Mickey's world

libramikio.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2017年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧


2017年 09月 30日

甦る海

e0126386_18455592.jpg
海というステージが持つ美しさに、今日、久し振りに心が向いた。

こんなに傍に海があるのに、そしてほぼ土日のどちらかは、波打ち際を歩いて腰越のお墓に花を供えに行っていたのに、このところ不思議と心は全く海に向いていなかった。
そして今日も同じように墓参りに行った。

子供の頃に身についたピュアな海への憧れを、きっと加山の歌が呼び戻してくれたのだ。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、僕にとって海の存在はおそらく基本であり、アイデンティティの中核をなすのだろう。
これは、山国で育った人が遠望する山なみに対し抱く原初的感情であり、河の流れを聞いて育った人がその水音に癒されるのと同じことなのだろう。

そう、僕にとっての原体験である海に僕の感情が向いたということは、僕を悩ます周囲の諸々のくびきから、僕自身が抜け出しつつあることを意味しているのだろう。

こう書いて、前文に「僕」が沢山登場することに我ながら驚く。
でもそこにきっと意味がある。
僕の人生は僕が生きるのだから。主語は、主体は、常に「僕」である。




e0126386_18451674.jpg
墓参りからいくつかの所用を済ませて鵠沼の家に帰る頃、今日の焼け方はきっと素敵だろうと予感した。
海に行きたい、海の夕焼けを久々に主体的に撮りたい!
小田急の駅から一生懸命走って家に戻り、広角をセットしたキャノンを取り出し、そのまま海に走っていった。


by libra-mikio | 2017-09-30 20:36 | | Comments(0)
2017年 09月 25日

加山の時代

e0126386_21505616.jpg
現在、世間からすればかなり恵まれた境遇にいるにも関わらず、年齢的な過渡期を目前にし自分が見えにくくなっている。
これは前にも書いた。

その日、急に降ってきた。
手垢にまみれる前の、自分の感性がピカピカに輝いていたころの自分をもう一度見つけることが出来れば、なんとかなるんじゃないか。
そう思ったのと同時に、大好きだった加山雄三の世界を触媒に使えば、より見つけやすいのではないか、というアイデアもセットで降ってきた。
話せば長いが、小学生の僕は加山雄三に憧れていた、ということが下敷きである。

ためらうことなく堂ヶ島の加山雄三ミュージアムに行った。
写真は展示品の、レコードジャケットの一つ。




e0126386_21503641.jpg
憧れの澄ちゃん、星由里子さん。
あの頃、世間も自分もピュアだった。
或いは、12色の色鉛筆ですべてが表せた時代だった。

僕の試みは正解であったような気がする。
帰り際、加山のベストヒットCDを買った。
堂ヶ島から鵠沼までの5時間、聞きっぱなし、歌いっぱなしで帰って来た。
満足した。
e0126386_21501330.jpg


by libra-mikio | 2017-09-25 23:02 | Mic記 | Comments(0)
2017年 09月 22日

後味がそれほど悪くないフェイクニュース

e0126386_23281205.jpg
なんと、昨夜あれだけ慟哭した、12歳のフリーダ・ソフィアちゃんは実在しないということが、メキシコ海軍から発表された。
元々いなかったんだって。なんじゃそりゃ?

でもさ、実際にいて、且つデッドエンドの72時間を過ぎたらば、それはそれで全世界が哀しみに包まれる。
結果フェイクでも、どちらかといえば後味が悪くないフェイクニュース、だね。


by libra-mikio | 2017-09-22 23:34 | Mic記 | Comments(0)
2017年 09月 21日

フリーダ!!!

e0126386_21410362.jpg
フリーダ!!!
がんばれ!
助かれ!
傍にいる子も助かれ!
フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!!!!!
お願いだから助かって!!!


by libra-mikio | 2017-09-21 21:44 | | Comments(0)
2017年 09月 19日

クロネコ

e0126386_21211003.jpg
今回の人文の旅では、どうしても行きたいところがあった。
信州は伊那にある、クロネコという得体の知れない食堂である。
今夜の宿は佐久海ノ口なのに、先ずは伊那に向かう。

これまで何度もここに入ろうとしたが、到着する時間帯がいつも微妙で、いつもCLOSEDだった。
一方で常に好敵手の地位にある「とよばらのローメン」は時間帯がルーズで、結局そちらに行き、それはそれで非常に満足していた。
今回は昼飯の時間帯に合わせて、つまりクロネコさんの営業時間帯に合わせて周到に作戦を練り(笑)、ようやく本懐を遂げた。

まずはこの外観をご覧あれ。
消防法に引っ掛かって解体を余儀なくされた旧松高・思誠寮よりも明らかに古い。既に傾いている。直線が直線ではない。ダリかムンクだ。




e0126386_21213087.jpg
中では、おじいちゃんとおばあちゃんが切り盛りしていたが、娘さんとお見受けするおばちゃんもいらっしゃった。
そして見よ、このお品書きの豊富さ!
もっとも基本はソバとうどんで、要するにトッピングのバラエティということか。
食堂内は至る所黒光りし、得も言われぬ香り、つまり石油ストーブをつけた時と消した時の、あのノスタルジックな臭いが染みついている。
あ、この時期はもちろんストーブなんてつけてはいませんよ。でも「あの」匂いが染みついているのだ。




e0126386_21215121.jpg
いつかの写真雑誌で読んだことがありここに来たのだが、その時のカメラマンはここで食うソースカツどんを愛でていた。
しからば我もと、ソースカツどんを注文する。
・・・出てこない。なかなか出てこない。時間はたっぷりあるので心ザラツクことなく余裕をかまし信濃毎日新聞を読む。
ロケットマンがロケットを飛ばした日だった。
待つこと40分ないし50分。
来た!
空腹は最高の調味料というが、最高の調味料を以てしてもいささか「う~~ん」。
でもね、おじいちゃんとおばあちゃんが一生懸命作ってくれているのは良く判るので、もちろんきれいさっぱり平らげた。
900円の値は、食材費と、製造労務費と、勤労感謝費(これが大)に因数分解して、心に収めた。




e0126386_21522411.jpg
ありがとう、クロネコさん。
思いを遂げたので、次に伊那に来た時にはためらうことなくローメンの店に行きます。


by libra-mikio | 2017-09-19 22:06 | | Comments(2)
2017年 09月 17日

村境 そして

e0126386_20135611.jpg
今朝、信州の南相木村から北相木村へとつながる道を、初めて走っていた。
雨の中、道端にブロンズ像があった。
案内板を読むと、「不戦の像」ということが判った。
一体なんだろう・・・

以下、案内板から抜粋。
----------------------------
ここ村境の「別れの松」は、過ぎし戦いの日、大命を受けた若者たちが、一言の抗弁も許されずに、村民総出の歓呼の声に送られて、愛する人々と、最期の言葉を交した、まさに戦争の悲劇が凝縮した場所であります。
・・・
見送る母親の表情には、当時軍国の妻、軍国の母の名のもとに、万斛(ばんこく)の思いを秘めて、透徹した諦感の相を感じます。母親の手にすがる男の子は、「お父さん早く帰って」と必死に叫んでおります。そして、母親の背中に無心に眠る幼子は、二度と父親の顔を見ることは出来ません。
・・・
遺された家族のたどった戦後の苦難の歴史を想う時、この悲劇は断じて繰り返してはなりません。
・・・
往時を回顧し、村民相はかって戦没者に対する鎮魂と、平和への悲願をこめて、ここに「不戦の像」を建立いたしました。
・・・
南相木村
----------------------------
e0126386_20141460.jpg






e0126386_20144090.jpg

不戦の像から道沿いに北に目を向けると、そこには確かに「村境」のプレートがあった。
だしぬけに涙した。


by libra-mikio | 2017-09-17 20:48 | | Comments(0)
2017年 09月 10日

逸る心

e0126386_21192359.jpg
金曜の夜、お天気キャスターたちは「土日は日差しが出ます、でも乾いた空気が肌に心地よいでしょう」と口を揃えて言った。
よし、どちらかの日に曼殊沙華を探そう、そう決めた。

でも土曜日は、目覚めた時から円覚寺に坐禅に行きたくなり、そっち系で固めた。

で、今日、やはり早朝から清々しく、マイフェイバリットエリアに曼殊沙華を求めた。
どうだろう、沢山咲いているかしら、もう現地は老若男女のカメラマンたちで溢れかえっているかしら。

結果はまだ少し早かった。
そして割り合い有名なこの地に、カメラマンはおろか人っ子一人いなかった。
ちゃんと考えれば時期が1‐2週間早いことは判る筈だのに、心が逸り、来てしまった。
でもね、うふふ、数は少ないけれど、今日は咲いている彼女たちを独り占めにできる。




e0126386_21185309.jpg
田もいい雰囲気になっている。
稲の実る甘い香りがし始めている。

すると、こちらもかすかだが、金木犀の香りも交じり始めた。
何処に居るのか確認はできなかったが、初秋の金木犀はなかなか姿を現さないものである。




e0126386_21200571.jpg
マイフェイバリットプレイスからまっすぐ帰る気にもなれず、富士北嶺に向かう。
中の茶屋を過ぎ、林道の名前は失念したが、おそらくは登山道の二合目付近で、ツリフネソウが目立つようになった。
クルマを停めて元気のよさそうな子を探していると、ミズヒキに何かを相談している子を見つけた。
ただ、ミズヒキは心なしか迷惑げだ。


by libra-mikio | 2017-09-10 22:06 | 季節 | Comments(1)
2017年 09月 06日

地蔵峠、探索終了

e0126386_22262990.jpg
拙ブログ、地蔵峠のこと(2015/08/30)に書いたように、上田から松本に抜けるR143の地蔵峠がどうにも気になっていた。
実は去年の今頃、探しに行ったのだ。
R143のこの辺りには、写真の明通(あけどおし)トンネルと、もう一つ会吉(あいよし)トンネルがあり、双方とも1890年、つまり明治23年に開通したという。
このどちらかが旧地蔵峠なのだが、そして集合知では会吉トンネルが地蔵峠であることを告げるのだが、どうしても決め手がない。
ここが地蔵峠ですよ、というモニュメントがない。
結局、去年は発見に至らなかった。
*会吉トンネルの方は後で知ったが、有名な心霊スポットだそうで非常にヤバいことをした訳だが、その時は何も知らなかった。世の中、そんなもんだ。もちろんオバケには合わなかった。




e0126386_22254918.jpg
この夏、上田・小諸を旅した帰り、ふと思い返して再度、地蔵峠発見チャレンジを行った。
するとどうだ、明通トンネルを出て一服しながら何気なく上方を見るとお地蔵さんと目が合ったのだ。
やや、お地蔵さん、ここにいなさったか!ということで、僕の中ではR143の旧地蔵峠は明通トンネルの上だった、ということに落ち着いた。




e0126386_22260896.jpg
違うよ、間違っているよ、という人がいてもワタシは頓着しない。
ここが地蔵峠である、との結論を下した。
喉の小骨がようやく取れた。


by libra-mikio | 2017-09-06 23:16 | | Comments(2)
2017年 09月 03日

始まりの秋

e0126386_21222962.jpg
夏は往きつつある。
これから先、もちろん気温の高い日がやって来るだろうが、今年の夏は確実に往きつつある。

串田孫一が、「毎年秋の入り口に天馬ペガススの四辺形を見ずに秋を迎えることはない」と書いたのと同様、僕はこのツリガネニンジンの可憐を見ずに秋を迎えることはない。
高原の冷涼は、既に8月のうちに彼女を大人の女性にしていた。
双眼鏡でとっくりと彼女のいでたちを確認した僕は、毎年の、秋を迎える儀式が執り行われたことに深い安堵を覚えた。




e0126386_21224711.jpg
マツムシソウの花を淑女のボンネットに見立てて、その群生を彼女たちがロンドを踊っている、と表現したのも串田さんだ。
その一文を読んだ19歳の僕は、その初秋に初めて美ヶ原でマツムシソウに出逢った。

何だろう、なんで彼女はこんなにも優美なのだろう。
本当にそう思った。
ただ、そのネーミングには合点がいかなかったし、今も不思議に感じている。

可愛い、だけではない。容姿が面白い、だけではない。彼女の魅力はどこにあるのか、これは突き詰めるべき課題かもしれないが、おそらく野暮であろう。
ただ一つ言えることは、気品、かもしれない。




e0126386_21231217.jpg
アサギマダラがノアザミの蜜を吸う。
二人の関係は互いに相手の得になる、Win-Winである。
自然界では、学校で教わらなくても、互いが互いのためになることを行う。
意地悪をするものはいない。
意地悪をする意味がないからだろう。
アサギマダラの脳の何万倍もの質量を持つ人類の脳は、余計なことばかり考えている。


by libra-mikio | 2017-09-03 21:56 | 高原 | Comments(2)