Mickey's world

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2016年 11月 12日

稲村

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こんなことを良く想う。

尾道に行きたいなぁ・・・、尾道に行って、加納満さんのような写真を撮りたいなぁ・・・
小豆島に行きたいなぁ・・・、小豆島の西光寺あたりを歩いて尾崎放哉の気分を感得したいなぁ・・・

・・・でも、なかなか行くことが出来ない。
一方、僕は湘南にいる。

尾道の人の中には、或いは小豆島の人の中には、湘南にいきたいなぁ・・・と思っていらっしゃる方もきっといるだろう。
そうであれば、僕は先ずは地元をもっと愛さなければいけないな。

湘南には良い景色がたくさんある。
だから湘南を再発見しよう。

稲村ケ崎の、きっと多くの日本人が知っている光景にも、僕は好きな時に、すぐに、逢いに行くことが出来る。

贅沢なことだと思う。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-12 21:06 | | Comments(0)
2016年 11月 05日

青春の光と影

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青春の光と影」、という名曲があった。
ジョニー・ミッチェルがつくり、ジュディ・コリンズが歌って大ヒットした。
1967年である。

今日この写真を写しながら、その「青春の光と影」のメロディが頭の中に流れていた。
しかし1967年と言えば、僕が「つばなれ」をした頃であり、もちろん英語の意味など知らなかった。
帰ってきて改めて集合知で歌詞の意味を確認したら、これがまた想像もしていなかった内省的な歌詞なのであった。




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原題は"Both Sides Now" といい、その内容は・・・
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これまで私は雲を下からしか見上げていなくて、雲を見るたびに、風に流れる天使の髪とかアイスクリームのお城のようだわ、と思っていたの。
でも今、私は知ったの。
雲って、太陽の光を遮ったり雨や雪を私たちに降らせることを。
そう、雲は私たちの邪魔をするのよ。
だからこれから、私は雲を上からと下から、両方の側から見るわ。("Both Sides Now")
でも何故か思い浮かぶのは以前の優しかった雲のイメージばかり。
判ったつもりでも、結局私は雲のことなど全く判っていないのね。
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なんとまあ内省的で哲学的であることか。
また邦題を作った人は歌詞の内容を吟味して考えたんだろうけど、「青春の光と影」って、言い得て妙だと物凄く感心した。




波打ち際で無心に戯れる少女たちよ、そのうち、"Both Sides" を見ざるを得ない "Now" がやって来ることだろう。
その時までは、可能な限り純粋無垢な心を養っておくれ。
「光」に共感する純な心は、やがて訪れる「影」に対する強い盾にきっとなるから。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-05 20:43 | Mic記 | Comments(0)
2016年 11月 03日

結婚記念日

結婚記念日。
今日、11月3日。
・・・両親の、である。

さっき、夕餉を終えた母がリンゴを手に持ち、何気なく言い出した。
「今日はね、ヘルパーさんに、いいリンゴを買ってきてちょうだいって頼んだんだよ」
「何で?って訊くからさ、今日はね、結婚記念日なのって答えたの」
「そしたらさ、へぇ~、よく覚えているね!って感心されちゃった」

言いながら、仏壇から下ろしたその真っ赤な大玉のリンゴを、母は宝物の様に大事に冷蔵庫に仕舞った。

明日、60年間を振り返りながら、仏壇の中の親父と一緒に心置きなく召し上がってください。
貴女の60年前のその日は、貴女自身の人生を決めた、ものすごく大事な日であったのですから。
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11月3日、今日の夕映え。
X-T1

# by libra-mikio | 2016-11-03 20:27 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 31日

絵のような海

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長いこと写真を撮っていると、不思議な仕上がりに出くわすことがある。

以前、夕暮れの公園で水飲み場の写真を撮った時に、全く意図しなかった光の輪が写ったことがあった。
なぜそのようになったのか、未だに答えは出ていない。

日曜日、片瀬の東浜から沖をゆくヨットを撮ったら、全く水彩画の様に仕上がった。
風もなくうねりもない日だったから、海面が平板に映るのはまだ理解できるが、ここまで水彩画というか、写真らしくない写真に仕上がった理由は判らない。

ただ、僕としては気に入った。
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X-T1

# by libra-mikio | 2016-10-31 22:19 | | Comments(0)
2016年 10月 25日

秋のネコ

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このところ、仕事が少しハードだ。精神的にも、その結果、肉体的にも。
で、日曜日。心の洗濯に出た。

僕は最近、自分がネコ好きになってきたような気がしている。
以前はそんなこと思ったこともないのに。

小さい頃から、ネコよりはイヌが好きだった。
でも先日、家の近所でちっこい子猫(当たり前か(笑))を見たら、なんとまあ可愛く感じたことか!
純粋に可愛いの。
ということで、僕にしては珍しくネコの写真をアップするのだ。

これは紛れもなくキャットアイランド、江の島のネコである。
とは言っても、参道のミヤゲ物屋のネコであるが。
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# by libra-mikio | 2016-10-25 22:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 15日

寅さん

僕は寅さんが大好きだ。
日本人なら、きっと誰でも寅さんが大好きだ。
寅そのものも好きだが、その映画に込められた優しさが大好きだ。

前から行こうと思っていた柴又に、今日、ふらっと行ってきた。
良かった。

帝釈天から少し歩くと、寅さん記念館がある。




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あの「とらや」のお茶の間に家族の団欒が流れている。
画面の家族の笑顔にほっこりする。




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タコ社長の朝日印刷所では社長と博さんが一生懸命に働いている。




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寅は心を入れ替えてとらやの店番するが、やっぱり勤まらない。




すったもんだの挙句、寅は柴又を去らざるを得なくなるわけだが、さくらはどうしたって悲しい。
お兄ちゃん、どうしても行っちゃうの?
おいちゃんだって、おばちゃんだって、もう怒ってはいやしないわ・・・
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さくらの、いや、倍賞千恵子の涙は、きっと映画館で見ていた全員の共感を得、みんなが一緒に涙したことだろう。
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映画にはなかったが、記念館には、伝言板が掛かっていた。
お兄ちゃんはさくらに、ちゃんと想いを残していた・・・


今日、柴又に行ってよかった。
心が、ほぐれた。

# by libra-mikio | 2016-10-15 22:50 | | Comments(0)
2016年 10月 13日

秋に似合う色

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秋には紫が似合う。
その色調は決して浮薄ではない。ましてや権勢を表す意図など微塵もない。
むしろ慎ましやかに、気付けば、居るような。
主張せず、しかしその存在は重厚・・・
そんな紫が、秋にはよく似合う。

古寺の境内を歩けば、苔むす石垣の脇に小紫の実が華奢な茎に自重を預け、揺れるともなく揺れていた。
紫式部もよく似た実をつけるが、小紫の小さなまとまり、質素感は好ましい。
そしてその紫色は天然のものとは思えないほど奥が深い。




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更に歩みを進めると、秋明菊の一叢に出逢った。
花々の背丈は思いのほか高く、小紫の実とは多少趣を異にし、ここにいるよ、との主張を感じた。
しかし考えてみれば当然なのだろう。
小紫は既に結実しているのであり、秋明菊はこれからなのである。
受粉のためのキューピッドを誘わなければならないのだ。

それにしても、その紫色は落ち着いている。
もしかすると、今の季節に花々を訪う虫たちは、酸いも甘いも噛み分けた、通人たちなのかもしれぬ。




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東慶寺にて。

# by libra-mikio | 2016-10-13 21:20 | 季節 | Comments(0)
2016年 10月 10日

仏教について

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ここ数年、仏教に関心がある。
お坊さんではないので、まだまだ駆け出し以下のたわごと程度、いや、それすら理解してはいない。
しかし、今、明らかに言えることは、本来の仏教は宗教ではない、ということだ。
その意味では、仏教という言葉が不適切なのだと考えている。
代替案としては、仏法、か。

仏法の基本は輪廻を断ち切り、解脱し、涅槃に入ることを目的とする。
大変なことである。
そして、その考え方の真髄は、広く人口に膾炙している般若心経である。

何年も模索しながら、今、ようやく出会えた本は、ダライ・ラマ14世が語る般若心経である。

般若心経が言うところは一つ。
一切は空である。
空を体得できた時、悟りが訪れ、解脱が出来、輪廻のくびきから解放され、涅槃に至る。
それはそれは何という素晴らしいことか!

般若波羅密多。サンスクリット語の漢語への音訳である。漢字に意味は(特に)ない。
涅槃それ自体がニルヴァナというサンスクリットの音訳である。
般若=プラジニヤ⇒智慧、叡智、知識、知性。
波羅密多=パラミッタ⇒超越する、(悟りという)対岸へ行く。
即ち、般若波羅密多とは、悟りを開いて解脱するための(完全なる)叡智(の実践)である。

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しばらくぶりに訪れた東慶寺の本堂に、「波羅密」の扁額が掛かっているのを発見し、感動を覚えた。
路傍には、秋の草の実が、人間世界とは無関係な摂理により、色付き始めていた。
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# by libra-mikio | 2016-10-10 21:16 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 09日

秋薔薇

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自然界の生命は巡り来る季節を確実に捉え、ためらうことなく行うべきことを行う。
秋の薔薇もその一つであり、五月ほど一斉に咲きほころぶ訳ではないが、一株ごとに自分の判断を天に謳い上げ、気付けばそこかしこで咲き揃って来る。

あすの朝は雨になることが判っていた金曜日の晩、バッテリーの充電を怠らず、目覚めたらすぐに薔薇を撮りに行こうと決めていた。
雨滴を纏った秋薔薇を撮りたかったのだ。

考えてみれば、何度も何度も同じテーマを繰り返し撮っている。
しかし、自然の美は、打ち寄せる波に一つとして同じものが無い様に、いつも新鮮な驚きを僕にもたらしてくれる。
僕は謙虚に、それを受け止めるだけである。
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EOS7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

# by libra-mikio | 2016-10-09 22:18 | | Comments(0)
2016年 10月 03日

893よりカタギ

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唐突ではあるが、今宵、その辺のヤクザより、筋を通したカタギの方が強いことを知った。

そして今夜の僕は気分がいい。閻魔さまもビックリだろう。

# by libra-mikio | 2016-10-03 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 02日

木犀、そして明月院

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北鎌倉は濃厚な木犀の香気に満ちていた。
そう、芳醇という語感を超えて濃厚であり、大袈裟に言えば木犀の創り出す大気の中を泳いでいるようだった。
そして、とある家の庭先では金木犀と銀木犀が仲良く成長し、香りの二重唱をフォルテッシモで歌い上げていた。




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明月院に立ち寄った。
紫陽殿と呼ばれる本堂では茶を振舞うが、朝早いこともありまだ人は上がっておらず、奥の深い畳の向こうに満月を見ることが出来た。
もみじが進めばまた格別な光景となることだろう。




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山門には、竹筒に秋の実などが活けられていた。
あでやかというものではなく、京好み、利休好みというものでもなく、いかにも鎌倉的な、禅と武辺の中から生まれた美意識の身近さを感じた。

今日は善い一日である。

# by libra-mikio | 2016-10-02 21:43 | 季節 | Comments(0)
2016年 09月 29日

赤蕎麦

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蕎麦の花は純白で小さくて、群がって咲く。
しかしここに、可憐なピンクをまとう蕎麦がある。
高嶺ルピーという。
信州大学の氏原先生が生前、ヒマラヤから持って帰ったものを伊那谷に根付かせたとのこと。

かつて一度だけ、赤蕎麦の蕎麦(変な言い方だが仕方がない)を食べたことがあるが、特に美味しかったという覚えはない。

しかし、伊那谷の河岸段丘を上り、畑も終わる中央アルプスの麓の小広い高原が一面にピンクに染まっている様子は、或る種不思議であり一見の価値がある。
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この時期、地元の蕎麦屋ではもちろん赤蕎麦を提供する。
しかし僕は踵を返し、伊那のとよばらのローメンを食べに行ってしまった(笑)

# by libra-mikio | 2016-09-29 22:12 | | Comments(0)
2016年 09月 25日

9月の旅

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金曜日に有給休暇を取り、前後の休日を使い2泊3日で季節の狭間の信州を駆け抜けて来た。
いつもの出来心だが、今回は大学院2年の長男が同行した。
彼は既にプラント企業に内定しており、入社すれば海外プロジェクトに配属されることは必定。
故に、彼の中でもある種の感傷があったのかもしれぬ。




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目的地は決めるがルートは自由だ。標識に「旧道」とあれば自然にハンドルを切る。そんな僕流の旅も、彼は受け入れた。
R141から離れた清里の近くでは霧にまかれ、小海線の線路も夢幻になる。
僕はX-T1、彼はEOSで同じ被写体を狙う。
しかし僕は彼の作品をモニター画面で見ることはしない。
24歳の彼には既に彼自身の世界がある筈で、それを評論するのは意味のないことだ。




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旅をしながら、彼を無言館に連れていくことに決めた。
美校から戦地に散った方々の享年と、彼の年齢がほぼ同じことに気付いたからである。
最小限の説明、つまり「ここには戦没画学生の作品がある」ということだけを伝え、無言館に入った。


その夜、宿の一室で酒を酌み交わしながらとりとめのない話をしたが、彼がこう言ったことを覚えている。
「俺は、知覧に行こうと思うんだ」、と。

# by libra-mikio | 2016-09-25 21:08 | | Comments(0)
2016年 09月 19日

告白

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(この写真は、ついこの間も使ったね、という方がいらっしゃると思うが、本日新たに円覚寺を訪うて撮ったものである)
(つまり、僕はこの方が好きなったのである)

今朝、未明から起き出し、まずは日々に追われて出来ていなかった仕事を家で片づけた。6時間近く掛かった。

やりおおせたのち、鎌倉に行った。実は昨日から行きたかった。
北鎌倉は心理的には遠いが、実際は、僕の家から円覚寺まで、door to door でなんと40分未満であった。

円覚寺は小雨に煙り、珍しく観光客が居なかった。
仏殿に入り、ご本尊の宝冠釈迦如来坐像に向き合うと、一切の音が消えた。
嘘ではない。
山門下を通る横須賀線の音も全くなく、あとから訪れる参拝客も咳き一つせず、皆静かに釈迦如来像を見上げ、時折聞こえるのは遠くの烏と鳶の声だけであった。

何だろう。ふと涙が出てきた。
有難い、という気持であったか。或るいは包まれる、という気持であったか。
確かに僕は泣いた。





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その後、浄智寺に足を延ばした。
曇華殿にも観光客は居なかった。
曇華殿には、浄智寺のご本尊である如来様たち、即ち向かって左から、阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来が鎮座ましまし、過去、現在、未来の時を体現なさっているという。





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15世紀半ばごろに再興された仏像であるとのことだが、それでも既に600年近く人間世界を見据えて来られた訳だ。
供えられた花の香であろうか、仏殿の内部は得も言われぬ甘く切ない香りに満ちていた。

・・・そしてこれからが本日の告白である。
この写真を撮っているとき、左手の甲にかそけき痛痒を感じた。
何事ならんと眼をやれば、黒々としたデカい蚊がまさに僕の血をディナーとせんと妙に落ち着いてとまっていた。

瞬間、そこには、命の尊さに想いを馳せる僕と、反射的に叩き潰そうという僕がいた。
オー、マイ、ガッ!
どうする、どうする、どうする!

で、なんと僕の手は、瞬時に彼を叩き潰していた。
如来様たちのおん目の前で!

今日の告白である。

# by libra-mikio | 2016-09-19 21:10 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 18日

ハイコンテクスト、ローコンテクスト

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ハイコンテクスト文化
・直接的に表現することは無粋であり、間接的な表現や逆に凝った描写を好む
・曖昧な表現でも通じ合える
・多くを話さない。「俺の目を見ろ、何にも言うな」
ローコンテクスト文化
・直接的で説明を尽くすロジカルな表現を好む
・言語に対し高い価値と積極的な姿勢を求める。要するに「勘」がない
・寡黙であることを評価しない。「君の目を見ても、何を考えているのか判らない」

或る調査によれば、日本はハイ・コン度合いがあらゆる民族の中でトップであり、ロー・コンのトップはドイツ系アメリカ人であったという。

これは宗教観にも当て嵌まるのではないか。
我々は言わずもがなの多神教であり、八百万の神の存在を極当たり前に感得する。
欧米では一神教が自然に受け入れられ、しかもその神とは契約によって結ばれる。

・・・であった。過去形。

そう、近年、このようには単純化されなくなった。
ZENに憧れる欧米人が増え、ちゃんと教えないと何も身に着かない日本の若者が増えた。
禅、能などは究極のハイ・コンであろう。
一方キャリアパスを示さないと路頭に迷う日本の若者ってロー・コン過ぎないか。(あくまで私見)

そんなことを考えると、彼岸花一つ撮るにしても、注意が必要である。
上は、ハイコンテクストな撮り方。
下は、ローコンテクストな撮り方。
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ハイ・コンの方がいいに決まっている、と僕は思う。
X-T1

# by libra-mikio | 2016-09-18 19:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 17日

ZENとジェラシー

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僕は日本、つまり自分の国のことを余りにも知らない。
今、ANAで配布されている「翼の王国」には、浦江由美子さんというライターの「みんなのZEN」というエッセイが掲載されている。
・・・近頃はZENがただの神秘主義としてではなく、ヨーロッパの知的階級には生活感にまで浸透している
・・・オランダの物理学者の一人は白隠や仙厓を含む禅画を収集し「蛙庵」と名付け500点以上コレクションしている
・・・ベルリンの或るコスチュームデザイナーは寝室の一画に座布団を敷き、座禅は彼の日常となっている



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そして彼女はこう書く。
『2年前にドイツのファッション誌チームと京都の実相院をモデル撮影で訪れた時、初来日のエディターのKが撮影の合間、鹿威しをiPhoneで撮影していた。動画はスローモーションで再生され、水の流れや粒が強調されていた。「これってZENでしょ」と言われた瞬間、私はあまりの素晴らしさに、なぜかジェラシーさえ感じてしまった』

判るなぁ、このジェラシー!
本来、日本人である我々がそれを認識していなければならないのにもかかわらず、初めて日本にやって来たドイツ人の方が意識が高い!



円覚寺の本尊、宝冠釈迦如来も、「・・・だろ?」と、僕を横目で睨む。
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X30

# by libra-mikio | 2016-09-17 22:02 | Mic記 | Comments(0)
2016年 09月 14日

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月曜日の朝イチから広島市内での仕事があった。そのため前泊で広島に入った。
以前に原爆ドームは訪れていたので、今回は呉に行った。大和ミュージアムだ。
大和は、やはり日本人にとり特別な船だ。



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以前ある広告代理店の人から聞いた話だ。
旧海軍の軍人たちが集まる会合で風采の上がらない老人がいた。
皆、自己紹介で、自分は〇〇に乗り組んでいた、という流れの中、私語も増えてきた頃、その老人の番になった。
「自分は水兵でありましたが、大和に乗艦しておりました」と語った瞬間、私語が止み、誰からともなく立ち上がり、誰からともなく老人に敬礼をしたという。



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大和。
しかし、既に航空戦力の拡充が優位性を持つという世界的な認識が定着する中で、敢えて大艦巨砲主義に拘泥して造られた船。
海軍は(勿論陸軍も)制服組とは別に海軍省という背広組を持つ。
背広組、つまり官僚。石頭の役人が、航空機ではなく艦船に固執した、と言われている。
挙句に、大和たちによる沖縄近海への水上特攻。
・・・



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なにか満たされない気持ちで大和ミュージアムを後にし、夕暮れの呉の町を歩いた。
ほどなく、レンガ造りの建物に出逢った。
海上自衛隊呉地方総監部。
しかしその佇まいは、旧日本海軍呉鎮守府、そのものであった。

# by libra-mikio | 2016-09-14 23:01 | | Comments(0)
2016年 09月 10日

夕暮れ時は淋しそう

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さっき、クルマのラジオから、NSPの「夕暮れ時は淋しそう」が流れた。

海もそろそろ、そんな季節である。
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Canon EOS 7D

# by libra-mikio | 2016-09-10 22:05 | 季節 | Comments(0)
2016年 09月 07日

”アイリス”の瞳の青

映画「タクシードライバー」のことは何度も書いている。
それだけ凄い映画だった、ということだろう。少なくとも僕にとって。
1976年、監督はマーティン・スコセッシ。ロバート・デ・ニーロと、ほんの少女であった、あのジョディ・フォスター。

13歳のアイリス(ジョディ・フォスター)の瞳の青が忘れられない。
リコリス・スプレンゲリーを、そんなイメージで撮ってみた。
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「タクシードライバー」

# by libra-mikio | 2016-09-07 23:04 | | Comments(0)
2016年 09月 06日

君の名は 

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名前って面白い。
いつか、フランス語の講義を受けた時その独自の記号の名前を、アクサン・シルコンフレクスと教わった。
なにかこう、フランスに連綿と続く豪農のような人格を想起させる。
アクサン・テギュがアクサン家の当代の家長で、アクサン・グラーヴは大叔父にあたる。
・・・ん?、姓と名が逆か(笑)

ムスクルス・ステルノクライドマストイデウスというのは、ドイツの音楽家なのだろうが、一体いつの時代の?、と思いきや、胸鎖乳突筋という首の両側を上下に走る太い筋肉のドイツ名だそうだ。

ところで、リコリス・スプレンゲリーちゃんである。
どこの国のお嬢さんだろう。
スプレンゲリーというのは少なくともラテンでもゲルマンでもないな。
ケルト系か。
しかし、1st nameのリコリスはどうだ。
なんとなくギリシアっぽいな、つまりヘレニック系か。
ミッコノース! リッコリース!
・・・

ミズ・リコリス・スプレンゲリー。
朱鷺色のドレスにブルーのシルクを合わせ、夏の終わりに忽然と現れる君。
君の名は、その名前だけで、既に僕を虜にしている。
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# by libra-mikio | 2016-09-06 21:56 | | Comments(0)
2016年 08月 28日

早朝ロコ

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湘南のロコは朝が早い。
6時前にはみんな活動している。
波乗りばかりではなく、犬の散歩の人、ランニングの人、ビーチバレーの人・・・
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老いも若きも、男も女も、みんな元気だ。
朝日を浴びて、海を思う存分楽しんでいる。
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# by libra-mikio | 2016-08-28 19:55 | | Comments(0)
2016年 08月 27日

コオニユリの誘惑

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僕を誘惑する花たちはたくさんいる。
香りで悩ませたり、妖艶な衣装で気を惹いたり、或いは純朴な気品で誘うともなくモーションを掛けたりする。

コオニユリはどうだろう。
彼女は純朴だが誰にも負けない芯の強さを持ち、富や名声に惑わされず、自分が大事にしたい、そしてきっと自分を大事にしてくれる人しか相手にしない・・・
そんなイメージがある。
そしてきれいだ。
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8月の箱根を歩き、仙石原の、太古に由来を求める湿地性の草原で、僕はこのコオニユリと出逢った。

本稿の初めに、花たちが僕を誘惑するのだ、と書いたが、それは僕のプライドが書かせたのであり、この時は僕の方から彼女に惚れたのだ。
草原にあまたいる美女たちの中に、彼女は僕のことなど全く頓着せず、天上のプレアデスの娘たちが無心に踊り続けるが如く、対価を求めぬ笑顔を振りまいていた。
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そんな彼女を認めた僕は、なんとかして彼女を僕に振り向かせたいと切望した。
どうしたらいい?
声を掛けるしかないだろう。

体面を損なわぬよう、しかし確実に僕の想いが伝わるよう、高原で独り芝居を打ちながら僕は彼女に近づいた。

するとどうだ!
彼女は僕の恋心を知ってか知らずか、既にアゲハの求愛を受けていた。
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# by libra-mikio | 2016-08-27 18:43 | 高原 | Comments(0)
2016年 08月 21日

夏の中締

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気が付けば8月も20日を過ぎ、オリンピックも終わりを迎える。
(オリンピック。結構感動している。世界の、若人のみんな、偉いね。ありがとね)



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海も若い息吹に満ちている。
若さって素晴らしいのだなと、この頃とみに考える。



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夏は暑いけど、楽しいことが多いな。
自由ということ。
夏のキーワードは自由ということ。
自由という言葉ほど、僕が好きな言葉はない。

# by libra-mikio | 2016-08-21 21:44 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 16日

海 朝 珈琲

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朝、5時過ぎに起きて、珈琲を淹れ、マグカップに蓋をして海に持って行く。
今朝は久し振りに朝からよく晴れ、海は空を映して青かった。

一杯の珈琲を飲みながら、朝の海を眺める。
なかなか、至福である。
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# by libra-mikio | 2016-08-16 07:12 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 13日

放哉 Aug. 13, 2016


海 の あ け く れ の な ん に も な い 部 屋   放哉

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海の家は、当たり前だが、海にある。

海の家ほど、海の明け暮れと一体化したものはない。

そして、たとえ湘南であっても早朝には人影もまばらで、良い意味でのempty感がある。

あと数時間すれば都会からやって来る老若男女の解放された笑い声に満たされる。

それを待って佇むempty room.

その空間自体がワクワクしているような・・・。これってTAOかな?

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# by libra-mikio | 2016-08-13 13:37 | 放哉 | Comments(0)
2016年 08月 11日

天王寺のほろ苦い想い出

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大阪三部作は今日で終了。今日は天王寺。
この写真は今から10年前の2006年に撮ったものだ。

実はこの「もり多」さんにも深い思い入れがある。
更に遡ること20余年、1980年代に天王寺のこの店にもよく通った。
この店で、或る時はケンカをして地回りに殴られ、或る時は終電に間に合わずおかあさんからタクシー代を借り、或る時は酔い過ぎて帰ることもままならず二階の家族の居宅に泊めてもらった。
青春の恥をすべてさらけ出したお店だ。

おかあさんはころころと小太りで明るく、日本人だったと思うが、ご主人は見るからに在日さんで、痩せていてほとんど口を利かなかった。
ただ、このご主人が作ってくれた焼きそばはニンニクが効いていて、本当に美味しかった。
店はいつも繁盛していて客が途絶えることがなかった。

冒頭に2006年に撮った写真だと書いたが、この時は夜に和歌山に行く用事があり、残念ながら昼にしか行けず、当然の様に店は開いていなかった。
その時は隣の立ち食い蕎麦屋で「もり多」さんの様子を聞いたが、オバちゃん曰く、2-3年前にご主人は病気で亡くなった、今は奥さんと娘さんで切り盛りしてはる、とのことであった。
おぼろな記憶をたどれば、そういえば、二階に泊めてもらったとき小さな女の子がいたような気がした。

そして今回、2016年の大阪行では絶対にこの店で酒を飲もうと思っていた。

天王寺に着いて驚いた。
ちんちん電車(阪堺線)はかろうじて健在であったが、駅の周辺は全くと言っていいほど様変わりし、「もり多」の痕跡は跡形もなかった。
「もり多」だけではなく、近所にあった、一生懸命に自腹で通ったECC天王寺校もなかった。一切合切消滅していた。
もっと早く再訪していれば、おかあさんに当時のお礼が言えたのに。
悔やまれる。
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今思い出したが、昨夜書いた「翼の折れたエンジェル」先輩との間では、この「もり多」を「阿倍野ガーデン」と呼んでいたなぁ。
他にも、仏蘭西=パブとか、ポルタマリ=初めてホレス・シルバーのソング・フォー・マイ・ファーザーをリクエストしたジャズバーなんかがあったなぁ。

遠いことだ。

# by libra-mikio | 2016-08-11 20:30 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 10日

ミッテラカイカン

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1981年。僕が大阪に赴任した年だ。
おそらくその年の年末には、ミナミの青い灯赤い灯に親しんでいた。
ミッテラカイカン。三ッ寺会館。
ここにしばらく通った。

アンジェリカという名前のスナックだったと思う。
ママは日本人離れした風貌の持ち主で、僕らは密かに「タイのおばば」と呼んでいた。
通うほどに意気投合し、いつしかカウンターの中で洗い物をするくらいになった。・・・客なのに。

この頃流行っていた曲で、僕はよく、あみんの「待つわ」を歌い、そして先輩は中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」を歌った。

もう35年くらい昔の話だ。
しかし、だ。
その三ッ寺会館が2016年の夏に、まだしっかりと残っていたのだ!
さすがにアンジェリカの看板はなかったが。

「タイのおばば」は元気か? もうこの世にいないか?

Thirteen ふたりは出逢い
Fourteen 幼い心かたむけて 
あいつにあずけた Fifteen
Sixteen 初めてのKiss
Seventeen 初めての朝
少しずつ ため息おぼえた Eighteen

先輩の歌声が聴こえてくるような気がする。
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# by libra-mikio | 2016-08-10 23:47 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 09日

OSAKA CRAZY NIGHT

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2016/08/08、午後9時過ぎ。
大阪、頓堀、トンボリ。

なんなんだ、この喧噪は。
写っているほとんどの人は外国人。

夜になってもさめぬ熱気。
確かに気温は30度を遥かに超えている。
しかし気温のせいばかりではない。

僕が12年以上過ごし、愛した大阪とは異なっていた。
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# by libra-mikio | 2016-08-09 22:49 | Mic記 | Comments(0)
2016年 08月 07日

RESCUEがいる朝

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もう10年以上前になるか、日本で初めて海のrescueの民間会社を立ち上げた人に出会った。
彼は燃えていた。
あまり燃えすぎて、ある台風の日、自らこんな強風の中でウィンドで海に出るとどうなるかを実験した。
その結果、彼自身が海上保安庁や警察の捜索対象となった。

茅ヶ崎あたりから海に出て、伊豆に流され、しかし自力で生還したそうな。
もちろん保安庁から大目玉を喰らったそうな。

いただけない武勇伝ではあるが、それだけ生に執着のあるヤツだった。
そういう奴が海のレジャーを見守ってくれていることは、僕としては心強い。
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# by libra-mikio | 2016-08-07 22:39 | | Comments(0)
2016年 08月 06日

黙祷

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今朝、8時15分。
黙祷を捧げた

Seventy-one yeras ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. (from Barack Obama’sspeech on May 27,2016)

Seventy-one yeras ago・・・only seventy-one yeras ago.
そして奇しくもRIOの開会式と重なった。

今、本当に有難いことに、僕たちは平和に暮らすことが出来ている。
亡くなった方々のお陰である、というのは短絡に過ぎるとは思うが、僕は心の何処かでそう思っている、

だからと言って現在の平和を居心地悪く思う必要は無い。
有難く享受し、しかし、何万人という尊い犠牲に対し、心の底から、感謝と哀悼の気持ちを持ち続ければいい。
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# by libra-mikio | 2016-08-06 21:53 | Mic記 | Comments(0)