを買ったっけ。

今夜は庭の匂いもいい感じの夜だし、僕の気持ちも久し振りにやさしい。

X-30

# by libra-mikio | 2016-04-25 21:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 04月 20日

光球

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我々地球人が見て、唯一面積を持って見える恒星は太陽だ。
他の恒星は余りに遠く、マイナス1.6等星の大犬座のシリウスだって、ギラギラ輝くがあくまで点光源だ。

惑星は別だ。
地球の兄弟星である木星や土星、火星などは当然だが太陽系に属し、恒星の世界に比べれば隣の部屋レベルであり、望遠鏡で覗けば拡大される。つまり面積を持つ訳だ。

恒星は点光源である故、地球の大気の揺らぎによりちらちらと瞬く。
一方惑星は面積を持つ故、例えば木星の北の端っこから出た反射光(太陽の反射ね、つまりお月さんのようなもの)は確かに揺らめいている筈だが、南の端っこから出た反射光の揺らぎと相殺され、じーっとしていて瞬かない。

とにかく、太陽は我々が見ることが出来る、面積を持つ唯一の恒星だ。
そして天文用語で太陽を「光球」とも呼ぶ。
このように中望遠のレンズで捉えると、確かに「光球」なのである。

Canon EOS 7D + EF24-105mm f/4L IS USM

# by libra-mikio | 2016-04-20 22:27 | | Comments(0)
2016年 04月 18日

ルバイヤート 60

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朝風に薔薇の蕾はほころび、

鶯も花の色香に酔い心地。

おまえもしばしその下陰で憩えよ。

そら、花は土から咲いて土に散る。

・・・・・
ルバイヤート 60
オマル・ハイヤーム作
小川亮作訳
岩波文庫 32-783-1
・・・・・
Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

# by libra-mikio | 2016-04-18 22:56 | | Comments(0)
2016年 04月 13日

花噴水

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甲州の越えたことのない峠を走っていた。

一目見て、花の噴水だと思った。

それならば、花弁のひとひらごとを、光り輝く水滴の様に撮ってやろう。

シャッタースピードを遅く、露光を多くし、何条もの光の筋を際立たせた。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-04-13 21:58 | | Comments(0)
2016年 04月 11日

花の寓話

桃と菜の花が内緒話をしている。

初めのうちは、菜の花も確かに興味があったのだが、少し桃のほうがしゃべり過ぎたらしい。

桃はそんなことには気づかず、風が吹いてふたりが近づくたびに、いそいそと先程の話の続きを菜の花にしている。

人のいい菜の花は無下に話を中断させることもできず、せめて自分の興味が既に薄れたことを、少し視線を逸らすことによって、桃が気付いてくれることを願っている。
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X-T1 + XF35mm F2R WR

# by libra-mikio | 2016-04-11 22:04 | | Comments(0)
2016年 04月 04日

素朴な饒舌

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今、この波を照らしているのは、雲間に沈みかけた太陽だけである。

空と海と太陽。
多少の演出を試みるものは、地球の自転と雲と波。

素朴な饒舌。
太古からの質素な華美。

僕は左目も開けて、ファインダーを通さない生な光景も見続ける。

# by libra-mikio | 2016-04-04 21:26 | | Comments(0)
2016年 04月 02日

春を淋しく思うとき

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串田孫一の随想に、春を淋しがる人、というものがある。
僕がこの文章を知ったのは1974年だから、実に40有余年が過ぎている。
しかし僕は、春を淋しがる、ということが本当にあることなのか理解できなかった。
つい、先日までは。

文中、野辺のバス停に立つ、赤ん坊を背負った若い母親があんまり沈んだ顔つきなので、思わずどうかされましたかと尋ねた筆者に対し、「あんまり春の来かたが早いので、それで淋しくなってしまったところです」と答えるのだ。

その日、というのはちょうど一週間前なのだが、僕は初めて春の到来を本当に淋しく思った。
次から次へと発生する会社での問題に精一杯対応していたその日の朝に、春について感じたことを、僕は夜にまとめようと思っていたが、実際にはそのような余裕はなかった。
そうであろう予感があり、電車の中で、感じたままに、自分に対しメールを送っておいた。

・・・・・
春が来るのが嫌なのではありません。春を待ち焦がれていたんです。
その待ち焦がれていた春が、私の準備ができないうちに来てしまって。
だから寂しいんです。
だって、電車の窓から見えるおうちの庭の、雪柳がもう真っ白なんですもの。
昨日まで、その満開の予兆に気付かなかったのです。
春そのものが淋しいのではなく、自分自身が淋しいんです。
・・・・・

こうして、巡り来ることが当然である春に対し、春を淋しがるということが本当にあるのだな、と40年ぶりに納得したのである。
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今日、法政大学、多摩キャンパスにて。X30。

# by libra-mikio | 2016-04-02 22:23 | 季節 | Comments(0)
2016年 03月 27日

朝のメルヒェン

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今朝の海で出逢ったメルヒェン。
たまにはこういうものもいい。
X30

# by libra-mikio | 2016-03-27 18:37 | | Comments(0)
2016年 03月 22日

カモメのいる日

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カモメのいる日。

みんな満ち足りている。

お腹もいっぱいだし、太陽も隠れない。

争いがなく、自分の居場所があるべきところにあり、みんな気に入っている。

カモメたちは脳ではなく、五感で連帯を感じている。
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X30

# by libra-mikio | 2016-03-22 22:38 | | Comments(0)
2016年 03月 21日

ヨットのいる日

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ヨットのいる日。

おだやかなハーバー。

今はもう、彼らをポンツーンから見送るだけだけれど、潮風が身体を流れていく感覚は忘れてはいない。
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# by libra-mikio | 2016-03-21 16:57 | | Comments(0)
2016年 03月 20日

馬鹿

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いくつになっても勉強だ。
この歳になって、世の中には本当に馬鹿がいることを学んだ。

いい大人であるにもかかわらず、未だに赤子のように自分の価値観を唯一無二とする馬鹿に、初めてお目に掛った。
そしてそれは価値観などと呼べる代物ではない。

馬鹿は見掛けでは判らない。
実に困ったものだ。
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X-T1

追伸
馬鹿という奴が馬鹿だ、とよく言われるが、構わない。
今の僕は憤懣やるかたない。

# by libra-mikio | 2016-03-20 21:36 | Mic記 | Comments(0)
2016年 03月 17日

春宵モクレン

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夜9時半、くたびれて帰って、駅から家に向かい、歩く。

住宅街のいくつかの小道を曲がると、家々の塀の上にモクレンが咲き始めている。

通り過ぎ、家についてからカメラを持ち出し、花に戻る。

花を浮かび上がらせるのは、月齢8日の半月だ・・・と言いたいところだが、ただの街灯。

でもね、ぽってりとした花弁は充分になまめかしく、ようやく到来した春宵に身をゆだねている。
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X-T1 + XF35mm F2R WR

# by libra-mikio | 2016-03-17 23:44 | | Comments(0)