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2015年 11月 29日

今日の木花開耶姫

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今日の富士は不思議な積雪ラインを持っていた。
あ、積雪ライン、これ僕の造語です、慌てて気象学大辞典など紐解かぬように。

宝永山の高度を境に、上ではなく下にべったりと積もっている。
昨夜から今朝にかけて、その部分に雪雲が居たということか?

いつか拙ブログに、富士山はいつも同じ顔をしていてつまんない、などと書いたが、
同じ顔なんかしていないのだな。

木花開耶姫様、失礼仕りました。
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御殿場にて。
EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-29 20:47 | 高原 | Comments(0)
2015年 11月 28日

許しについてのプロローグ

先ほど、天啓のように「許し」についての一考察が下りてきた。

つい、本当についさっきなので、考えがまとまってはいない。

だからまだ書けない。もうしばらくして熟成すれば、そして忘れなければ、いずれ書く。

写真は、川岸の白い鉄策が川面に映り揺らいでいる様子。

鉄製の堅い柵がこのように無形骸になる。

許しのヒントがこの光景にある。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-28 22:53 | Mic記 | Comments(0)
2015年 11月 25日

秋がゆく

古さびれた城の空堀に、秋が流れていた。

確かに秋は流体である。

秋は流れながら、それに触れるものを変容させていく。

通う人とてない、秋の通り道。
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その一角に、ガマズミの実が生っていた。

いつ覚えたのだろう。

その実を見て、僕は小声で「ガマズミ」と発音していた。
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秋がゆく。

秋がゆく。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-25 23:07 | 季節 | Comments(0)
2015年 11月 21日

ふと思うこと

パリのニュース映像で、イスラム教徒を敵視する中年男性に対し、イスラム教徒の東洋系の女性が食って掛かっているのを見た。
女性は小学生ほどの子供の手を引いていて、子供は母親の剣幕におびえ、涙ぐみ、母親を止めたいのだが、母親は自身の思いを男性に主張し続ける・・・

ふと思ったのだが、僕はこの母親と同じ行動をとるだろうか、同じように魂が怒るだろうか。

我々日本人の多くは、宗教を選ぶことが出来る、と考えているのではないか。
ところが世界に目を向ければ、選ぶどころか、生まれ落ちた瞬間からその人の宗教、というか、宗教的な立ち位置が決まっているのではないか。
敬虔なクリスチャンの家庭に生まれれば当然のようにクリスチャンになるだろうし、ヒンドゥーの家に生まれればあくまでその子の価値観はヒンドゥーのものとなるのではないか。

血なのだ。
局所的に発生したが、しかし人間の寿命の短さを遥かに遥かに超えた昔からその地域に根付いた特殊な価値観、道徳観。
それがすりこまれた血。
それが宗教なのではないか。

そしておそらく世界の殆どの国々・人種の人々は生まれる前からその価値観の中に生まれる宿命を負っており、しかし日本人は稀有な例として、その呪縛感が、他地域に比べ極端に希薄なのではないか。

譬えて言えば、日本の文化人がキリスト教徒になるには自らの頭で考えてそれを選択するのに比し、世界の殆どの国々のクリスチャンの家庭では、生まれ落ちる前からクリスチャンにならざるを得ないのではないのか。
あるいはヒンドゥー教徒に、あるいはイスラム教徒に。

問題はここだ。
宗教は選択するものだとごく自然に考える日本人には、生まれる前から層厚く信仰する宗教が決まっている国民の価値観の源は、決して≪本音≫では理解出来ないのではないか。

だから、本当のイスラム教徒が今感じている悲哀は、心の底では理解できていないであろう。
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適切な写真がない。
X-T1 + XF 18mm F2.0

by libra-mikio | 2015-11-21 23:52 | Mic記 | Comments(0)
2015年 11月 18日

ニンフとニンプ

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この二日、会社の帰途、新橋から藤沢まで東海道線の50分間座れなかった。
今日は新橋から既に混んでいたが、運よく横浜で座ることが出来た。若造りをしていても58歳であれば座れることは有難い。
入れ替わりに横浜から乗ってきた人たちが僕の前の吊革に立った。

さて、真田太平記第11巻、大坂夏の陣のあたりを読み始め、ふと斜め右を見ると立っているのは小柄で華奢な女性であり、そのお顔は、これがまあアナタ、すっとしたお顔で、色気というのではなく、目許口許共に涼しく、どちらかというと中性的で、即座にギリシア神話のニンフを連想した。

そして視線を手許の真田太平記に戻す途中、あれ、と思った。
吾がニンフのお腹が微妙に出ているのだ。
確かめるため彼女のバッグを見ると、ありました、ピンクのマタニティーマーク。

吾がニンフは、まさにニンプであったのだ。
数舜ののち、ニンプちゃんに手指のしぐさとアイコンタクトで「代わってあげます、お掛けなさい」と伝え、ニンプちゃんは恥じらいを帯びたアルカイックスマイルで「え、いいんですか、ありがとう」と応えた。
この間互いに一語も発していないのだから、僕の周辺の乗客は急に席を入れ替わった妙な他人同士、と思ったことだろう。

善いことをした僕は(善い悪いは明らかに主観である)藤沢まで立つことも一向に気にならず、安らかな気持ちで大阪夏の陣に戻っていった。

今日の写真は今の僕の、明るい気分の現れ。
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EOS 7D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-18 21:59 | | Comments(0)
2015年 11月 17日

氷雨柿

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晩秋の氷雨降る中、ひたすら柿の実を求めて彷徨う。

なにやってんだろ。と思わなくもない。

しかし今日は雨の柿を撮るんだ、と決めてしまったからには、歩き廻らざるを得ない。

古い土蔵が望見される。

あぁ、あそこに柿があるといいのだが、そう思い町屋の細い道を見当をつけて歩いていく。

望みの場所に出た。幸い冷たい雨の中、道には誰も出ていない。

それではゆっくりと構図を考えよう。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-17 22:46 | | Comments(0)
2015年 11月 16日

燃える秋

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燃える秋。

五木寛之。

武満徹。

ハイファイセット。

ここまでは結びつく、

三越の岡田元社長。

映画。

失脚。

え?どんな関係があんの?

石川セリ。

セリと武満徹の結びつきも不思議と言えば不思議。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-16 21:56 | 陰翳 | Comments(0)
2015年 11月 15日

鵠沼でパリのことを想う

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価値観って何だろう。
モラールの源泉か。つまりその人の、その組織の行動の寄る辺になるものか。

血って何だろう。
血には記憶をつかさどる要素があるのだろうか。

貧困は辛い。
その貧困が自分由来ではなく、他者から押し付けられていたことが判った瞬間には、
それまで耐えてきた惨めさが、牙を剝くことになるだろう。

暴力って何だろう。
いけないことなんだけど、言葉で解決できない時に取る手段か。

政治って何だろう。
周旋の時代はとうに終わり、・・・
終わっていないのかな。
利益配分のための政治。に尽きるのかな。

戦争って何だろう。
司馬遼太郎は、戦争は外交の一手段であると言っていた。

宗教って何だろう。
宗教によって人は自分の認識する不完全な部分を反省し、今より善い自分になることを願った。
その筈なのに。

テロリズムを定義したのは皮肉にもロベスピエールだという。

僕のトリアタマで考えたって回答なんかわからない。
僕にできることは、気の毒で可哀そうなことだ、と本気で一緒に感じること位しかない。

そして今回のことから僕が学んだことと言えば、屈辱を与えてはいけない、ということ。
勝っても、勝ち誇ってはいけない、ということ。
相手をミゼラブルにしてはいけないということ。

そして、日本は、平和を、何が何でも守らなくてはいけない、ということ。
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X-T1 + XF 18-55 今日、平和な鵠沼海岸にて。

by libra-mikio | 2015-11-15 21:57 | | Comments(0)
2015年 11月 15日

千曲川のスケッチから大久保村

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島崎藤村、千曲川のスケッチ、その四、「中棚」から。

「水明楼へ来る度に・・・、千曲川の眺望はその楼上の欄に倚りながら恣に賞することが出来る。
 対岸に煙の見えるのは大久保村だ。その下に見える釣り橋が戻り橋だ。」
(漢字、送り仮名は原文のまま)




そして僕は今、水明楼から、百年後の晩秋の、千曲川と大久保村を望んでいる。
少し冷えてきた。中棚の湯に浸かろうか。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-15 08:24 | | Comments(0)
2015年 11月 14日

旅の中の旅

小諸の町中で見つけた巣箱。

普通の住宅地の蔵の壁に掛かっていた。

この家の人はどんな思いでこの巣箱を掛けたのか。

春には小鳥が来ていたのか。雛は生まれたのか。

冬を前に小鳥の一家は遠くへ旅立ったのか。

旅の中の自分が、小鳥の旅に思いを馳せる。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-11-14 13:51 | | Comments(0)