Mickey's world

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2017年 04月 05日

純愛レンズ

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ヒトに人格があるように、クルマに車格があるように、レンズにはレンズ格がある。
Canon EF24-70mm F2.8L・・・この写真のレンズ。
ね、風格あるでしょ(笑)

アタシはこのレンズが大好きで、その昔ずいぶんと使ったものだ。
カメラ道楽の道を邁進していた折り、フィルムEOS-1vにくっ付けて、重いのも何のその、野に山に飛び回っていたものだ。
そのうちにボディが、デジタルEOS20D、30D、40Dと変遷しても相棒としてこのレンズはいつもくっついていた。

しかしある時、お、重い!と感じ、ついにドナドナしちゃって、EF-S 17-55mm F2.8 ISに変えちゃったのである。
忘れもしない、2008年3月のことだ。(拙ブログ、2008/3/22をご覧あれ。あれ?アタシはこの日に2回ブログをアップしているぞ?)

そしていつの間にか、そのEF-S 17-55mmも、EF24-105mm F4 IS Lに取って代わられた。
ボディもいつしかEOS 7Dに代わっていた。

しかし今般、とあることから、昔の純愛レンズにどうしても会いたくなり、この土曜日にセコハンを物色して、また彼女は僕の下に戻ってきた。
そして、今はおそらく彼女とは一番相性が良いと思われる、アタシにとっての遅咲きのニューカマーEOS 5Dにくっついたのである。

このふた昔前の純愛レンズと、ひと昔前の実直ボディで、アタシはコトシいろんなところに行って、いろんな写真を撮るんだ~い!


# by libra-mikio | 2017-04-05 21:19 | | Comments(0)
2017年 04月 02日

新しい4月

3月が終わった。
2008年にスタートした総務系の業務も終了した。4月からは内部監査に就く。
思えば永い10年間だった。様々なことがあった。あり過ぎた。
でも、終わった。そして心機一転、4月が始まる。





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気分転換にしばらく行っていなかった甲州方面に出掛けた。
寒の戻りというには強烈な寒波であったが、案の定、御殿場から山中湖に抜ける籠坂峠はすっかり雪景色であった。






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河口湖に着いたときは、すでに高層雲が広がり、雪白の富士と空との区別が難しくなっていた。
しかし僕はこういう富士も好きだ。
雲の白と富士の白はやはり違い、却って青空に屹立する富士よりも繊細でしっとりとしている。






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甲府盆地に降りたら、小山城址の桜も、桃源郷の桃もまだ蕾の状態であった。
でもね、栽培品種ではなく野生化したと思われる白桃は盛んであった。
約束通り、お爺さんが犬を連れて散歩をしていた。
なんだか、ずいぶん前の僕に戻ったような気がして、じんわりと嬉しかった。

EOS5D + EF24-70F2.8L



# by libra-mikio | 2017-04-02 19:58 | | Comments(0)
2017年 03月 30日

ためらう春

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3月も終わろうとしているのに、今年の春は何をためらっているのだろう。

いつものように明るい笑みを振りまけばいいのに。

花だって、咲いては見たものの、どこかおずおずしている。

春は、僕などの思いもよらぬ悠久の something からの使いだろう?

そして僕は、春の笑顔を見ることで自分の憂さをようやく晴らすことができるというのに・・・

自らの気分にがんじがらめになるのは僕だけでたくさんだ。
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EOS5D




# by libra-mikio | 2017-03-30 22:26 | 季節 | Comments(0)
2017年 03月 26日

不如帰

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正月に国木田独歩の残り香に惹かれ逗子を歩き、ふと徳富蘆花につながった話を書いた。
その際、蘆花の「自然と人生」を新たに入手した訳だが、しばらくうっちゃるうちに、これまたふと「不如帰(ほととぎす)」を手にした。
しばらく読まずにおいたが、先週、仕事上の気分がひと段落したせいか、何気なく電車で読み始めた。
そしたらどうだ! なんて面白いんだろう!
皆さんはもう既読かもしれぬが、あら筋を書けば次のようだ。

時は日清戦争の前夜、薩摩閥の退役陸軍中将子爵、片岡毅の長女浪子、歳は十八九、同じく薩摩閥の海軍少将男爵、川島武夫、歳は二十三四、両者は良縁にて結ばれる。
浪子は生母に死に別れ継母に育てられたが、「色白の細面、眉の間(あわい)ややせまりて、頬のあたりの肉寒げなるが、(中略)すらりとしおらしき人品(ひとがら)。これや北風に一輪頸き(つよき)を誇る梅花にあらず、(中略)夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき夫人。」である。
因みに、この片岡子爵のモデルは大山巌である。
また海軍少将川島武夫は実に凛とし、女ならず男も惚れる大丈夫である。
しかし武夫の母、お慶は一人息子を嫁に取られた淋しさもある中、浪子が肺の病を患うとこれ幸い、武夫が艦隊演習で外洋に赴くうちに、勝手に浪子を離縁してしまう。
そのあとすったもんだがある訳だが、ユジンとチュンサンもかくやと思われるすれ違いの中、最後まで二人の縁は戻らないのである。

そして浪子は臨終を迎える。
「ほのかなる笑は浪子の唇に上りしが、たちまち色なき頬のあたり紅をさし来たり、胸は浪うち、燃ゆばかり熱き涙はらはらと苦しき息をつき、『ああつらい!つらい!もうーーーもうーーー婦人(おんな)なんぞにーーー生まれはしませんよ。---あああ!」眉をあつめ胸をおさえて、浪子は身をもだえつ。」
「(浪子が気を許す、生母の妹の加藤伯爵夫人は)浪子の手を執り、『浪さん、何もわたしがうけ合った。安心してお母さんの所においで』かすかなる微咲(えみ)の唇に上るとみれば、見る見る瞼は閉じて、眠るがごとく息絶えぬ。さし入る月は青白き面を照らして、微咲はなお唇に浮かべり。されど浪子は永く眠れるなり。

読んでると、浪子が可哀そうで可哀そうで、泣けるんだなぁ、これが。
このストーリーは絶対に映像化できると思って調べたら、もうとっくに、宝塚でも新派でも、何十回となく上演されていました。

そして、僕は改めて昨日、逗子の郷土資料館に徳富蘆花の匂いを嗅ぎに行ったのだ。
すると、岩波文庫のカバーや口絵になっている、黒田清輝の浪子の画に逢うことが出来た。
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# by libra-mikio | 2017-03-26 21:32 | Mic記 | Comments(0)
2017年 03月 21日

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数日、伊豆の周縁を走り回っていた。
リアス?の海は、山がすぐに水面に落ちる。
それはそれで趣もあるが、湘南に生まれた身には、やはり砂浜に打ち寄せる波が必要だ。

伊豆から帰り、改めてウチの前の海を見る。
心が和む。

渚はいい。
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# by libra-mikio | 2017-03-21 22:34 | | Comments(0)
2017年 03月 14日

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爽。

4月から爽やかになりたい。


# by libra-mikio | 2017-03-14 23:08 | Mic記 | Comments(0)
2017年 03月 12日

とても・・・とても恥ずかしい話

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この写真を見ると、思い出してしまう。とても、とぉっても、恥ずかしい話。

夜のフライトだった。地方空港のラウンジで飲んでいた。理性を失うような飲み方ではなかった。・・・筈だ。
しかし疲れがたまっていたのだろう。機体が滑走路に移動するタクシィングの最中に不覚にも僕は眠ったらしい。

僕の中ではもう離陸はとっくに終わっていた。
ところが突然のGを感じて目が覚めた。
するとなんとしたことか、ヒコーキは今、再び飛び上がろうとしているではないか!
うわっ!なんだこれは!僕が知らぬ間に機体に異変が起きて再度離陸をやり直している!
隣の見知らぬ爺さんに異変を大声で知らせた。
「大変だ、大変ですよ、旅客機がタッチアンドゴーをしている!」
しかしあろうことか、爺さんはケゲンソウにこちらを見るや、何事もなかったかのように視線を外した。さも迷惑そうに。
更に機内には緊迫感などミジンもない。
このあたりでなんとなく気付いた。今初めて飛ぶらしい。既に飛んでいたのは僕ひとりらしい・・・
離陸時の轟音で、僕の声が爺さんの耳には届かなかったらしいことが唯一の救いであった。

そしてまた深い眠りに落ちた僕は、激しい尿意で目が覚めた。トッ、トイレ。
夜のヒコーキに乗る時は、こんな場合に備えていつも通路側の席を取る。
離陸時の失態をイタク恥じていた僕は、今度はちゃんとベルト着用サインが消えていることを確認して、トイレに立った。
最後部のトイレまで歩いて行った僕は、スッチーの驚愕した目に迎えられた。
「お、お客様!当機は最終の着陸態勢に入っております!早くお席に!!!」
ひんむいた目玉と、腕で作る大きなバッテンの身振りで、彼女の叫びを心で聞いた。
「ひぇ~~~!、吹っ飛ぶ~~~!”!”!”」
慌てて席に戻った僕は、それでも改めてベルト着用サインを確認した。
・・・点灯していた。
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何とか生還した僕が、羽田からのリムジンで、ほっとしながら撮ったのがこの写真だ。
京浜工業地帯の灯りを見ると、今でも情けない気分になる(笑)
X-30


# by libra-mikio | 2017-03-12 22:14 | Mic記 | Comments(0)
2017年 03月 07日

ちっちゃな舌

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猫も杓子も最近はネコの写真を撮る。
きゃ~カワイイ、などと一向にその風潮が収まる気配がない。
岩合カメラマンなどもレッキとした「動物写真家」から、単なる「猫のおじさん」と化している。

かといって、ネコを撮ればウケるのか!などと言うのは野暮である。
しからばワタシも・・・

X30を持って自転車に乗っていたら、こんな奴がいた。
こいつ、ますむらひろし、まんまじゃん、なんて思っていたら、ちっちゃな舌を出した。
そしたら、ますむらひろしのくせに、けっこう可愛いんだわ。
思わず撮っちゃった。

茂吉の「のど赤き玄鳥」じゃないけど、その舌の薄桃色はけっこうヤバいインパクトがあるなぁ。
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X30


# by libra-mikio | 2017-03-07 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2017年 03月 04日

陽はまんまろ

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陽はまんまろ。
夕陽はまんまろ。

まんまろという表現は、尾崎放哉の句で初めて知った。
方言かもしれぬ。
しかしなんとも善い響きではないか。





かれらの気持ちも、きっとまんまろ。
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X-T1


# by libra-mikio | 2017-03-04 22:07 | | Comments(0)
2017年 03月 02日

憧れたもの

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小学校の5年生の頃だったろうか、ドロップハンドルのサイクリング車に無性に憧れた。
ツーリングなどという言葉を知ったのもその頃であった。

たしか少年サンデーに載っていた広告の、ブリジストンのサイクリング車のハンドルにはバッグが付き、前後の車輪の両側にもバッグが垂れていた。
もちろんライトがあり、更には後ろの泥除けにもテールランプが装着されていた。
そのテールランプの上部には白色レンズが組まれ、その光は乗っている人の背中を照らすように設計されていた。
キャッチコピーは「人間工学に基づいた・・・」というものだった。
そして10段変速だった。

素敵だ!
こんな自転車があればどこにでも行けるじゃないか!
だって、夜になっても走れるんだよ!

まさに夢であった。
幼い僕はそのページを切り取り、寝床の枕元に立て掛け、それこそ夢の中で走ることを願った。

欲しかった。
でも結局、夢は夢で終わった。






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先日早朝に通った旧い街道沿いに、古い自転車屋があった。
ちょうど朝日が射し始めていた。
通り過ぎる刹那、硝子戸の中にサイクリング車が見えた。
そして数百メートル行き過ぎてから、Uターンして、子供の頃の夢に改めて出逢った。
X-T1


# by libra-mikio | 2017-03-02 23:07 | Mic記 | Comments(0)
2017年 03月 01日

ルネ・ラリック 2

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この写真では判りづらいと思うが、雀たちはガラスの裏から彫られている。
まあ、彫ったのかモールディングに流し込んだのかは専門家ではないからはっきりはしない。

裏に作用して、表から見る。
この雀たちを見ていて、ふと天球儀を連想した。
読者諸兄は天球儀をご存じだろうか。

地球儀は地球の上から地球を見ることを前提に作られる。当たり前と言えば当たり前だ。
僕の身長は182センチだから、少なくとも地上2メーター弱の高さから地球を見ている。
地上1万メートルを飛ぶ飛行機も、2メーターの視点も、地球の外から地球を見ていることには変わりはない。
この視点が地球儀の視点だ。

一方天球儀は真逆である。
天球儀は、宇宙の外から天の星を見る様に作られているので、なじみ深いオリオンも、夏のサソリや北天の北斗七星も、すべて我々の知る姿の裏返しの絵が球上に描かれている。
ギリシャ神話から題材を取ったアトラスのスタチュ―も、なんとアトラスが全宇宙を重そうに肩に担いでいる。
そしてそこに描かれる星座は当然だがすべて裏返しだ。

これってかなり凄いんじゃなかろうか?
天を、宇宙を、鳥ではなく神の目で捉えるって、そんな捉え方をする人間が紀元前にいたことって、かなり凄いんじゃないだろうか?

・・・やぁ、また空想の旅に出てしまいました。単に裏彫りの雀がスタートだったのに(笑)




口直しに、香水のボトルのヘッドを一つ。
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これ、香水の瓶のフタです。
すごいね。
往年の永井豪の漫画みたい。デ・ビール!(笑)

X-T1


# by libra-mikio | 2017-03-01 22:43 | Mic記 | Comments(0)
2017年 02月 26日

ルネ・ラリック

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写真家の小瀧達郎さんはいまヴェネツィアに行っているらしいが、何日か前のブログでルネ・ラリックの「バッカスの巫女たち」を取り上げていた。
そんなことがあって、僕も急にラリックの工芸作品が見たくなった。
そんなことがあって、今日、箱根の某所にある某美術館の駐車場に、9時の開館前に僕は到着していた。

本物を見るってすごいことだと思う。
エミール・ガレにしろルネ・ラリックにしろ、彼らの作品って芸術と製品のあわいにいるのだろうが、やはり本物が放つオーラは厳然として、ある。






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七宝と彫金とガラスの、得も言われぬ統合。そして化学反応の後の味わい深い完成。
この作品は、20世紀初頭にフランスで急激に増加した女性喫煙者のための灰皿だと思うが、なんとも言えない面白味がある。
あふれ出る才能は、汲めども尽きぬ泉のようだったのであろう。






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ラリックの作品は、チョーカーだったり香水の瓶だったり、或いはブローチ、ペンダントなどが多いが、時にこのように用途不明ななまめかしいものもある。
きっと作りたかったんだね。
それにしてもどうしたらこのような造形が出来るのだろう。
女性像と言えば僕の中ですぐ出てくるのは荻原守衛の「デスペア」だが、ラリックのこの妖艶さは求めるべくもない。

X-T1



# by libra-mikio | 2017-02-26 22:58 | Mic記 | Comments(0)
2017年 02月 19日

富士と梅

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一昨日は泥酔した。
泥酔する理由があった。しかし単に心が弱いのだろう。
昨日は何と昼近くの11時に起き、心の湯治のため丹沢山麓のPH10.1の中川温泉・信玄館で一日を過ごした。
今日は復活して6時半に目覚めた。
目覚めは好調で、カーテンを開けながら、今日は富士を背景にした梅が見たいと思った。






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私小説作家の尾崎一雄は下曽我に眠っている。
僕はこれまで何度かその墓を訪れた。
ずいぶん前に「美しい墓地からの眺め」という彼の小説に因み、ブログもアップしているが、今日もそこに行きたくなった。
その、尾崎一雄の墓から少し行くと、本当に富士が良く見える。
野生の梅が薄紅と青白い花をつけ、これが自然なんだよと、僕に語りかける。
野生の梅はいいな。
早春の、飾りも衒いもない、素のままの自然。






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富士を白雲に置き換えてみた。
国木田独歩の「丘の白雲」ではないが、雲もまた流れ去り時もまた流れ去る。

雲水と呼ばれる僧たちがいるな。
雲水。
何と侘び寂びて、なんと深い呼び名であろうか!

白雲と紅梅。
流れる雲の美しさと富士。
そして昨日の中川温泉に加え、今日は箱根・宮城野の温泉に日帰り湯治をして、僕は明日の月曜日も全力で生きるのだ。


# by libra-mikio | 2017-02-19 20:19 | | Comments(0)
2017年 02月 18日

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道。みち。

僕は時折、道にすごくいとしさを感じる。
都会の大きな道路ではなく、隠れた鄙の、土地の人しか使わないような道に。






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道の起源をよく想う。
全ての道は、人々が通行するために開かれたのだろう。
初めはそれこそ獣が開拓したかもしれないが、そのうち人が使うようになったのだろう。
通行人の量が多ければ、それは大事な道ということになり、今の世で言う幹線道路になった。
一方、田舎の小さな道は、グローバルなニーズこそなかったが、ローカルでは大切なものとして扱われてきた。
その田舎の鄙びた道に、時々とてつもなく愛着を感じるのだ。たとえ初めて訪れたとしても。






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春まだ浅い里を歩く。
用水路でもあるであろう小川がある。
石垣が組んである。
電信柱がひとつ、ふたつ、と並んでいる。
そして梅が笑っている。
向こうからお爺さんでも歩いてこないかなぁ、と待っているのだが、一向に人の気配がない。
鄙である。


# by libra-mikio | 2017-02-18 23:36 | | Comments(0)
2017年 02月 12日

露 by みすゞ 

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誰にもいわずにおきましょう。

朝のお庭のすみっこで、
花がほろりと泣いたこと。

もしも噂がひろがって
蜂のお耳へはいったら、

わるいことでもしたように、
蜜をかえしに行くでしょう。
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詩 金子みすゞ、 X-T1、 クリスマスローズ


# by libra-mikio | 2017-02-12 21:12 | みすゞ | Comments(0)
2017年 02月 08日

Love, Love, Love!

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波打ち際を歩けば、素敵なものに出逢える。

薄紅に光る桜貝であったり、波で丸くなったビーチ・グラスであったり。

そして今日はLoveに出逢った。

それはLoveとしかたとえようのない光景であった。

小春日和とはいえ、如月の海は本来寒いのだが、彼等には寒いという言葉などない。

何といったって、Loveを周囲に振りまいているのだから。

見ている僕も、自然と笑みをこぼしながらレリーズ。

旧い洋楽が聴こえてくる。そう、Love, Love, Love・・・!
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X-T1


# by libra-mikio | 2017-02-08 22:33 | | Comments(0)
2017年 02月 06日

春二月、如月は光の中

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春二月、如月は光の中。
21歳の頃、部室の連絡帳に書いた言葉が蘇ってくる。

お気に入りの里山には美しい光景が広がる。
一瞬、この電信柱は何とかならないかとも思ったが、人々の営みがあってこその和みの風景なのだと思う。
季節を表現する時、人の存在は必要なのだろう。




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疎林の林床にも新しい命が芽生えている。
朝の低い太陽が、葉緑素を思い切り浮き上がらせた。
これからどんな花を咲かせるのか、見つめているうちに何だか嬉しくなってくる。




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これも以前書き、印刷物にもなったのだが、マンサクとは「まず咲く」が転訛したものだという。
まだ周囲は褐色の山野であるが、その中で一際目を引く明るい色でその存在を高らかに主張する。
しかもその姿はお茶目だ。

一週間後に同じ場所を訪れてみようか。
その時は既に、背景は柔らかな緑になっているかもしれない。

X-T1


# by libra-mikio | 2017-02-06 20:38 | 季節 | Comments(0)
2017年 01月 23日

ボブと密かに湯に浸かる

おいそれとは公言出来ぬことだが、さっきボブと風呂に入ってしまった。
結構気持ちが良かった。

先にボブに入ってもらった。
奴は初めこそじっとしていたが、僕が一緒に入る頃にはお湯の中で体をこねくりまわし、いろいろ動き回る。

あ、そこは・・・
と思う間もなく、僕の前面に触れそうになったり、そうかと思えばシュワシュワという意味不明の声を発しながら、今度は僕の背後に回ったりした。

ボブが汗臭いとイヤだな、と思っていたが杞憂で、案外和む柚子の香がする。

ボブ。
冬の夜は、ボブと入るお風呂が最高だよ。
ボブ。
いつまでもボブと一緒にお湯に浸かっていたいな。

ボブ・・・、
あ、正確な発音はバブね。
苗字は花王。
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我が、鵠沼海岸の家の古いお風呂です。
X30


# by libra-mikio | 2017-01-23 22:49 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 21日

新しい春 sanpo

寒い日が続いてはいるが、嬉しいことに、新しい春がやって来ている。
さすがに鶯はまだ囀ってはいないけれど、野の梅はほころんでいる。
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農道の脇にクルマを停め、あおじくの梅に駆け寄る。
ガードレールを跨ぎ、一段下の地面に降りる。
35ミリかな、28ミリかな?
よし、28ミリで寄って撮ろう。
太陽と青空を強調したいな。
そして、なんといってもこの晴れがましさを表現したいな。
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少し車を走らせたら、なんとも気の早い桜がもうデビューしかけている。
おいおい、大丈夫か?
これからまた寒くなるかもしれないよ。
君はダウンジャケットももっていないんだろう?
・・・彼、か、彼女、かは判らないけど、桜の蕾はなんとなく誇らしげに青空の中で胸を張っている。




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富士も雪煙を収めながら、四方のすべての命の芽吹きを、暖かく見守っているように感じた。
四季の有る国に生まれて、本当に幸せだと思う。

X-T1


# by libra-mikio | 2017-01-21 21:00 | 季節 | Comments(0)
2017年 01月 18日

危機管理能力

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今に始まったことではないが、いまを生きるには、各個が自らの危機管理能力を持たねばならぬ。
真面目な人にはこれが難しい。
不真面目でなければ、いや、世間の風潮において不真面目と目されることも抵抗感なく自らを守るために遂行できる気持ちを持たなければ、やっていけない。

・・・という、勝手な解釈の下、今日僕は午後休を取った。
さて、半日の自由を手にして何をするか。或いは何もしないか。

即決した結論は、温泉に直行することだった。
しかも我が家から小田急で一駅の、江の島アイランドスパ。

ここは一回2700円とexpensiveではあるが、たまにはいいじゃないか。
実際には50歳以上であれば、且つweekdayであれば2200円であることが判り、高齢者であることの恩恵にあずかる(笑)。

これは正解であった。
実に久し振りに「考えることの魔境」から多少なりとも解放された。

皆さんもチャンスがあれば是非お越しいただきたい。
ここはハダカのお風呂は当然だが、水着を纏って、温泉プールにも入ることが出来る。
温泉プールというネーミングではあるが、要するに恋人同士でも堂々と混浴でイチャイチャできることになっている。
しかしさすがにぶっ飛びカップルはおらず、なんかこう、良家の善男善女が奥ゆかしい中にも冒険をしているといった風情が漂い、まぁ初初しいのだ。

・・・おっと、脱線しかけた。
今日僕は、僕を取り巻く不穏な環境からの一時的な脱出を試みて、成功した。
クラゲの様に3時間以上浮遊し、浮世の憂さを無重量状態にすることが出来た。
そして、明日からのバトルに備える英気を養うことが出来た。
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お風呂の中の写真は最近撮りにくくなっているので、お風呂から出た後の、アイランドスパから見た日没後の湘南の光景をアップする。


# by libra-mikio | 2017-01-18 22:20 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 15日

こ・ワ・れ・テ・い・ク

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こ・ワ・れ・テ・い・ク

請われて、行く。

壊れて、行く。

請われて、行く。
壊れて、行く。
請われて、行く。
壊れて、行く。

壊れて、行く。
でも、請われて、行く。

壊れて、行く。
でも、請われて、行く。

で、行く。
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X30


# by libra-mikio | 2017-01-15 21:44 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 09日

氷川清話

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氷川清話、こんなに面白い本を、僕は何でもっと前に読まなかったんだろう!

勝海舟の晩年、明治30年ころにメディアによりインタビューされた幕末維新の頃の裏話、というか、勝海舟が当時の綺羅星のような歴史上の人物に関し想うことを問わず語りに口述筆記させた、なんとも重みのある本である。

そして目から鱗なのは、当時の海舟の考え方が、現代にもまさに通じることである!
この写真は、「人材育成の法」を著わしたページだが、全く慧眼に満ちているではないか!
勝先生、全くおっしゃる通りです、人材は老若男女を問わず、できるものは登用すればいいんです!
登用に際し、これまでの常識に囚われてはいけないんです!
本気で、目から鱗が落ちました。
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# by libra-mikio | 2017-01-09 21:27 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 08日

僕への伝言

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僕への伝言。

今日、平成29年、2017年1月8日、午後5時半くらいから、おふくろと酒を飲んだよ。
おふくろは、黄桜をお猪口に1杯だけだったよ。
「甘くておいしいねぇ」と言っていたよ。

普段の罪滅ぼしの意味もあり、僕はたくさん喋ったよ。
おふくろも多少面食らったようだが、いろいろ話せて楽しいねえ、と言っていたよ。

昔話は出なかったよ。
石神井のことや、横浜・台町のことが話題になったよ。
孫である長男、次男の彼女のことも話題にのぼったよ。
「あの子たちはハンサムだからよかったねぇ」と言っていたよ。

宅配の晩御飯のおかずを食べたよ。
「飽きないねぇ」・・・ほんとかな?

・・・
ちゃんと会話ができるように、ゆっくり、低い声で話したよ。
そしたら、会話の空回りはほぼ無くなったよ。

そして7時には部屋に戻り、8時には部屋の明かりが消えたよ。


# by libra-mikio | 2017-01-08 20:21 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 07日

久々のココロの休みの一日

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年末年始は、確かに休んだ。
でもきっと後日に振り返っても、その休みに一体何をしたのか或いはしなかったのか、きっと判らなくなるだろうから、その日の生き方を写真を媒体として残しておいた。
案の定、いま現在、自分がお休みを取っていた記憶などマゼラン星雲の彼方に消え去っている。
自分のブログを読み返し、そういえば逗子の町を歩いたな・・・っていうレベル。

この5日と6日に大きな試練を迎え、実は休み明けの10日と11日にもその一環の試練が待っている。
でもね、とりあえず済んだ試練の出来栄えは何とか合格点を頂けた様子なので、今日の一日は、ココロの休日とした。
上の写真はさっき大井松田のとあるマイ・フェイバリット・ポイントから撮った残照。
いい具合の巻雲にも恵まれ、久々に嬉々としてシャッターを切った。


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今朝はね、片瀬漁港にもぶらぶら歩いて行ってきた。
放心状態のウミウたちの向こうには、これまた浮世から隔絶された釣り人たちが勝手気ままに糸を垂れていた。
ウミウも釣り人も、今の僕にはうらやましさの対象である。
ウミウは人事案件なんて考えなくてもいいんだもんね。
釣り人は・・・、いや、あの方たちの中には人事マターや資金繰りを抱えている人もいるかもしれないな。
余計なことは言わずにそっとしておこう。


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そのあと、急に温泉に浸かりたくなって、丹沢の懐に抱かれた中川温泉に行った。
以前、3セクっぽい足柄荘なる宿があり、そこのPH10近いアルカリ泉が気に入っていたので再訪したが、なんと時之栖の軍門に下り「丹沢ホテル時之栖」となっていた。
ま、風呂は変わっていないだろうから入った。
そして、ま、変わってはいなかった。
変わってはいなかったと思いたいが、多少塩素臭を感じたな。
まあいい。まったりできたのは事実だ。

経営者が変わればB2Cのアプローチも変わる。
お宿の表には、本物のローソクがたくさん灯されていた。
キレイではある。
でも見た瞬間にアタマをよぎった単語は、シャルリー・エブド・・・


# by libra-mikio | 2017-01-07 22:45 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 03日

独歩を追って蘆花に逢う

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国木田独歩が好きであることは既に書いている。その武蔵野収蔵の掌編に「たき火」がある。冒頭部分を転記する。

北風を背になし、枯草白き砂山の崕に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山の彼方に沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しと俟つ逗子辺りの童の心、その淋しさ、うら悲しさは如何あるべき。御最後川の岸辺に茂る葦の枯れて、・・・見かへれば彼処なるは哀れを今も、7百年の後にひく六代御前の杜なり。木がらしその梢に鳴りつ。

そう、「たき火」の舞台は逗子なのである。そしてその場所は田越川が逗子湾にそそぐ場所、つまり今のR134の渚橋のあたりだと思われる。
では行くしかない。ブラミッキー(笑)。

横須賀線の逗子駅から海まで歩くことにした。
するとまず、御最後川、六代御前についての知識が体得できる。しかし今日のテーマではないから飛ばす。
住所案内の地図を見ると、田越川の海に近い富士見橋辺りに「蘆花の碑 独歩の碑」という表示がある。
そこで独歩の残り香に出逢う訳だが、同時に徳冨蘆花が現れた。
よく見ると近所には蘆花記念公園というものがあり、郷土資料館というものが整備されている。
独歩と蘆花とはどのような関係だったのか?
では、郷土資料館に行ってみよう。
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郷土資料館は桜山の蘆花記念公園の上の方に存在し、その木造の建物は徳川家16代当主徳川家達さんの別邸であったそうな。
そこからの眺めは、斯くの如く良い。
ネーミングはあくまで「郷土」資料館なので、様々な展示があったが、やはりメインは徳冨蘆花にまつわる事物である。
僕は蘆花についてほとんど知識がなかったので勉強になった。
で、独歩と蘆花の関係だが、独歩は蘆花のお兄さん、徳冨蘇峰が興した新聞社・民友社に入り国民新聞の記者となる。
そして蘇峰ゆかりの逗子にある(あった)やなぎ屋という旅館に滞在することが多く、そこで同じく滞在していた蘇峰の弟・蘆花と親しくなったという訳だ。

こうして僕は、独歩を追って蘆花に出逢った。
更に素敵なことに、この日それまで知らなかった、徳冨蘆花著「自然と人生」という本と巡り逢った。
この本には実に煌めく美文がちりばめられている。僕はその日の帰り藤沢のジュンクですぐに買い求めた。
有難いことに岩波文庫から現役の出版物として刊行されている。

更に驚くべきことに、この岩波文庫の1933年の、荒正人という人の解説を読むと、
「『自然と人生』と幾らか似た作品として、国木田独歩の『武蔵野』や、島崎藤村の『千曲川のスケッチ』などを考えることが出来る。」
とある。
これを読んだ時の僕の「ドヤ顔」はおそらく相当なものであったろうな(笑)
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ところで冒頭の独歩の「たき火」だけど、ほぼピンポイントで、いま現在「なぎさ橋珈琲」(昔の逗デ)がある場所だと判った。
え!?そうなんだ!


# by libra-mikio | 2017-01-03 17:10 | Mic記 | Comments(0)
2017年 01月 01日

2017、湘南、元旦、海笑う

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夕べはアップした通り、談志の芝浜を聞きながら休んだ。
かなりな酔い心地の中、談志のたたみかけるこれでもかの人情噺に、ついもらい泣きをして枕を濡らしながら、ことりと寝た。

5時前に目覚めた。
天気を確認すると快晴。
今年の「元旦、海笑う」はどこに行って撮ろうか?
そうだ、湘南の定義には少し外れるが、熱海のとあるホテルの、大好きなあの岸壁から撮ってやろう!
決めたからにはコーヒーを淹れただけで、何も食べずにクルマで飛び出した。
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やはり正解だ。
計ったように、目的地に着くと同時に初日が昇った。
初島の形は好きではないが、まあ良しとしよう。
海面は金色に輝き、これまたお約束通り漁船が一艘現れ添景となる。
覚悟していたほどには寒くもなく、また風もなく、実に穏やかな初日の出であった。

帰りには箱根湯本に寄り蕎麦屋を探したが開いている筈もなく、腹を空かしたまま帰って来た。
家に着き、ちゃちゃっとお雑煮を作り、餅3個を腹に入れてから、鵠沼から茅ヶ崎まで被写体を探しながら自転車で走った。
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鵠沼から鎌倉方面が観光上の湘南ならば、鵠沼から茅ヶ崎は本来の湘南だ。
地元の人が、目的などなく、ただ海を見ている。
それはごく自然の、普通の姿だ。

僕も小さなカメラで、ごくさりげなくスナップを繰り返す。
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# by libra-mikio | 2017-01-01 15:24 | 季節 | Comments(0)
2016年 12月 31日

さらば、アンシャンレジーム

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紅白にチャンネルを合わせても、一向に乗れない。
結局、格闘技をずっと見ていた。

紅白って、もう興味なくなったな。

僕の中で、旧いからいい、という価値観は本当に消えたようだ。

旧いものに意味がないのではなく、旧いものにしがみついていることに意味がないと思うのだ。
旧いものを表面的に今風になぞることに、そして「惰性で続ける」ことに、意味を見いだせないのだ。

まだ寝るには早いかもしれないけど、芝浜でも聞きながら、瞳を閉じよう。

写真は寅だが、寅には再生のメッセージがある。
芝浜に至っては、再生そのものだ。

皆さま、善いお年を。


# by libra-mikio | 2016-12-31 21:56 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 30日

日も歳も、暮れなずむ

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今年も366日のうちの365日が終わろうとしている。
今日という一日も、また今年という一年も、暮れなずむ。

今日を含め、僕の冬休みは5日間しかない。
いや、5日間もある。
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素敵じゃないか。
もう、この5日間は会社のことを忘れよう。
少なくとも忘れる努力をしよう。

浜に出れば、期待ほどの焼け方ではなかったが、それはそれで新しい自然のアスペクトがそこかしこに満ちている。

そうだ、この気分のまま江の島まで波打ち際を歩いてみよう。
更に更にいいことがあるかもしれない。
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ほどよい夕光のなか、若い人たちが若さを楽しんでいる。
彼ら彼女らにとり、この一時がずっとずっと胸に残りますように。

この光景はあなた方の人生の記憶を引き立てる舞台装置だ。
2016年12月30日の午後5時24分に、あなたたちを取り巻いていた青春の燃焼の触媒だ。
いい雰囲気だと感じたろう?
僕も勝手ながら、その高揚感を共有させてもらったよ。

今日という一日も、また今年という一年も、暮れなずむ。
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EOS5D、7D


# by libra-mikio | 2016-12-30 22:22 | 季節 | Comments(0)
2016年 12月 29日

うたかた

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うたかた。

一生懸命に働くことは、真北の法則に合致し、正しい。

何故生きるのか。
何故生きなければならないのか。
善く生きるとはどういうことか。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る。

詩人は力強く、高らかに、若人に語り掛ける。

しかし、詩人は自身の生が終わるまで、その最期の最期まで、その意思を貫き通せたのだろうか。
そうであれば僕は深く頭を垂れる。

僕だってそうありたい!

しかし、くたびれた。草臥れた。クタビレタ.
今年の公的な理性には、今を以て帳を下ろそう。

いま、うたかた、という言葉が心に浮かんでいる。


# by libra-mikio | 2016-12-29 22:43 | Mic記 | Comments(0)
2016年 12月 25日

いよいよ年の瀬、輪飾りなど

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いよいよ年の瀬の雰囲気が僕にもやって来た。

世知辛く、季節の巡りとは一切かけ離れた業務にどっぷり浸かってはいるが、街を歩けばやはり師走だ。


信じられないだろうが、仕事がハードすぎて今年は忘年会すらやっていない。

昨日今日のクリスマスはそれこそ全く僕には関係なく、だからクリぼっちの意識すらなく、ただの土日だった。


でも、やはり師走は、日本人である自分の体に染みついているのだろう。

鵠沼海岸の商店街で、こんな独創的な松飾を見つけた。


あまり素敵なので、店主に断りを入れて写真を撮らせてもらった。

店主曰く、「私もうれしいですよ。私も写真やってるんです。撮ってくださってありがとうございます」


いやあ、いいなぁ。なんか久々のコミュニケーションのような気がする。

この店主がまた男前で、芸術家のような人なんだ。この右の人。

少しうれしい気分である。

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# by libra-mikio | 2016-12-25 20:15 | 季節 | Comments(0)