Mickey's world

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2014年 07月 31日

山帽子

「山中湖文学の森」 には三島由紀夫文学館や徳富蘇峰館などが建っており静謐で知的なエリアであるが、 その周囲を取り巻く森がことのほか素晴らしい。

大好きなクロツグミの歌が聞こえる梅雨の一日、 あがりそうであがらない雨に濡れながら林内を逍遥した。

その一角だけぱっと明るい、 山帽子の群れ生える場面に出逢った。

これだけ沢山の花をつけた山帽子を見るのは初めてだった。

写真を撮るうちに、 その花の立体的なつき方に気がつき横から狙った。 横から狙ったら、 今度は花の裏側に入ってみたくなった。

そしたら、 明るい雨空と白い花弁の区別がつかなくなって、 花は光になった。
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Canon EOS 7D + EF24-105mm f/4L IS USM

by libra-mikio | 2014-07-31 21:36 | 高原 | Comments(0)
2014年 07月 29日

被写体を選ぶ眼

去年の8月に南信を回った時、 伊那の町で酔眼朦朧となりながら撮ったものが上の写真だ。

かなりキコシメシ、 それでもISO400+F2.0のおかげで見苦しいほどにはブレてはいない。 ただ、 こんな看板をブログにアップする気も起らず、 これまで放っておいた。

ところが今月に出た枻(えい)出版社のCAMERA magazineを見て驚いた。 写真家の尾中浩二氏が全く同じ看板を撮っていたのだ。 それが下の写真だ。

これまでも、 書くのもハバカラレル竹内敬信氏と全く同じアングルで、 山中の砂防堰堤の上のヤマフジを撮っていたり、 お名前は忘れたが、 八千穂自然園の小さな滝をほぼ同じ目線で捉えていたこともあった。

無論、 僕が撮った方が先で、 そのあとに雑誌媒体で諸氏の写真を拝見したのだった。

それにしても伊那の片田舎のこの看板をプロが被写体に選んだとは! 被写体を選ぶ僕の眼も、 マンザラ捨てたもんじゃない。
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上の写真 OLYMPUS OM-4Ti + ZUIKO35mm F2 + SUPERIA PREMIUM 400

by libra-mikio | 2014-07-29 21:57 | | Comments(0)
2014年 07月 28日

海辺の情景 夏を受け入れる準備

湘南に本格的な夏がやって来る。 つまりまだ本当の夏ではない。 暑いだけでは夏ではない。 

陽が落ちて薄明も消えゆく南天に、 ふと気付くとさっきからそこに居ただろうアンタレスの赤が見え始め、 バックの藍が漆黒に移ろうにつれ、 サソリのふてぶてしい心拍を伝えるように明滅する・・・

そんな夏が間もなくやって来る。 いま、湘南は夏を受け入れる準備をしている。
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OLYMPUS OM-4  

by libra-mikio | 2014-07-28 21:28 | | Comments(0)
2014年 07月 27日

高原で憩いたい

用事があって大阪に行き、 さっき帰って来た。

いやぁ、 凄かった。 暑かった! 人がいっぱいいた! みんな勝手に動いてた!

暑いのは覚悟の上だから仕方がないが、 帰りにノスタルジーにかられ、 難波から心斎橋まで心斎橋筋を歩いたのがいけなかった。 何であんなにヒトがいるんだろ? 

東京どころの騒ぎじゃない。 しかもみんなスピードの違うそぞろ歩きで、 北上する奴と南下する奴が入り乱れ、 あまつさえそれを斜めに横切るヤカラがいて、 とにかくクラクラする。 素直に地下鉄でまっすぐ新大阪に行けば良かった・・・

で、 ぐったりしてウチにつき、 早速カッコウの声が聞こえていた高原の花写真を見て、 平常心を取り戻しているところデス。
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いやぁ、 もう人ごみはイヤだ、 何処でもいいから高原に行きたいよ。

by libra-mikio | 2014-07-27 21:29 | | Comments(0)
2014年 07月 25日

山百合

山百合が自生する。 当然といえば当然だが、 百合は園芸種だと思い込んでいる身にはいささか、 いや、 かなり新鮮な認識であった。

僕の好きなコオニユリなればまだしも、 カサブランカのように姿の大きいこの山百合である。

花屋で売られるようなゴージャスな姿態が、 薄暗い雨もよいの林間の下草の中に点在する。 くどいが、 驚く。

もちろん近辺には自我を宣言するような、 百合独特の香りが充満しているのだ。

そして自然種であればなおさら、 そのこぼれた花粉が生々しい ”wille zum leben” を喚起させるのである。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2014-07-25 23:02 | | Comments(0)
2014年 07月 23日

合歓 落ちてなお

合歓は落ちてなお妖しい。

強い雨に打たれたか。 大きな風に揉まれたか。

樹上で枯れずに命の途中で落花した。

夭折という言葉をふと思い出し、 しかしすぐに文字を入れ替え、 妖折という言葉を創る。

とても夭折の詩人には見えず、 妖折の婦人、 などと考える。

合歓は落ちてなお妖しい。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2014-07-23 20:52 | | Comments(0)
2014年 07月 22日

合歓 I Celebrate My Love.

合歓の花ことばにこだわっている。

男女のしとねにゆかりのある花であれば、 その姿態は艶やかで麗しくあらねばならぬ。 

それでは夜のイメージで撮ってみよう。 かといってそこに安っぽさがあっては、 これまたならぬ。

品よく、 しかし切ない、 ピーボ・ブライソン & ロバータ・フラックの "Tonight, I Celebrate My Love" がそのイメージか。

合歓ちゃんは、 愛をセレブレイトしちゃうんだなぁ・・・、 似合ってるよなぁ・・・
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM 

by libra-mikio | 2014-07-22 20:46 | | Comments(0)
2014年 07月 21日

合歓 朗

花ことばにあるように、 合歓は 歓喜 を意味する。

夜来の雨が上がり、 むっとする水蒸気があたりに立ち込める中、 明るくなった空を背景に合歓を見上げれば、 合歓は朗らかに喜びを体現している。

柔らかく、 しかし見かけによらない強靭さを携えた蕊たちが中空に精いっぱい伸び上がり、 短い花期を謳歌している。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2014-07-21 18:56 | | Comments(0)
2014年 07月 20日

合歓 (ねむ)

合歓に逢いたくなった。 近所の中学校のテニスコートに数本あるのは知っている。 でも山中の、 自然な姿の合歓に逢いたくなった。
あてずっぽうではあったが、 神奈川中西部の丹沢山塊南麓に進路を定め、 中津川のとある岸辺で彼女たちと逢えた。

なんという繊細さだろう。 

いささか不粋だが、 誰しもが花だと思い込む細長い器官は、 沢山あるピンクのものが雄蕊であり、 中に数本ある白いものが雌蕊らしい。 では花弁は・・・花びらはその根元に薄緑に筒状に存在しているがほとんど注意を引かない (by 集合知)。

白けてはいけないので、 合歓の花ことばを引用すると、 歓喜、 胸のときめき、 創造力、 だそうな。
合歓は夜になると葉がピッタリとくっつき、 男女のしとねの姿に似るため、 喜びを共にすることを表す花言葉になったそうな (by 集合知)。

あれれ、 繊細だと褒めたのに、 何やらカーマスートラの表紙絵が似合いそうな合歓ちゃんなのである。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

  

by libra-mikio | 2014-07-20 19:28 | | Comments(0)
2014年 07月 16日

海辺の情景 葦簀(よしず)

葦簀 (よしず) は葦を編んで開口部に立てるブラインド。 簾 (すだれ) は細竹を編んで開口部に吊るすブラインド。
そして浜にある防砂目的のこの竹製の垣は、 単に竹垣と呼ぶのだろう。

しかし僕は幼いころ親父から、 あれは葦簀 (よしず) というのである、 と教わった。

人間50年を過ぎても、 あの時に教わった言葉が体を離れない。

ヨシズは経年劣化により何年かごとに立て替えられるのだが、 当地の行政は必ず本物の竹でやり直す。
資材が豊富な現代であれば、 長持ちする代替品を使うことを誰しも発想するだろうが、 当地の行政は頑なに竹を使う。
その心意気や善し。 浜にプラスチックの垣根が出来た日にはそれこそ興醒めするであろう。

・・・と、 こうやって ヨシズ と書いている僕は、 本当に親父のアガペエに守られていたんだな、 としみじみ想う。
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OLYMPUS M-1 + G.ZUIKO50mm F1.4 + 400PRESTO

by libra-mikio | 2014-07-16 22:20 | | Comments(0)