Mickey's world

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2016年 12月 21日

放哉 Dec. 21, 2016

舟 か ら 唄 っ て あ が っ て く る    放哉
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江の島の入り口ともいえる桟橋の途中から岩屋まで、弁天丸という観光船が走っている。
片道は確か400円ほどであり、観光地としてはリーズナブルな価格である。

弁天丸は、第〇〇弁天丸、としていくつかの船が同時に海上にいる。
その船頭はみな地元の漁師である。
お幾つくらいか。
海の男は赤銅色になり、かつ深いしわが刻まれるので、なんとも言えないがおそらく70歳前後であろう。

夕陽を浴びて、第〇〇弁天丸が桟橋のスタート地点に帰って来る。
もう客は数えるほどしかいない。
今日は冬にしてはうららかな日であり、波もない。

桟橋で舫うために待機している70歳に、舵棒を股に挟んで操船してきた70歳が声を掛ける。
・・・・・
今日もいい一日だったな。
そうだな。
一杯飲るか。
そうだな。
・・・・・
海の上と陸で、阿吽の会話が、心の中で交わされる。

そして船頭は、ごく自然に鼻歌を歌う。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-12-21 23:11 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 18日

終わっちゃったぁ

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真田丸、終わっちゃったぁ。
淋しいな。

感情移入、結構したなぁ。

三谷幸喜って、あんまり好きじゃないんだけど、・・・よかったなぁ。

真田源二郎信繁。池波正太郎先生の本には源次郎ではなく、源二郎と書いてある。

想えば、大河に取り上げられるなんて全く知らない去年の夏、池波先生の真田太平記を読み始めた。

別所の湯にも浸かったし、刀屋の蕎麦、食いましたよ、先生・・・。
(盛りが良すぎて、少しもてあましました)

# by libra-mikio | 2016-12-18 21:52 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 17日

ひとよ茸とジェリー・フィッシュ

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エミール・ガレの「ひとよ茸のランプ」を知っている人なら、この「えのすい」のクラゲが、如何に似ているか、即座に判るであろう。
僕は「ひとよ茸のランプ」が大好きだ。
でも僕はクラゲは好きじゃない。
今まで何度もクラゲに刺され、その醜悪な触手による禍根を文字通り「痛いほど」知っている。

エミール・ガレはフランス、ロレーヌ地方ナンシー、つまり内陸の生まれだから、子供の頃は海など見たことは無かったろう。
だからクラゲなどというイキモノについては、おそらく図鑑の知識程度であったろう。
そして彼はクラゲに憧れたか。

そして彼は、クラゲと茸の相似について、早くから感付いていたのかもしれない。

「ひとよ茸のランプ」は、本当は「ジェリー・フィッシュのランプ」でも良かったのかもしれない。
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X-T1
でも、クラゲって、ヤッパ好きじゃない

# by libra-mikio | 2016-12-17 22:55 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 13日

放哉 Dec. 13, 2016

風 が 落 ち た ま ま の 駅 で あ る 田 ん ぼ の 中   放哉

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いささか季節が逆戻りするが、ベッドで放哉の句集を読んでいるうちに、この写真をつけたくなった。

小海線の、それはそれは小さな駅である。

まさに風は落ち、おまけに空は泣き出したが、雨の匂い、稲の匂い、そしてディーゼルエンジンの匂いが良い案配に混じりあい、旅の中の僕を癒してくれた。


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X-T1

# by libra-mikio | 2016-12-13 23:10 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 12日

放哉 Dec. 12, 2016

た そ が れ の 浪 打 ち ぎ は を は る か に 来 け り   放哉

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休みの日の夕間暮れ。
渚を人々は散策する。
おそらく誰もが、目的を持っていない。
それがいい。

風は冷たいが目に映るものは美しいものばかりだ。
美はエナジーである。

だから人々は ”浪打ちぎは” をどこまでも歩いていく。
そして人々は渚の夕べに溶けていく。


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X-T1

# by libra-mikio | 2016-12-12 22:04 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 11日

アクアリウム

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アクアリウム。
新江ノ島水族館は、ジモピーとしてはいつも横目で見ながら素通りしていた。
しかし昨日ふと、年間パスポートでも買っちゃおうか、と思い、結局即決で年パスを買った。

えのすい(新江ノ島水族館の通称)は展示やアトラクションが実に充実しており、これらをじっくり見るには、先ず一日では時間が足りない。
ご興味がある方は、是非年パスをお求めになるが良い。
一回の入場料が2,000円。年パスは4,000円。
でも、僕はウチから徒歩で行けるから散歩コース途中だが、遠くからいらっしゃる方は年パスは少し無理があるかな。

「わんぱくフリッパー」世代の僕は、イルカを見るだけで心が和む。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-12-11 21:44 | | Comments(0)
2016年 12月 03日

回帰

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久しく、自然を撮っていなかった。
撮れなかった。
人間のことばかり考えていたから。

でも、一つの業務上の山場を越え、少し余裕が出来た、ようだ。

今日は焼けるかもしれないと思い、広角と望遠を持って海に走る自分がいた。
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FUJI&CANON

# by libra-mikio | 2016-12-03 22:14 | | Comments(0)
2016年 12月 02日

儚さ

儚さ
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儚さ
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# by libra-mikio | 2016-12-02 23:53 | 陰翳 | Comments(0)
2016年 11月 30日

遠くに海が見える町

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遠くに海が見える町。
そんな風景もいい。

谷内六郎は、上総の町は貨車の列 火の見の高さに海がある、と描いた。
波打ち際から見る海よりも、かえって郷愁を感じさせる。

湘南だとどうしてもヨットが走ってしまうが、こんな日には漁船だけの絵の方がいい。

電車から見える海もいい。
昔住んでいた、須磨から舞子にかけての、山陽本線から見える海はよかった。
そして、江ノ電の車窓の海は、また白眉である。
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# by libra-mikio | 2016-11-30 22:55 | | Comments(0)
2016年 11月 27日

皇居

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土曜日に、大手町のとあるビルの会議室を借りて研修を主催した。
21階のその部屋は、皇居を眼下に見下ろす部屋だった。

なんか、皇居を見下ろすって、いいのかなぁ、って思っちゃう。
一緒にいた社員も、畏れ多いな、とポツリ。
でもこの辺のビルで働いている人は、みんな普段からこの光景を見てるんだよね。

僕はこれまで、天皇皇后両陛下を間近でお見送りしたことが2回もある。
どのくらい間近かというと、1.5m!
あのね、ほんとにね、国父、国母という感じでね、けっこう胸がいっぱいになるものですよ。
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いつも持ち歩いているX30で

# by libra-mikio | 2016-11-27 21:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 22日

みずうみ

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こんなみずうみにボートを浮かべて、僕だったら何をするだろう。

本を読むのかな。美しい本がいいな。
国木田独歩の「星」。
・・・乙女の星はこれを見て早くも露の涙浮かべ、年わかき君の心のけだかきことよと言ひ・・・
シュティフターの「水晶」もいいな。
・・・”Ja,Konrad!”・・・
うつらうつらしながら、同じところを何遍も読み返すのだろう。

フルートを吹くのもいいな。
譜面は立てられないから、そらんじている荒井由実、旅立つ秋。
・・・秋は木立を抜けて 今夜遠く旅立つ・・・

お酒も飲みたいな。
ワイン、と言いたいところだがワインは苦手だ。
ぽってりとしたフルボディの芋焼酎を暖かいお湯割りで飲る。
もちろん器は厚手で小振りな湯飲みに決まっている。

酔えば讃美歌を歌うかもしれない。
讃美歌90番。
「ここも神のみ国なれば」を静かに口ずさむなんて、身も心もほぐれることだろう。

本を読み、笛を吹き、酒を飲み、歌を歌う。
なんて素敵なんだろう。
そして最高の贅沢は、独りでいるっていうことかな・・・
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# by libra-mikio | 2016-11-22 23:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 20日

僕の秋が正式に始まる

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季節の始まりを、ちゃんと節度をもって迎えたい。
今日、この光景を確認したので、僕の秋が正式に始まった。

「え、もうすぐ冬じゃん?」
「そうだね、暦の上ではね。でもさ、僕にとっての秋は、樹々の紅葉・黄葉がそのスタートなんだ」

今日、丹沢山塊のふもと、中川温泉のPH10.1のアルカリ泉に浸かり、浴後、中川川の渓流を散歩して見つけた。

遭遇したイチョウは既にかなりの葉を落としていた。
その意味では、僕の確認が遅かったと言える
しかし、その足元に落とした同心円の落葉が、いやがうえにも秋の訪れを強調する。

今日、僕の秋が正式に始まった。
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X-T1


# by libra-mikio | 2016-11-20 21:46 | 季節 | Comments(0)
2016年 11月 19日

海の光、そして影

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ヴェネツィアのサンマルコ広場を取り巻く建築は、光と影を緻密に計算した高度な芸術感に支えられているという。

白亜の壁に落ちる、太陽の動きが織り成す、尖塔や回廊に設えた意匠的な空隙のある前壁が造る影は、ため息が出るような美である、そうな。

しかし僕は、湘南の海の光と影も世界に誇れるものだと思っている。
この美しい情景に、何の気負いもなく接することが出来ることを、僕は誇りに思う。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-19 23:16 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 17日

秋は、夕暮。

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秋は、夕暮。
夕日のさして、海の日の澪、いと輝きたるに、うぃんどの寝どころへ行くとて、しゃああと、飛び急ぐさへあはれなり。
まいて江ノ電などの連ねたるが、いと近き傍を通り過ぎたるは、いとをかし。
日入り果てて、酒器の音、胡人の楽の音など、はたいふべきにあらず。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-17 21:44 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 15日

電車の中での化粧は嫌ですか?

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電車の中での化粧が、またぞろ脚光を浴びて(?)いる。
そんなに嫌かなぁ?
カミングアウト(?)すると、僕は全く嫌ではないのである。
確かに揺れる車内でマスカラ(って言うんですか?)、あの棒を目の縁に持って行くのを見ると、目を突き刺さなければいいがなぁ、と心配はするが、決して嫌ではないし、ハシタナイとも思わない。

もっと別に嫌なヤカラはいるぞ。

鼻をかめばいいのにズルズルすする奴、かんだらかんだでその音が嫌だ。
マスクをしないでゲホゲホ咳をする奴。
ガムを、こともあろうに口を開けてクチャクチャ噛む奴。死刑だ。
新聞だかマンガだか知らないが人の背中に立て掛けて読む奴。
普段、汚い電車の床にバッグを置いているのにそのバッグの底を平気で人に押し付ける奴。
デカイ声で喋る少年少女、あるいは20代のバカ。
平気でスーパーの買い物袋を自分の横に置いて席を奪う、何が悪いのよオバサン。
雨で濡れた傘をクルクル巻こうともせず、ベルばらのスカートの様にふわふわさせて乗り込む奴。
臭い奴。これって酒臭いとかじゃなく、加齢臭並びに口臭が超臭いオヤジ。鼻がひん曲がる。
生あくびばっかりするサラリーマン。
新婚だか昨日ゲットした相手なのか知らないが、それとなくしかしハッキリと後朝を電車内で楽しむバカップル。
勝手にキレル奴。車内はもうゲンナリ。

・・・もういい。

電車で化粧する女の子なんて、可愛いもんじゃないか。

# by libra-mikio | 2016-11-15 22:03 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 13日

神シャッタースピードによる海の色

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波を撮る時には、いつも波がしらや盛り上がるウォールを狙う。
それはそれで面白いのだが、ちょっとした閃きで、波が打ち寄せて、でもまだ次の波が来ないその狭間を狙ってみた。
そうしたら、形状的な面白さは消えたが、不思議な色合いが現れた。
スープの部分はちゃんと白く写っているのでWBが崩れている訳ではない。
但し、眩しい太陽の反射光のせいで、カメラは勝手に2万分の1秒という強烈なシャッタースピードを選択していた。(X-T1の電子シャッターってすげえ)
肉眼での視覚にシャッタースピードの概念はないが、通常見ている青い海を2万分の1秒という刹那で切り取ると、このように緑色の反射を返しているのだろう。
少し妖しく、そしてキレイだ。




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こちらは2千分の1秒である。
ようやく人間の目の領域に降りて来た。
やっぱ、2万分の1秒って神シャッタースピードだよね?

# by libra-mikio | 2016-11-13 18:59 | | Comments(0)
2016年 11月 12日

稲村

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こんなことを良く想う。

尾道に行きたいなぁ・・・、尾道に行って、加納満さんのような写真を撮りたいなぁ・・・
小豆島に行きたいなぁ・・・、小豆島の西光寺あたりを歩いて尾崎放哉の気分を感得したいなぁ・・・

・・・でも、なかなか行くことが出来ない。
一方、僕は湘南にいる。

尾道の人の中には、或いは小豆島の人の中には、湘南にいきたいなぁ・・・と思っていらっしゃる方もきっといるだろう。
そうであれば、僕は先ずは地元をもっと愛さなければいけないな。

湘南には良い景色がたくさんある。
だから湘南を再発見しよう。

稲村ケ崎の、きっと多くの日本人が知っている光景にも、僕は好きな時に、すぐに、逢いに行くことが出来る。

贅沢なことだと思う。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-12 21:06 | | Comments(0)
2016年 11月 05日

青春の光と影

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青春の光と影」、という名曲があった。
ジョニー・ミッチェルがつくり、ジュディ・コリンズが歌って大ヒットした。
1967年である。

今日この写真を写しながら、その「青春の光と影」のメロディが頭の中に流れていた。
しかし1967年と言えば、僕が「つばなれ」をした頃であり、もちろん英語の意味など知らなかった。
帰ってきて改めて集合知で歌詞の意味を確認したら、これがまた想像もしていなかった内省的な歌詞なのであった。




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原題は"Both Sides Now" といい、その内容は・・・
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これまで私は雲を下からしか見上げていなくて、雲を見るたびに、風に流れる天使の髪とかアイスクリームのお城のようだわ、と思っていたの。
でも今、私は知ったの。
雲って、太陽の光を遮ったり雨や雪を私たちに降らせることを。
そう、雲は私たちの邪魔をするのよ。
だからこれから、私は雲を上からと下から、両方の側から見るわ。("Both Sides Now")
でも何故か思い浮かぶのは以前の優しかった雲のイメージばかり。
判ったつもりでも、結局私は雲のことなど全く判っていないのね。
-----------
なんとまあ内省的で哲学的であることか。
また邦題を作った人は歌詞の内容を吟味して考えたんだろうけど、「青春の光と影」って、言い得て妙だと物凄く感心した。




波打ち際で無心に戯れる少女たちよ、そのうち、"Both Sides" を見ざるを得ない "Now" がやって来ることだろう。
その時までは、可能な限り純粋無垢な心を養っておくれ。
「光」に共感する純な心は、やがて訪れる「影」に対する強い盾にきっとなるから。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-05 20:43 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 03日

結婚記念日

結婚記念日。
今日、11月3日。
・・・両親の、である。

さっき、夕餉を終えた母がリンゴを手に持ち、何気なく言い出した。
「今日はね、ヘルパーさんに、いいリンゴを買ってきてちょうだいって頼んだんだよ」
「何で?って訊くからさ、今日はね、結婚記念日なのって答えたの」
「そしたらさ、へぇ~、よく覚えているね!って感心されちゃった」

言いながら、仏壇から下ろしたその真っ赤な大玉のリンゴを、母は宝物の様に大事に冷蔵庫に仕舞った。

明日、60年間を振り返りながら、仏壇の中の親父と一緒に心置きなく召し上がってください。
貴女の60年前のその日は、貴女自身の人生を決めた、ものすごく大事な日であったのですから。
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11月3日、今日の夕映え。
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# by libra-mikio | 2016-11-03 20:27 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 31日

絵のような海

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長いこと写真を撮っていると、不思議な仕上がりに出くわすことがある。

以前、夕暮れの公園で水飲み場の写真を撮った時に、全く意図しなかった光の輪が写ったことがあった。
なぜそのようになったのか、未だに答えは出ていない。

日曜日、片瀬の東浜から沖をゆくヨットを撮ったら、全く水彩画の様に仕上がった。
風もなくうねりもない日だったから、海面が平板に映るのはまだ理解できるが、ここまで水彩画というか、写真らしくない写真に仕上がった理由は判らない。

ただ、僕としては気に入った。
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# by libra-mikio | 2016-10-31 22:19 | | Comments(0)
2016年 10月 25日

秋のネコ

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このところ、仕事が少しハードだ。精神的にも、その結果、肉体的にも。
で、日曜日。心の洗濯に出た。

僕は最近、自分がネコ好きになってきたような気がしている。
以前はそんなこと思ったこともないのに。

小さい頃から、ネコよりはイヌが好きだった。
でも先日、家の近所でちっこい子猫(当たり前か(笑))を見たら、なんとまあ可愛く感じたことか!
純粋に可愛いの。
ということで、僕にしては珍しくネコの写真をアップするのだ。

これは紛れもなくキャットアイランド、江の島のネコである。
とは言っても、参道のミヤゲ物屋のネコであるが。
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# by libra-mikio | 2016-10-25 22:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 15日

寅さん

僕は寅さんが大好きだ。
日本人なら、きっと誰でも寅さんが大好きだ。
寅そのものも好きだが、その映画に込められた優しさが大好きだ。

前から行こうと思っていた柴又に、今日、ふらっと行ってきた。
良かった。

帝釈天から少し歩くと、寅さん記念館がある。




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あの「とらや」のお茶の間に家族の団欒が流れている。
画面の家族の笑顔にほっこりする。




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タコ社長の朝日印刷所では社長と博さんが一生懸命に働いている。




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寅は心を入れ替えてとらやの店番するが、やっぱり勤まらない。




すったもんだの挙句、寅は柴又を去らざるを得なくなるわけだが、さくらはどうしたって悲しい。
お兄ちゃん、どうしても行っちゃうの?
おいちゃんだって、おばちゃんだって、もう怒ってはいやしないわ・・・
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さくらの、いや、倍賞千恵子の涙は、きっと映画館で見ていた全員の共感を得、みんなが一緒に涙したことだろう。
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映画にはなかったが、記念館には、伝言板が掛かっていた。
お兄ちゃんはさくらに、ちゃんと想いを残していた・・・


今日、柴又に行ってよかった。
心が、ほぐれた。

# by libra-mikio | 2016-10-15 22:50 | | Comments(0)
2016年 10月 13日

秋に似合う色

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秋には紫が似合う。
その色調は決して浮薄ではない。ましてや権勢を表す意図など微塵もない。
むしろ慎ましやかに、気付けば、居るような。
主張せず、しかしその存在は重厚・・・
そんな紫が、秋にはよく似合う。

古寺の境内を歩けば、苔むす石垣の脇に小紫の実が華奢な茎に自重を預け、揺れるともなく揺れていた。
紫式部もよく似た実をつけるが、小紫の小さなまとまり、質素感は好ましい。
そしてその紫色は天然のものとは思えないほど奥が深い。




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更に歩みを進めると、秋明菊の一叢に出逢った。
花々の背丈は思いのほか高く、小紫の実とは多少趣を異にし、ここにいるよ、との主張を感じた。
しかし考えてみれば当然なのだろう。
小紫は既に結実しているのであり、秋明菊はこれからなのである。
受粉のためのキューピッドを誘わなければならないのだ。

それにしても、その紫色は落ち着いている。
もしかすると、今の季節に花々を訪う虫たちは、酸いも甘いも噛み分けた、通人たちなのかもしれぬ。




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東慶寺にて。

# by libra-mikio | 2016-10-13 21:20 | 季節 | Comments(0)
2016年 10月 10日

仏教について

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ここ数年、仏教に関心がある。
お坊さんではないので、まだまだ駆け出し以下のたわごと程度、いや、それすら理解してはいない。
しかし、今、明らかに言えることは、本来の仏教は宗教ではない、ということだ。
その意味では、仏教という言葉が不適切なのだと考えている。
代替案としては、仏法、か。

仏法の基本は輪廻を断ち切り、解脱し、涅槃に入ることを目的とする。
大変なことである。
そして、その考え方の真髄は、広く人口に膾炙している般若心経である。

何年も模索しながら、今、ようやく出会えた本は、ダライ・ラマ14世が語る般若心経である。

般若心経が言うところは一つ。
一切は空である。
空を体得できた時、悟りが訪れ、解脱が出来、輪廻のくびきから解放され、涅槃に至る。
それはそれは何という素晴らしいことか!

般若波羅密多。サンスクリット語の漢語への音訳である。漢字に意味は(特に)ない。
涅槃それ自体がニルヴァナというサンスクリットの音訳である。
般若=プラジニヤ⇒智慧、叡智、知識、知性。
波羅密多=パラミッタ⇒超越する、(悟りという)対岸へ行く。
即ち、般若波羅密多とは、悟りを開いて解脱するための(完全なる)叡智(の実践)である。

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しばらくぶりに訪れた東慶寺の本堂に、「波羅密」の扁額が掛かっているのを発見し、感動を覚えた。
路傍には、秋の草の実が、人間世界とは無関係な摂理により、色付き始めていた。
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# by libra-mikio | 2016-10-10 21:16 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 09日

秋薔薇

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自然界の生命は巡り来る季節を確実に捉え、ためらうことなく行うべきことを行う。
秋の薔薇もその一つであり、五月ほど一斉に咲きほころぶ訳ではないが、一株ごとに自分の判断を天に謳い上げ、気付けばそこかしこで咲き揃って来る。

あすの朝は雨になることが判っていた金曜日の晩、バッテリーの充電を怠らず、目覚めたらすぐに薔薇を撮りに行こうと決めていた。
雨滴を纏った秋薔薇を撮りたかったのだ。

考えてみれば、何度も何度も同じテーマを繰り返し撮っている。
しかし、自然の美は、打ち寄せる波に一つとして同じものが無い様に、いつも新鮮な驚きを僕にもたらしてくれる。
僕は謙虚に、それを受け止めるだけである。
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EOS7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

# by libra-mikio | 2016-10-09 22:18 | | Comments(0)
2016年 10月 03日

893よりカタギ

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唐突ではあるが、今宵、その辺のヤクザより、筋を通したカタギの方が強いことを知った。

そして今夜の僕は気分がいい。閻魔さまもビックリだろう。

# by libra-mikio | 2016-10-03 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 02日

木犀、そして明月院

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北鎌倉は濃厚な木犀の香気に満ちていた。
そう、芳醇という語感を超えて濃厚であり、大袈裟に言えば木犀の創り出す大気の中を泳いでいるようだった。
そして、とある家の庭先では金木犀と銀木犀が仲良く成長し、香りの二重唱をフォルテッシモで歌い上げていた。




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明月院に立ち寄った。
紫陽殿と呼ばれる本堂では茶を振舞うが、朝早いこともありまだ人は上がっておらず、奥の深い畳の向こうに満月を見ることが出来た。
もみじが進めばまた格別な光景となることだろう。




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山門には、竹筒に秋の実などが活けられていた。
あでやかというものではなく、京好み、利休好みというものでもなく、いかにも鎌倉的な、禅と武辺の中から生まれた美意識の身近さを感じた。

今日は善い一日である。

# by libra-mikio | 2016-10-02 21:43 | 季節 | Comments(0)
2016年 09月 29日

赤蕎麦

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蕎麦の花は純白で小さくて、群がって咲く。
しかしここに、可憐なピンクをまとう蕎麦がある。
高嶺ルピーという。
信州大学の氏原先生が生前、ヒマラヤから持って帰ったものを伊那谷に根付かせたとのこと。

かつて一度だけ、赤蕎麦の蕎麦(変な言い方だが仕方がない)を食べたことがあるが、特に美味しかったという覚えはない。

しかし、伊那谷の河岸段丘を上り、畑も終わる中央アルプスの麓の小広い高原が一面にピンクに染まっている様子は、或る種不思議であり一見の価値がある。
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この時期、地元の蕎麦屋ではもちろん赤蕎麦を提供する。
しかし僕は踵を返し、伊那のとよばらのローメンを食べに行ってしまった(笑)

# by libra-mikio | 2016-09-29 22:12 | | Comments(0)
2016年 09月 25日

9月の旅

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金曜日に有給休暇を取り、前後の休日を使い2泊3日で季節の狭間の信州を駆け抜けて来た。
いつもの出来心だが、今回は大学院2年の長男が同行した。
彼は既にプラント企業に内定しており、入社すれば海外プロジェクトに配属されることは必定。
故に、彼の中でもある種の感傷があったのかもしれぬ。




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目的地は決めるがルートは自由だ。標識に「旧道」とあれば自然にハンドルを切る。そんな僕流の旅も、彼は受け入れた。
R141から離れた清里の近くでは霧にまかれ、小海線の線路も夢幻になる。
僕はX-T1、彼はEOSで同じ被写体を狙う。
しかし僕は彼の作品をモニター画面で見ることはしない。
24歳の彼には既に彼自身の世界がある筈で、それを評論するのは意味のないことだ。




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旅をしながら、彼を無言館に連れていくことに決めた。
美校から戦地に散った方々の享年と、彼の年齢がほぼ同じことに気付いたからである。
最小限の説明、つまり「ここには戦没画学生の作品がある」ということだけを伝え、無言館に入った。


その夜、宿の一室で酒を酌み交わしながらとりとめのない話をしたが、彼がこう言ったことを覚えている。
「俺は、知覧に行こうと思うんだ」、と。

# by libra-mikio | 2016-09-25 21:08 | | Comments(0)
2016年 09月 19日

告白

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(この写真は、ついこの間も使ったね、という方がいらっしゃると思うが、本日新たに円覚寺を訪うて撮ったものである)
(つまり、僕はこの方が好きなったのである)

今朝、未明から起き出し、まずは日々に追われて出来ていなかった仕事を家で片づけた。6時間近く掛かった。

やりおおせたのち、鎌倉に行った。実は昨日から行きたかった。
北鎌倉は心理的には遠いが、実際は、僕の家から円覚寺まで、door to door でなんと40分未満であった。

円覚寺は小雨に煙り、珍しく観光客が居なかった。
仏殿に入り、ご本尊の宝冠釈迦如来坐像に向き合うと、一切の音が消えた。
嘘ではない。
山門下を通る横須賀線の音も全くなく、あとから訪れる参拝客も咳き一つせず、皆静かに釈迦如来像を見上げ、時折聞こえるのは遠くの烏と鳶の声だけであった。

何だろう。ふと涙が出てきた。
有難い、という気持であったか。或るいは包まれる、という気持であったか。
確かに僕は泣いた。





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その後、浄智寺に足を延ばした。
曇華殿にも観光客は居なかった。
曇華殿には、浄智寺のご本尊である如来様たち、即ち向かって左から、阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来が鎮座ましまし、過去、現在、未来の時を体現なさっているという。





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15世紀半ばごろに再興された仏像であるとのことだが、それでも既に600年近く人間世界を見据えて来られた訳だ。
供えられた花の香であろうか、仏殿の内部は得も言われぬ甘く切ない香りに満ちていた。

・・・そしてこれからが本日の告白である。
この写真を撮っているとき、左手の甲にかそけき痛痒を感じた。
何事ならんと眼をやれば、黒々としたデカい蚊がまさに僕の血をディナーとせんと妙に落ち着いてとまっていた。

瞬間、そこには、命の尊さに想いを馳せる僕と、反射的に叩き潰そうという僕がいた。
オー、マイ、ガッ!
どうする、どうする、どうする!

で、なんと僕の手は、瞬時に彼を叩き潰していた。
如来様たちのおん目の前で!

今日の告白である。

# by libra-mikio | 2016-09-19 21:10 | Mic記 | Comments(0)