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2016年 10月 31日

絵のような海

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長いこと写真を撮っていると、不思議な仕上がりに出くわすことがある。

以前、夕暮れの公園で水飲み場の写真を撮った時に、全く意図しなかった光の輪が写ったことがあった。
なぜそのようになったのか、未だに答えは出ていない。

日曜日、片瀬の東浜から沖をゆくヨットを撮ったら、全く水彩画の様に仕上がった。
風もなくうねりもない日だったから、海面が平板に映るのはまだ理解できるが、ここまで水彩画というか、写真らしくない写真に仕上がった理由は判らない。

ただ、僕としては気に入った。
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X-T1

by libra-mikio | 2016-10-31 22:19 | | Comments(0)
2016年 10月 25日

秋のネコ

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このところ、仕事が少しハードだ。精神的にも、その結果、肉体的にも。
で、日曜日。心の洗濯に出た。

僕は最近、自分がネコ好きになってきたような気がしている。
以前はそんなこと思ったこともないのに。

小さい頃から、ネコよりはイヌが好きだった。
でも先日、家の近所でちっこい子猫(当たり前か(笑))を見たら、なんとまあ可愛く感じたことか!
純粋に可愛いの。
ということで、僕にしては珍しくネコの写真をアップするのだ。

これは紛れもなくキャットアイランド、江の島のネコである。
とは言っても、参道のミヤゲ物屋のネコであるが。
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by libra-mikio | 2016-10-25 22:33 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 15日

寅さん

僕は寅さんが大好きだ。
日本人なら、きっと誰でも寅さんが大好きだ。
寅そのものも好きだが、その映画に込められた優しさが大好きだ。

前から行こうと思っていた柴又に、今日、ふらっと行ってきた。
良かった。

帝釈天から少し歩くと、寅さん記念館がある。




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あの「とらや」のお茶の間に家族の団欒が流れている。
画面の家族の笑顔にほっこりする。




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タコ社長の朝日印刷所では社長と博さんが一生懸命に働いている。




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寅は心を入れ替えてとらやの店番するが、やっぱり勤まらない。




すったもんだの挙句、寅は柴又を去らざるを得なくなるわけだが、さくらはどうしたって悲しい。
お兄ちゃん、どうしても行っちゃうの?
おいちゃんだって、おばちゃんだって、もう怒ってはいやしないわ・・・
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さくらの、いや、倍賞千恵子の涙は、きっと映画館で見ていた全員の共感を得、みんなが一緒に涙したことだろう。
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映画にはなかったが、記念館には、伝言板が掛かっていた。
お兄ちゃんはさくらに、ちゃんと想いを残していた・・・


今日、柴又に行ってよかった。
心が、ほぐれた。

by libra-mikio | 2016-10-15 22:50 | | Comments(0)
2016年 10月 13日

秋に似合う色

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秋には紫が似合う。
その色調は決して浮薄ではない。ましてや権勢を表す意図など微塵もない。
むしろ慎ましやかに、気付けば、居るような。
主張せず、しかしその存在は重厚・・・
そんな紫が、秋にはよく似合う。

古寺の境内を歩けば、苔むす石垣の脇に小紫の実が華奢な茎に自重を預け、揺れるともなく揺れていた。
紫式部もよく似た実をつけるが、小紫の小さなまとまり、質素感は好ましい。
そしてその紫色は天然のものとは思えないほど奥が深い。




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更に歩みを進めると、秋明菊の一叢に出逢った。
花々の背丈は思いのほか高く、小紫の実とは多少趣を異にし、ここにいるよ、との主張を感じた。
しかし考えてみれば当然なのだろう。
小紫は既に結実しているのであり、秋明菊はこれからなのである。
受粉のためのキューピッドを誘わなければならないのだ。

それにしても、その紫色は落ち着いている。
もしかすると、今の季節に花々を訪う虫たちは、酸いも甘いも噛み分けた、通人たちなのかもしれぬ。




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東慶寺にて。

by libra-mikio | 2016-10-13 21:20 | 季節 | Comments(0)
2016年 10月 10日

仏教について

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ここ数年、仏教に関心がある。
お坊さんではないので、まだまだ駆け出し以下のたわごと程度、いや、それすら理解してはいない。
しかし、今、明らかに言えることは、本来の仏教は宗教ではない、ということだ。
その意味では、仏教という言葉が不適切なのだと考えている。
代替案としては、仏法、か。

仏法の基本は輪廻を断ち切り、解脱し、涅槃に入ることを目的とする。
大変なことである。
そして、その考え方の真髄は、広く人口に膾炙している般若心経である。

何年も模索しながら、今、ようやく出会えた本は、ダライ・ラマ14世が語る般若心経である。

般若心経が言うところは一つ。
一切は空である。
空を体得できた時、悟りが訪れ、解脱が出来、輪廻のくびきから解放され、涅槃に至る。
それはそれは何という素晴らしいことか!

般若波羅密多。サンスクリット語の漢語への音訳である。漢字に意味は(特に)ない。
涅槃それ自体がニルヴァナというサンスクリットの音訳である。
般若=プラジニヤ⇒智慧、叡智、知識、知性。
波羅密多=パラミッタ⇒超越する、(悟りという)対岸へ行く。
即ち、般若波羅密多とは、悟りを開いて解脱するための(完全なる)叡智(の実践)である。

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しばらくぶりに訪れた東慶寺の本堂に、「波羅密」の扁額が掛かっているのを発見し、感動を覚えた。
路傍には、秋の草の実が、人間世界とは無関係な摂理により、色付き始めていた。
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by libra-mikio | 2016-10-10 21:16 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 09日

秋薔薇

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自然界の生命は巡り来る季節を確実に捉え、ためらうことなく行うべきことを行う。
秋の薔薇もその一つであり、五月ほど一斉に咲きほころぶ訳ではないが、一株ごとに自分の判断を天に謳い上げ、気付けばそこかしこで咲き揃って来る。

あすの朝は雨になることが判っていた金曜日の晩、バッテリーの充電を怠らず、目覚めたらすぐに薔薇を撮りに行こうと決めていた。
雨滴を纏った秋薔薇を撮りたかったのだ。

考えてみれば、何度も何度も同じテーマを繰り返し撮っている。
しかし、自然の美は、打ち寄せる波に一つとして同じものが無い様に、いつも新鮮な驚きを僕にもたらしてくれる。
僕は謙虚に、それを受け止めるだけである。
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EOS7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2016-10-09 22:18 | | Comments(0)
2016年 10月 03日

893よりカタギ

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唐突ではあるが、今宵、その辺のヤクザより、筋を通したカタギの方が強いことを知った。

そして今夜の僕は気分がいい。閻魔さまもビックリだろう。

by libra-mikio | 2016-10-03 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2016年 10月 02日

木犀、そして明月院

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北鎌倉は濃厚な木犀の香気に満ちていた。
そう、芳醇という語感を超えて濃厚であり、大袈裟に言えば木犀の創り出す大気の中を泳いでいるようだった。
そして、とある家の庭先では金木犀と銀木犀が仲良く成長し、香りの二重唱をフォルテッシモで歌い上げていた。




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明月院に立ち寄った。
紫陽殿と呼ばれる本堂では茶を振舞うが、朝早いこともありまだ人は上がっておらず、奥の深い畳の向こうに満月を見ることが出来た。
もみじが進めばまた格別な光景となることだろう。




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山門には、竹筒に秋の実などが活けられていた。
あでやかというものではなく、京好み、利休好みというものでもなく、いかにも鎌倉的な、禅と武辺の中から生まれた美意識の身近さを感じた。

今日は善い一日である。

by libra-mikio | 2016-10-02 21:43 | 季節 | Comments(0)