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2015年 09月 29日

口に出して言えないこと

今日の母は、天使のようだった。

にこにこして、デイサービスに行った折の、楽しい話を聞かせてくれた。

その話が、もう数度も繰り返されていることを、僕は母に指摘しなかった。

(以前の僕は、指摘していた。それが一体何の益を生むのだろう、と悟ってからは、やめた)

そうすると Happy なのだ。僕も、母も。

この法則が判ったから、もう僕は母を悲しませない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

この幼子は僕だ。

当時も母は、浜に立てたビーチパラソルの下から、僕が波にさらわれないように心を尽くしてくれていた。

その愛に今応えるのは、普通のことだ。
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by libra-mikio | 2015-09-29 22:21 | | Comments(2)
2015年 09月 27日

夜の城

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上田には夜に入った。
今回の旅の主目的は上田の街を散策することである。
上田は僕にとり初めての街なのだ。

きっかけはこの夏から読み始めている池波正太郎の真田太平記である。まだ4巻目だ。
真田幸村親子のことは、司馬遼太郎の本で多少かじったことはあるがあまりよく知らない。
ということで、すでに真田太平記を読み始めてはいるが、まずは真田家の地元に足を運んで土地の雰囲気を味わうことにしたのだ。

ホテルにチェックインしてすぐ、僕は上田城におもむく。
今から400年ほど前にあった真田家と徳川家の上田合戦では多くの死者が出たわけで、本来ならオバケが怖くて夜のお城なぞ歩けない筈だが、あまり古いと歴史になっちゃうからもちろん怖くはない。

でもこれが、4‐5日前にそこの井戸で・・・なんて言われたら、たぶん怖い(笑)
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X-T1 + XF 18mm F2

by libra-mikio | 2015-09-27 21:58 | | Comments(0)
2015年 09月 26日

野づらの秋桜

野尻抱影の「星三百六十五夜」九月二十九日の稿に、「野づらの道」という文章がある。
何度読み返しても、無駄のない、しかし情緒に満ち溢れる文章は、僕の心に深く響く。
こういう文章を知っていると、旅の途中でも、得られる風景にふと「野づらの・・・」という僕なりの表現をしたくなることがある。

伊那谷を北上し、善知鳥(うとう)峠に差し掛かる手前、飯田線の信濃川島駅を西に入ると横川渓谷に通じる道がある。
横川の浸食によってできた開いた谷は明るく、田んぼには刈り入れ直前の実った稲の、黄金の香りが満ちていた。

そして、その田の中を通る道沿いに咲く秋桜に、僕は「野づらの・・・」と表現したくなる光景を見出した。
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どこにでもある風景かもしれないが、その時の風、温もり、光、匂いがこの地の秋桜を、僕にとっての「野づらの秋桜」に変えた。
信州の、秋の朝である。
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X-T1 + ZUIKO 35mm F2

by libra-mikio | 2015-09-26 21:00 | | Comments(0)
2015年 09月 24日

風に吹かれて高遠に行った

風に吹かれて高遠に行った。

高遠は茅野から杖突峠を上り、下り、伊那に入る手前にある。
桜で有名だが、ぼんぼりが幾重にも垂れ下がる春に行きたいとは思わない。
初夏や、秋の風が吹く頃こそが良い。
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日頃コンクリートの中にいると、このような町をゆっくりと歩きたくなるものだ。
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高遠には蓮華時がある。
5月頃、芝桜に覆われた境内のことや、ここに墓所がある絵島のことを拙ブログに書いた。
今回、境内の花は秋桜に変わっていた。
鐘楼も奥ゆかしい分量の秋桜を侍らせていた。
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絵島は女ざかりの33歳の時にこの高遠へ遠流の身となった。
その囲屋敷というのが復元されている。
江戸幕府から突然に政治向きの問題女性を送りこまれた高遠藩は、絵島の身辺を、腫れ物に触るが如く(何しろ罪人とはいえ大奥の大年寄である)、一方で幕府に対する「そそう」があってはならぬというプレッシャーから結構厳密に管理していたようだ。
おそらく文字通りの蟄居が終生続いたようだ。
絵島の日々は、この小さな庵の一間がすべてだったという。

そう思って見ると、秋の遅い光の中で、なんだか絵島がたいそう気の毒に思えてきた。
前述したように、遠流の身となったのが33歳。静かに息を引き取ったのが61歳であったという。
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X-T1 + ZUIKO 35mm F2、XF 18mm F2

by libra-mikio | 2015-09-24 22:53 | | Comments(0)
2015年 09月 22日

秋の赤ん坊が生まれている

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初秋の信州を駆け抜けてきた。

秋そのものではないが、もちろん夏は出番を終え、影を潜める努力をしている。

少しモラトリアムな季節の過渡期。

秋の赤ん坊が、あちこちで生まれている。
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X-T1 + ZUIKO 35mm F2

by libra-mikio | 2015-09-22 23:19 | 高原 | Comments(0)
2015年 09月 16日

ホッとして、久し振りに自然に素直に反応できる

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抱えていた問題が、収まるべくして収まった。
いや、もう少し正確な表現をするならば、抱えていた問題を、収めるべき処に収めることが出来た。
紆余曲折があり、途中ではゲームセットを見据えた対応もしていた。
しかし、人智、真心、義侠心、全体最適、理性、長いものには巻かれろ・・・と、
あまたある価値観を僕のみならず関係者が等しく共有し、セトルした。

人事である。
ヒトゴトは、実際に携わらなくては、その苦悩は判らない。
長きに亘った根回しの末、今日のセレモニー(これは必要だった)を無事に終了することが出来た。
僕はいい部下を持った。助けてくれた。ありがとう、S。

ホッとして、ホッとしたが故に、久し振りに自然に素直に反応できるようになった。
心を開けば、斯様に見落としがちな小さな花が、向こうからこちらに飛び込んでくるのだ。
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by libra-mikio | 2015-09-16 22:33 | | Comments(0)
2015年 09月 15日

ナルちゃん遊び

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古いネガ。大学2年、20歳前後。
噴飯ものだ(Mickey's world の読者は間違いなく減るであろう(笑))。でも載せちゃう。
そして、当時から僕は、究極のナルシストだったのだと改めて思う。

今も手許にあるが、1974年5月8日 水曜日に、僕は「愛の断想 串田孫一 小海永二編(大和書房)」を買った。
当時は買った本の奥の扉に、その日の日付を書くのが習慣だった。
だから40年も前の5月8日の曜日までわかる。

この「愛の断想」の扉に、三宅修氏が撮影した串田孫一の写真がある。
下の写真だ。
間違いなく当時の僕は、この写真を意識して上のカットを撮った。
信州の下宿の6畳間で、たぶん冬で、前の年に松本で入手した本物の油のランタンの灯りで撮った。
カメラは OLYMPUS M-1、レンズはZUIKO 50mm F1.4 だ。それしか持っていなかったので間違いはない。
三脚を使ったセルフポートレイトだ。それは清里の清泉寮で拾った三脚だ。しかし今はどこかへ行ってしまった。

あの頃は自由だったな。自由を謳歌していたな。何をやっても楽しかった。
その自由度、楽しさ度は青天井だった。
今でも両親に感謝している。
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愛の断想 串田孫一 小海永二編(大和書房)より転載。

by libra-mikio | 2015-09-15 23:24 | 陰翳 | Comments(0)
2015年 09月 14日

海の星月夜

毎日新聞朝刊に俳句とその解説が載っている。「季語刻々」というタイトルで、坪内稔典氏が紹介している。先日の句は、河東碧梧桐であった。

吾が庭や椎の覆へる星月夜

  quote
庭に大きな椎の木があって、その下は真っ暗。でも木の下を少しずれると星明りだ。
(中略)
小学生のころ、星月夜には影踏みをよくした。キツネを踏んだ、と叫ばれると尾が急に生える感じだった。星の夜は妖しい。
  unquote

この、後半のキツネの文、そして「星の夜は妖しい」、が妖しい。いいなぁ、こういう文章。
星の光で影踏みができる!

ところで、星月夜、というのは月も出ている光景をつい思いがちだが、正しくは、「星の光で、月夜のように明るいと感じた夜」の意味なので、お月様はおらず、星明かりのみの夜のことだ。
いずれにしてもこの文章から、夜気にしっとりと濡れた野面の道の情景が思い浮かぶ。

今宵も湘南は暮れ往くが、海の星月夜というのをいつかは経験したいものだ。
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あ、写真は星月夜ではなく、星月夜を予感させる夕景・・・このまま星の光だけで白い波がみえたらいいなぁ、なんちゃって、ということデス。

by libra-mikio | 2015-09-14 22:15 | | Comments(0)
2015年 09月 13日

吹く風は湿度を含まず、サラサラのまま海の香りを伝えている

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昨日は久し振りによいお天気だったが、体力も気力も萎えていた。
仕事だから仕方がないのだが、先週はなんと不毛な時間を過ごしたことか。
〇〇よ、僕の青春を返せ!(笑)

それでも自らを奮い立たせて、夕方は海を散歩した。
海はよい具合にたそがれつつあった。
日差しはまだきついが、吹く風は湿度を含まず、サラサラのまま海の香りを伝えている。
思い切って家を出たのは正解だった。

写真は、このところお散歩定番ポイントになってきた片瀬漁港。
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by libra-mikio | 2015-09-13 09:30 | | Comments(2)
2015年 09月 09日

悲しい霊

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2015/9/4(金)、五大紙・毎日新聞に、それも朝刊の、たとえ社会面ではあっても、トップに大きく報じられた記事だ。

「東日本大震災で大切な人を亡くし、霊的な存在を心の支えにする人は少なくない」という書き出し。
続いて、南三陸町の漁師、千葉仁志さん(37)と「家族のかゆい所に手が届く姉ちゃん」だった姉の話が続く。
そして「姉ちゃん」のご遺体はまだ見つけられてはいない。

quote
・・・あの日、近くに嫁いだ町職員の姉は、43人が犠牲になった町防災対策庁舎で波にのまれたらしく、行方が分からなくなった。
だが、10日ほどして、千葉さんは知り合いから「大丈夫だったんでしょ」と声を掛けられる。
避難所の中学校で、嫁ぎ先の親戚の男性が姉と話したという。

男性によると、震災翌日の夜、姉は同僚らと3人で、横一列に手をつないで避難所にやってきた。
「(千葉さん宅がある)稲淵は大丈夫?」と尋ねられ、一家の無事を伝えると「良かった」と言って去ったという・・・
unquote

この後、千葉さんは「本当なんだな」と、男性が音を上げるほど問い詰めたそうだ。

僕は読んだ時、正直背筋がゾッとした。
「姉は同僚らと3人で、横一列に手をつないで避難所にやってきた」というあたり、仲良しの3人の最期の様子を的確にとらえているようで・・・

しかし、なんとも悲しく、やるせない。

諸兄はいかがお感じか。
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by libra-mikio | 2015-09-09 22:30 | Comments(0)