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2015年 06月 30日

栗と空海

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今年は高野山開創1200年の式年である。
司馬先生の 「空海の風景」 は、 何度も書くが実に面白い本である。
長安の都は当時世界一の大都会であり、 紅毛碧眼のペルシア商人がいるは、 ネストリウス派のクリスチャンはいるは、 もちろん今で言う中国人はいるは、 そんな中で若き空海は、 同僚遣唐使の橘 逸勢(たちばなの はやなり)を誘い、 酒を飲み女性を愛でるのである。
青年僧空海が、 眼前に居るような錯覚を持つ。
日本人は空海をもっと知らねばならぬし、 空海を生んだ我が国、 民族をもっと誇りに思わねばならぬ。
「空海の風景」を未読の方は是非とも読むべし。




で、 なんで栗の写真かといえば、 これはもうこじつけで、 日本には多くの地域に栗と空海さんのむかし話が転がっているのである。
曰く、 栗を焼いて食べている童の前をひもじい僧が通りかかると、 哀れに思った童たちはお坊さんに焼き栗の大盤振る舞いをする。 感に堪えないお坊さんは残りの焼き栗を地中に埋める。 童たちは笑いながら 「焼いた栗から芽が出る筈がない」 というが、 あ~らフシギ、 翌年から栗の木が一斉に育つ・・・
曰く、 背の高い栗の木の実を苦労して取って食べていた童たちが旅の僧にその栗を施すと、 あ~らフシギ、 翌日栗の木の背丈が低くなっていた・・・
そう、 この旅のお坊さんはすべて空海さんなのである。 つまり空海さんと栗は切っても切れない縁なのだ。
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桃栗三年柿八年という言葉がいつできたのかは知らぬが、 桃や柿と並び栗も広く我が国の主要な果物として生産・消費されていたのだろうな。
少なくとも栗は空海さんの頃以前からあった訳で、 つまり1200年以上前から我が国の常識的な食べ物だった訳である。
ただ、 1200年というスパンがなかなか感じ得ないんだけどね。
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X-T1 + XF18-55mm F2.8-4.0 OIS

by libra-mikio | 2015-06-30 22:03 | | Comments(0)
2015年 06月 28日

回峰行ならぬ開放行

眠いのに6時前に覚醒してしまい・・・眠いのと覚醒とは相反する表現だが、 こうとでも言わなければ実態を文字に落し込めない・・・
せっかくの日曜だからと、 箱根に向かう。

行けば行ったで持ち前の貧乏性からか、 温めていたプランを実行する。 今日は「仙石原湖尻自然探勝歩道」を、 起点から終点まで歩くのだ。
湿性花園にクルマを停め、 高原の道を7キロ歩いて芦ノ湖の桃源台まで行き、 箱根登山バスで湿性花園まで戻る。

いい道だった。 今日も小鳥たちの歌を聴きながら歩いた。 
今日はクロツグミは出番が少なく、 オオルリがあちこちで盛んに啼いていた。 
無論、 ウグイスは間近で僕の鼓膜が震える程に大声で啼く。
ホトトギスも昼日中には多少場違いなメランコリックな歌を堂々と歌っている。
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もう終わったと思い込んでいたツツジが咲き残っていた。
そこは昔々牧場だったそうだ。 ツツジは自生していたものではなく誰かが植えたもののようだった。
そんな経緯には関係なく、 黒いアゲハが最後の蜜を一生懸命に吸っていた。
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今日ここにきて良かったと思った。
重かった身体は、 あたかも陰陽師の祈祷で悪い蟲が5匹位抜けたようにやや軽くなった。
しかし気分的には1000匹くらい抜けた感がある。
重かったのは身体ではなく、 呪に凝り固まった気分の方だったのだろう。
箱根は回峰行ならぬ、 僕の開放行なのだろう。
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by libra-mikio | 2015-06-28 21:23 | 高原 | Comments(0)
2015年 06月 27日

得難い夕焼け

OM 35mm F2 だけを X-T1 に付けて日暮れの公園に行った。
その時は、 今日こんなに焼けるとは思っていなかった。
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しかしどうしたことだろう、 気まぐれな太陽は地平線の下から高積雲を照らし始めた。
犬の散歩の人や、 お譲ちゃんの自転車の練習に付き合っていたお父さんや、 ジョギングの人たちも、 久々に空が魅せる雄大な光景に気付き、 皆その場で空を眺めている。
あっちでもこっちでも、 遠くでも近くでも、 みんな西の空を見つめて動かなくなる。
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天空のショーは30分ばかり続き、 ほとんどの雲の底から光が消え、 もうどの人の顔も見分けがつかなくなった。
気付けばあちこちの人も三々五々、 家路についたようだった。
僕も帰りながらふと振り返ると、 さっきまでとは違う赤さに空が染まっていた。
あわてて池の前のある小高いスポットに登り、 今日最後の一枚を撮った。
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X-T1とOMレンズがこんなに相性が良いとは思わなかった。
無論ブログ画面では繊細な細部はスポイルされてしまうだろうが、 オオリジナルはすごくいいのだ。
オールドレンズの出来の良さに舌を巻いてしまう。

by libra-mikio | 2015-06-27 21:42 | | Comments(3)
2015年 06月 24日

アジサイ・ブルー

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会社は明日株主総会を迎える。 当社は特殊な会社で、 議決権を持つ100%親会社1名と、 議決権を持たない種類株主2名の株主構成である。

明日、 定款変更をする予定だが、 教科書を読んでも顧問弁護士に確認しても、 もとより議決権を持たない2名の株主には普通株主による定時株主総会の決議通知を送るだけでよい、 ということになっていた。

ところがである。 何の気なしに司法書士に確認したら、 今般の定款変更は種類株主に影響を及ぼす内容であるため、 別途種類株主総会を開いて決議された総会議事録がなければ登記官が登記を認めない、 というではないか。

弁護士に再確認すると、 限りなくグレーだが登記官に拒否されては元も子もないので、 先例主義に従って種類株主総会を開催した方がよい、 というやや情けない回答。

さあ大変。 それが判ったのは、 種類株主総会招集通知を2名の株主に出すためのタイムリミットに後2日しかないタイミングだったのだ。
種類株主総会を開催するためには機関決定として、 臨時経営会議と臨時取締役会を開き決議する必要がある・・・

結局はすべてやり遂げて明日を迎えることが出来たのだが、 今回は真っ青になった。

なんか・・・我ながらつまんないことを書いた。 蒼くなるのはアジサイだけでいい。
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by libra-mikio | 2015-06-24 21:16 | | Comments(0)
2015年 06月 23日

アジサイ・グリーン

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梅雨の候でも夜になるとそれなりに気温も下がり、 雨が降っている今は結構いい感じだ。

僕はマンションの1階に住み、 これを書いている部屋の外にはウッドデッキとヘデラ・カナリエンシスに覆われた広いパティオがある。

そのヘデラを、 夜の雨が叩く。 音は雨脚に忠実に比例し、 パラパラという音なのでさして強い雨ではなさそうだ。

あちらこちらの多くのアジサイも濡れているだろう。

今晩は、 グリーンのアジサイに想いを致すとしよう。
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by libra-mikio | 2015-06-23 21:25 | | Comments(0)
2015年 06月 21日

温存の一日

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今日は何をやったか。

朝、 浜でフルートの練習をした。

浜から帰ってシャワーを浴びた。

母親の見舞いに行った。 病院の近くでボリューム満点のスペシャルフライ定食を食べた。

母の依頼で新しい靴下をヨーカ堂で買った。 ヘルパーさんの依頼で介護保険証を家に取りに戻り、 靴下と一緒にベッド脇のクローゼットに仕舞った。

帰ってからまた風呂に入り、 本を読みながら寝た。

予約した床屋から携帯に確認電話が入り、 慌てて向かった。

イモトがスイスのダムのオーバーハングを登りきるのを見て少し涙を流した。

今日は、 普通の湘南の一日を終えた。 今日は、 温存の一日である。

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by libra-mikio | 2015-06-21 22:15 | | Comments(0)
2015年 06月 18日

ムラヤマ・クロツグミのメス?

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大学生の頃から、 僕はバード・ヒアリングを楽しんできた。 ウォッチングではない。 
何故なら森の小鳥たちはなかなか姿を現さないので、 人間辛抱だ、 と言う格言が到底身に付かない僕としては、 そのお姿を見る前にシビレが切れてしまうのだ。 
カモなどの水辺の鳥の姿はよく見えるが、 どういう訳かデカイ鳥には興味がない。

そこへ行くとバードヒアリングはいい。 勝手に鳥の声が耳に入って来る。 
無論、 どの鳥がどんなふうに啼くのかを先に覚える必用があるが、 40年近い昔から 「鳥の啼き声のテープ」 は市販されていたので、 それを教材として図鑑と見比べ・聴き比べをすることは自然の勉強の一環として非常に楽しいことだった。
そう、 僕は今でも 「鳥の啼き声のCD」 をクルマに常備し、 気が向けばおさらいかたがた聞いている。

クロツグミの声もそのようにして覚えた。 そして拙ブログでも時折書くように、 その流麗で力強くてラテンな啼き声は僕の中で不動の №1 を誇っている。

で、 この日、 とある湖の外周道路を走っている際にクロツグミの大きな声が飛び込んできたので、 こんなに大声ならば近くに居るかも、 と双眼鏡を持ってクルマを降りた。

見つからなければすぐに出発しようと思った矢先、 なんと眼下の木にクロツグミを発見した!
やった! 初めて生クロツグミを見た!・・・のだが、 様子がおかしい。
だって図鑑の絵と全く違うんだもん。 でも啼き声は間違いなくクロツグミなのだ。
よもや僕の眼と耳が別々の対象を捉えたか、 というお馬鹿なことは考えず、 不本意ながらナンチャッテクロツグミ? として腑に落すことにした。 

家に帰ってこの写真と図鑑を照らし合わせてみたが、 どうやらこの子はメスらしい。 メスの場合は緑がかった茶褐色であると図鑑に絵説きされている。
しかしどの図鑑を見ても、 集合知に当たっても、 村山元総理の様な白い眉毛は描かれていないのだ。

うーーーん、 どうしたらいい? こいつはムラヤマ・クロツグミのメスか?
それにしても とんぼり人形 の様な素っ頓狂な顔だ。

Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM


 

by libra-mikio | 2015-06-18 22:02 | 高原 | Comments(0)
2015年 06月 16日

カラーが咲いていた

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カラー。 僕は結婚式と、 たまに立ち寄る花屋でしか見たことがなかった。 それが箱根で咲いていた。
かなり驚きつつ、 眼福々々といい気分になっていたが、 帰って調べてまたビックリ。

本名はオランダカイウ。 カイウ=海芋=海外から来た芋。 まさにサトイモ科の植物。
原産国は南アフリカだが、 日本には江戸末期に現われ、 現在ではかなり自生しているという。

更なるオドロキは、 なんと初夏の季語としてあまたの俳句にうたわれているのだ。

カラーの方は白いシャツの襟の様である・・・というところからきているらしい(他にも諸説あり)。

とにかく、 最近の洋モノだと思っていた結婚式の花が、 江戸末期から日本に定着し、 季語にもなっていて、 それが箱根に生えていた。

幾つになっても知らないことだらけである。

Canon EOS 7D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2015-06-16 21:20 | | Comments(0)
2015年 06月 15日

マイ・メディスン

もうクドクド書く気はないが、 自分が取った自分を取り戻す方法は最良のものであった。

仙石原の高級な別荘地の最奥に、 この小道はある。 

土曜日のやや遅い午後にこの道を歩くのは僕一人である・・・と思いきやそうではなかった。
この道のもっと手前の方で、 ネクタイを締めて上着を着たかなり年配の穏やかな老紳士と、 奥様であろう軽いボンネットを被った老女とすれ違った。
しかし彼らは軽い会釈を残してゆるゆると別の方向に歩いて行かれた。

その後は誰とも逢わなかった。

シロヤシオだろうか。 白くて小さな花が際限なく落ちてくる。 風もないのに。

ホトトギスが啼きながら空を右から左へ飛んでいく。 クロツグミは先ほどから自分の歌に酔い痴れている。

こんな経験が僕の心のメディスンになる。
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Canon EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM 

by libra-mikio | 2015-06-15 22:28 | 高原 | Comments(0)
2015年 06月 14日

ヒトデナシからヒトに

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いやはや、 気付けば一週間以上もブログをほったらかしにしていた。
この間、 公私にわたりとてつもなく忙しかった。

結局母親は「気高い」清掃スタッフさんのいる病院に入院した。
内臓疾患は無いようだが(全くないことは無いが急性期の疾患はない模様)、 経年変化の腰椎骨折により身体中が痛いといって自発的な動きが出来なくなってしまった。
もはやお手上げである。 故に入院させてもらった。 本人もホッとしている。

仕事は仕事で緊急事態が発生したりしてこの一週間は全く気が許せなかった。

そんなこんなで母親を入院させてから昨日まで一回も見舞いに行けなかった。
これではヒトではないと思い、 きのうようやく病院に行ったが案外元気でホッとした。

元気になればなったで多少我儘が出始めてきて、 ラジオを手元に置いてくれとか、 スイッチが入れられないだとか。
僕もイライラしてきて、 そのくらい自分でやりなさい、 スイッチはここだよ、 と言って無理やり彼女の腕を取ろうとしたら、 それは2月に骨折した方の腕で、 痛い! 痛~い!と叫ばれてしまった。
今は大部屋なので、 周りのベッドが急にしーんとなる気配が感じられた。

同室の方にしてみれば、 母親を入院させたまま一週間も見舞いにも来ずに、 来たら来たで虐待する息子なんだ、 と思ったであろう。

ヒトになるために病院に行き、 結果ヒトデナシみたいに思われて散々な目に逢った。
しかしこれは僕が悪い。
あたかも、 母親への愛情もリスペクトもなくしてしまったかのように、 僕の心から全く余裕が消え失せていたからだ。

今日は、 まず自分を取り戻すためにまた箱根に行ってきた。 箱根じゃなくてもいいんだけど、 とにかく自然の中に自分を置いてみたかった。
幸いなるかな、 多少、 もとに戻った気がする。
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Canon EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2015-06-14 20:45 | | Comments(0)