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2015年 02月 28日

M-1 と X-T1

OLYMPUS M-1 と FUJIFILM X-T1。

横幅はなんとX-T1の方が小さい! 軍艦部の高さはX-T1の方が5mmほど高く、 ペンタ部(?)まで入れると、 やはりX-T1の方が10mm程高い。 
それでもX-T1の、 この小ささである。

この2台で何処に行こうかしら。 諏訪へ氷滑りにいってやろうかしら・・・と言ったのは志賀直哉だが。

トルコのコンヤにスーフィーダンスを見に行ってやろうかしら、 それともプラハを流れるヴルタヴァ川のほとりがいいかしら。

今夜は束の間、 地球儀を回して幸せな夢に浸るとするか。
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by libra-mikio | 2015-02-28 22:51 | | Comments(0)
2015年 02月 24日

雨、夜、江の島

あの娘たち、 何で今頃居るんだろ?

まてよ、 何で僕はそれを撮ってんだろ?

季節外れの江の島の、 ある雨の夜。
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EOS 5D

by libra-mikio | 2015-02-24 23:11 | | Comments(0)
2015年 02月 22日

古いワーゲン

こんな雨の日にはバイクにも乗れず、 近所を散歩する。 すると意外にも古いワーゲンが目につく。

本当に古いワーゲン達だが、 オーナーが大切にしていることが分かる。 
何故なら雨の粒が筋を成しているから。 つまりワックスがけを怠っていないのだ。

僕自身はさほどクルマに興味はない。 ドライブは好きだが、 余り蘊蓄は持たない。 
安全に走って安全に止まって、 更に言えば快適であれば文句は無い。 しかし道具としての愛着は感じる。

その意味で、 オーナー達が古いワーゲンを大事にしていることに、 僕はシンパシーを感じる。

亡くなった大瀧詠一さんの 「雨のウェンズデイ」 には、 「壊れかけたワーゲンの ボンネットに腰かけて・・・」 という歌詞があった。

今日は水曜日ではないが、 あの名曲 「雨ウェン」が、 頭の中でリフレインする。
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この中の一枚は OLYMPUS OM-4Ti の銀塩写真。
残りの二枚は FUJI X-T1です。 さてどれがどれでしょう?
青いワーゲンが OLYMPUS です。
なお、 黒いワーゲンのボンネットに光るものは雲間の太陽ではありません。 本当に色が剥げているのです。 

by libra-mikio | 2015-02-22 19:45 | | Comments(0)
2015年 02月 19日

海と人

鵠沼海岸から茅ケ崎の柳島まで、 約8kmのサイクリングロードが続く。 R134と砂浜の間の海の道だ。

僕は、 縁ある現JOCトライアスロン専任コーチから借り受けている、 分不相応なバイクでよくそのロードを流す。 無論ハードに乗る訳ではなく、 いつもカメラをたすき掛けにしてのんびり流す。 (飯島さん、 競技に使わず済みません)

バイクとはつまり自転車だ。 自転車は、 単位時間内に徒歩では到達できぬ距離を移動でき、 且つクルマより濃密に風景を観察することが出来る素晴らしい乗り物だ。 気持ちよい。

2月とはいえ小春日和の休日、 いつものように海を流せば、 波のきらめきに、 僕と同じように海を愛するであろう人たちがシルエットを創っていた。

個人の物語は知らないが、 勝手な想念の上で、 僕は彼らと同化する。
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by libra-mikio | 2015-02-19 22:27 | | Comments(0)
2015年 02月 17日

幸せ者

人間は自然を探求することは出来るが、 自然が織りなす美は、 到底人間には作り出せないものだ。

景勝地と呼ばれる場所に立てば、 否応なくそう知ることになろう。

しかし景勝地のみならず、 自然はそこかしこに充溢している。

小さな鉢植えをもし買ったなら、 その鉢の中の自然は、 例えば会社組織よりも深くて真面目な姿を見せることだろう。

幸いなるかな、 僕は海辺に生を享け、 また山国での生活も経験し、 謙虚に自然を受け入れる受容体を形成することが出来た。

僕は家の近所であっても、 自然の美しさをいとも簡単に見つけ出すことが出来る。

自分を幸せ者だと、 本気で思う。
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すべて家のそば。

by libra-mikio | 2015-02-17 21:51 | | Comments(2)
2015年 02月 14日

試写

昨日に引き続き X-T1 の試写である。

でも試写でいきなり夜景というのはオタッキー過ぎると、 皆さまお思いであろう。

実はこいつは、 ぶらっと行った街の夜の風景をしっかり撮りたい、 というメルヘンチックな目的で買ったのである。
だから、 SONY α7S の ISO409600(!) にはかなり魅かれたのだが、 きゃつは実際に手に持った時の感触がイマイチ。 好みの問題だ。 
あんな、 取って付けたようなエセ・ペンタ部が突然隆起しているのって如何なものか? 
操作性についてもダイアル多用の X-T1 の方が間違いなく使いやすいので、 撮像素子の大きさに惑わされずに、 X-T1 に恋したのであった。 
それにフルサイズなら、 EOS 5D があるし。

で、 その夜景撮りだが、 撮っていて楽しくなった。 一方、 現像ソフトの SILKYPIX には慣れていないが。
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by libra-mikio | 2015-02-14 20:16 | | Comments(2)
2015年 02月 13日

FUJIFILM X-T1

カメラのコレクションに FUJIFILM X-T1 + XF18-55mm F2.8-4.0 OIS (あは、 つまりレンズキット) が増えた。 X-E2にしようかどうしようか、1年間悩んだ末の快挙だ(笑)。 ポンコツの下取り差額で122,000円だった。 キタムラさん、 ありがとう。

ようよう1週間になるところだが、 その小ささ、 ダイアル操作の感涙ものの素晴らしさ、 ファームアップで1/32000秒のモノスゴサ等々、 あっけにとられるほどの出来栄えである。

キットレンズだって馬鹿にならない写りをする。 もっとも、 写り過ぎるので、 敢えてソフトフィルターを付けて解像度を落とす方が僕には酔い。 あ、 良い。

懸念していたEVFも、 なんの違和感もなくオドロクばかりである。

これまでの EOS 5D + EF24-105 L ≒ 1.5kg と比べてこのセットは700gと軽いので、 我が腰への負担も半分である。 健康に良いカメラ。

但し残念ながら現像ソフトが嫌だな。 CANON DPP に慣れ切った身には SILKYPIX は扱い難く、 かつ重い。 これは変えましょうよ、 富士山(笑)

・・・
試写の写真は、 「夕暮れ時はさびしそう」 な湘南・辻堂の、 センチな光景である。
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X-T1 + XF18-55mm F2.8-4.0 OIS

by libra-mikio | 2015-02-13 23:56 | | Comments(0)
2015年 02月 05日

愛って何だろ?

愛とは何ぞや。 昨日の続きである。
57歳になって気恥ずかしいのであるが、 改めて愛という言葉を噛みしめるとき、 僕は判らなくなるのである。

まず、 愛、 という概念は日本民族には無かったものではないだろうか。

愛とは何ぞや?
気高いとか、 そんな曖昧な形容詞で定義しても始まらない。 ましてや演歌や歌謡曲が歌うところの色恋ものでは、 無論ない。

・・・

もしかすると、 愛というのは水なのかも知れない。
何故なら、 文明が成立した場所は、 チグリス・ユーフラテス、 黄河・揚子江、 ナイルのようにその大河周辺は肥沃であっても、 一歩圏外に出れば水に渇えた広大な地域が広がる。
砂漠・土漠の民は水の持つ力を生命の根本と捉えることにいささかの疑念も持たなかったであろう。

翻って我が秋津島は、 そこら中に良質の水が湧き出ていた。 我が大和民族は、 水を入手するのに骨を折る必要はなかった。
水はふんだんに大昔からまわりにあった。

・・・つまり水を享受しながら、 愛を体感しながら、 愛の概念を定義する必要が無かったのかも知れない。

ああ、 またオチの無い世迷いごとを書いてしまった。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM
水って、 愛? 愛って、 水? わからんちんだが、 海はきれいだ。

  

by libra-mikio | 2015-02-05 23:14 | | Comments(0)
2015年 02月 04日

愛が湧く井戸

街を歩いていたら可愛らしい井戸をみつけた。 ポンプの口から胴体から、 水ならぬ小さな花があふれ出ている。
ペイネならきっと 「愛が湧く井戸」 と名付けるだろうな。

愛と言えば、 今日偶然に強いメッセージを放つ言葉に出逢った。
「生きてゆく日に 愛と正義の十字路に立たば 必ず愛の道に就け」

これはキリスト者であり、 医師であり、 らい病=ハンセン病患者を差別なく診察して、 わずか42歳という短い生涯をとじた小川正子(明治35年~昭和18年)が、 自分の聖書に、 自ら書き遺した言葉である。

簡単なように見えて、 その実、 難しい。 やはりキリスト者だから出来るのであろうか。 いや、 キリスト者としても難しいからこそ、 戒めのために書き出していたのだろう。

しかし一度愛が汲み上げられれば、 きっと枯れることなくこんこんと湧き続けるのだろうな、 愛は。
まるでこの井戸のように。
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EOS 5D + EF24-105mm f/4L IS USM 

by libra-mikio | 2015-02-04 22:21 | | Comments(0)
2015年 02月 02日

カレル・チャペックの花の色

平塚に、 カレル・チャペックの家がある。 というのは半分だけホントで、 そこには家のみならず庭まで再現されているのである。 むろん真似っこで建てたものだが。

以前からチェコに憧れ、 いつかはプラハの石畳を逍遥したい僕にとって、 こんなに身近にチェコを感じる場所があったとは驚きである。

年末から最近まで、 カレル・チャペックの家の周りにはたくさんのチューリップが咲いていた。
こちらのチューリップ達は、 江の島の同胞のようにアタマから水を掛けられるなどということはなく、 丁寧な園芸ボランティアによって大切に育てられていた。

その花は、 あたかもチェコの街中にいるように、 ヨーロッパ特有のしっとりとしてぽってりとした色を纏っていた。
まるで僕のレンズが、 キャノンからコンタックスになったようにも思えた。
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by libra-mikio | 2015-02-02 22:55 | | Comments(0)