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カテゴリ:高原( 279 )


2017年 10月 09日

ツタウルシのルンルン

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10月の初めではまだ紅葉が燃えていないことは承知していた。
しかし3連休だし、どこかに出掛けたくてしょうがなかった。

山中湖のそばの、花の都公園のコスモスを念頭に置き出発したが、ここのコスモスは年を追うごとに淋しくなっていて絵にならない。
そうだ、お気に入りの甲斐小泉から甲斐大泉をつなぐ泉ラインの雑木林はどうだろう。
遠いな。でも行ってみよう。

しかし、案に相違せず(笑)、まだ中途半端だった。
残念な気持ちでハンドルを握り、今日は清里のソフトクリームをゴールにするかと思ったとき、美し森の交差点でツタウルシを見た。

林道の入り口のような場所にクルマを停め、ずんずんと林内に分け入った。
蜘蛛の巣が頭に絡みつくのを厭わず、ずんずんと林内に分け入った。

そしたらどうだ、ツタウルシは番茶も出花で、結構ルンルンしていた。
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by libra-mikio | 2017-10-09 21:08 | 高原 | Comments(0)
2017年 09月 03日

始まりの秋

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夏は往きつつある。
これから先、もちろん気温の高い日がやって来るだろうが、今年の夏は確実に往きつつある。

串田孫一が、「毎年秋の入り口に天馬ペガススの四辺形を見ずに秋を迎えることはない」と書いたのと同様、僕はこのツリガネニンジンの可憐を見ずに秋を迎えることはない。
高原の冷涼は、既に8月のうちに彼女を大人の女性にしていた。
双眼鏡でとっくりと彼女のいでたちを確認した僕は、毎年の、秋を迎える儀式が執り行われたことに深い安堵を覚えた。




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マツムシソウの花を淑女のボンネットに見立てて、その群生を彼女たちがロンドを踊っている、と表現したのも串田さんだ。
その一文を読んだ19歳の僕は、その初秋に初めて美ヶ原でマツムシソウに出逢った。

何だろう、なんで彼女はこんなにも優美なのだろう。
本当にそう思った。
ただ、そのネーミングには合点がいかなかったし、今も不思議に感じている。

可愛い、だけではない。容姿が面白い、だけではない。彼女の魅力はどこにあるのか、これは突き詰めるべき課題かもしれないが、おそらく野暮であろう。
ただ一つ言えることは、気品、かもしれない。




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アサギマダラがノアザミの蜜を吸う。
二人の関係は互いに相手の得になる、Win-Winである。
自然界では、学校で教わらなくても、互いが互いのためになることを行う。
意地悪をするものはいない。
意地悪をする意味がないからだろう。
アサギマダラの脳の何万倍もの質量を持つ人類の脳は、余計なことばかり考えている。


by libra-mikio | 2017-09-03 21:56 | 高原 | Comments(2)
2017年 07月 24日

キスゲと一緒に太陽を待つ

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白樺湖の定宿を、朝の5時半に出る。
勝手知ったるフロントは、キーを置いておけばいいから、ということになっている。
ニッコウキスゲを見に、車山の肩を目指す。
雨ではないが晴れでもない微妙な空気感。
ビーナスラインから振り返れば、蓼科山がシルキーな高層雲越しの朝日に影絵になっている。




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霧ヶ峰はまだ乳色の曖昧なエーテルで満たされている。
去年とほぼ同じ日の同じ時刻に霧ヶ峰にいるが、今年のニッコウキスゲは去年より張りがあるようだ。
でもこの光ではくすんでいて、なんだかのっぺりしている。
雨でも構わないとは思っていたが、晴れるのであれば早く晴れてほしい。




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さあ、もうすぐだよ。もうすぐ、お日様が顔を出すよ。
さっきよりも明るくなって来たぞ。
まだかな、まだかな。
太陽を待っているのは花たちも一緒のようだ。




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そら出た!
一旦太陽が出てしまえばこんなにも透明な色に変わる。
ここでも名残のレンゲツツジが少し咲いていた。
ツツジとキスゲのツーショットを狙ってあれこれアングルを変えてみたが、これが精一杯。
自然界の贈り物のワンカット。



by libra-mikio | 2017-07-24 20:49 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 23日

逢いたかった風景

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駐車場にクルマを停め、いよいよワンダリングが始まる。
年齢と日頃の不摂生が息を弾ませる。弾んでいるうちはいいが、そのうち弾みもしなくなる。
でも気温はおそらく25度を下回り、湿度も低く、汗が見事に飛んでいく。

何気なく眺望が効く場所に出た。瞬間、これぞ信州! と思った。
何という山が見えているのか、が問題ではない。
この時の僕にとって、あるべきものが、あるべき場所にあり、すべての配置が黄金律に則っていた。




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池の平湿原は別名、アヤメ平とも呼ばれているそうだ。
木道を逸脱してはいけない。自然に対する奥ゆかしさを保つためにちゃんと望遠レンズを持って来ている。
6時に湘南を出発してここに着いたのは午後1時。
中途半端な時間帯であるがゆえに、却って僕の周りに登山者はほとんどおらず、木道に一人座り込み、望遠で切り撮る。
アヤメたちは確かに笑っていた。




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詩人、尾崎喜八は美ヶ原を訪れ、その天空の広がりの様子を、
「登りついて不意にひらけた眼前の風景に / しばし世界の天井が抜けたかと思う。
 やがて一歩を踏み込んで岩にまたがりながら、 / この高さにおけるこの広がりの把握になおもくるしむ。
 無制限な、おおどかな、荒っぽくて、新鮮な、 / この風景の情緒はただ身にしみるように本原的で、
 尋常の尺度にはまるで桁が外れている。(尾崎喜八 美ヶ原熔岩台地)」
と記した。
その気分は池の平湿原にも当て嵌まる。
写真に見える木道は、一周しても30-40分なのでスケール的には小さいが、気分はもう、同じだ。名残のレンゲツツジも僕を待っていてくれた。


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by libra-mikio | 2017-07-23 21:25 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 18日

駒草

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池の平湿原の上に咲く駒草に逢うことと、霧ヶ峰のニッコウキスゲに逢うこと、そして踊場湿原を歩いて郭公を聞くことが海の日連休の定番となった。

駒草ってこんなにも可憐なのに、信じられないようなガレ場でしか咲かない。
何でだろう?
って、僕が考えたって解決しないからやめよう。

駒草って、背丈が小さいんだよ。
せいぜい大きくたって、15センチにも満たない。




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そして赤ん坊のように、花の大きさとそれを支える茎、首の細さがすごくアンバランスなんだ。
だから一層、健気さが伝わるのかな。
あ、もちろんその名前は花の形が馬の顔に似ているからだということは判るよね。




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去年のほぼ同じ時期にここに来たときは、なんとなく花期の終わりでほとんどの花がやつれていた。
でも今年は、なんとか間に合ったみたい。
嬉しかったなぁ。


by libra-mikio | 2017-07-18 21:32 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 17日

絵はがきの富士

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毎年、海の日の連休に高原に行くようになった。
梅雨のさなかだから、雨が降ることは織り込み済みだ。
しかし今年は一体どうしたことだろう。
確かに水蒸気は多いが、朝早くから快晴だ。

三国峠から山中湖に降りる途中にパノラマ台という、山中湖と富士を見渡せる展望台がある。
その駐車場はすぐに満車になり、三脚の列が立ち並ぶ。
僕のようにモノノワカッタ人は(エヘン)、その少し上にある無名の空き地を選ぶ。




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まるで絵はがきだ。風景写真としては実によろしくない。
でもね、この光景を前にして、ストレートにシャッターボタンを押したい!という誘惑は強烈である。
そして僕はサタンに打ち勝つイエスほど強くない。

夏富士にはわずかに雪渓が残るのみ。
植物の緑が夏のエネルギーを得て、少しづつガレ場の茶色を上方に追い詰めていく。
平和な光景である。


by libra-mikio | 2017-07-17 15:03 | 高原 | Comments(0)
2017年 06月 09日

自然に包まれる幸せ

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杖突街道から入笠山、或いは中央線の青柳駅方面に抜ける道の途中に金沢峠がある。
その峠の少し手前に、千代田湖という農業灌漑用人造湖がある。
人造湖と言ってしまえばそれまでで身も蓋もないのだが、奥蓼科の御射鹿池(みしゃがいけ)のように周囲の自然に溶け込み、いや、この池があることにより周囲の自然が余計に尊く思われるような、そんな池である。
(そうそう、御射鹿池は今でこそ東山魁夷の「緑響く」のモチーフとして有名になったが、僕が通りすがりに良い池だと思って、そこでわざわざフルートを吹いていた頃は観光客などは訪れていなかった)




少し前に富士の裾野でトウゴクミツバツツジを愛でたが、この千代田湖ではレンゲツツジがちらほら咲き始めていた。
悲しいことに、僕はレンゲツツジのメッカ、湯の丸高原にはそのピークの時に訪れることが出来ていない。
ここ10年は総務のヘッドとして6月の株主総会の準備があり、湯の丸どころではなかった。
今年からは内部監査に異動したが、学校に通ったり、まだ試験論文を書いていなかったりで、やはり湯の丸はお預けである。
でも、「なんとなく土日ツアー」で初めて訪れたこの場所で出逢ったレンゲツツジは、群落ではないが、僕の心をとても和ませてくれた。
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林間の、黒く落ちる樹影の中にレンゲツツジの子供が佇む。
写真に音は写らないが周囲はハルゼミの大合唱で、その音圧たるや想像を絶する。
初めはあっけにとられていたが、そのうちにナチュラルハイになり笑ってしまった。




高原と青空と、水面と可憐な花木。
おまけにハルゼミの声に包まれ、僕はすごく幸せだった。
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by libra-mikio | 2017-06-09 21:53 | 高原 | Comments(0)
2017年 05月 26日

初夏の紫

初夏の紫が好きだ。
初夏の紫に惹かれる。




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トチノキ。
お洒落に仏語で言えばマロニエ。
すっくと中天を目指し、花穂も上昇志向を持つ。
潔さを感じる。
願わくば、僕の心にもマロニエを植え、大事に育てたい。




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キリ。
内閣の家紋だそうである。内閣に家紋? どうでもいいが、確かにプロンプターの演壇には桐の紋章がいつも現れる。
そんなことはどうでもいい。
桐は、霧と合うそうである。
箱根で偶然に言葉を交わした古老が、そう断言していた。




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フジ。
山間の道路を走っていると、あちこちにフジが見え隠れする。
藤棚のフジもいいが、野生の趣を横溢させるフジに親近感を覚える。
きっと誰かが見てくれている、と。




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トウゴクミツバツツジ。
好きだなぁ。本当に好きだ。
この色はおそらく人工では真似が出来ないのではないか。
毎年この時期に逢いたくなる。
たまに忙しくて逢いに行けない時もある。
でもね、今年は遭えた。


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木花開耶姫も、トウゴクミツバツツジをご寵愛なさっているらしい。

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by libra-mikio | 2017-05-26 23:14 | 高原 | Comments(0)
2016年 08月 27日

コオニユリの誘惑

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僕を誘惑する花たちはたくさんいる。
香りで悩ませたり、妖艶な衣装で気を惹いたり、或いは純朴な気品で誘うともなくモーションを掛けたりする。

コオニユリはどうだろう。
彼女は純朴だが誰にも負けない芯の強さを持ち、富や名声に惑わされず、自分が大事にしたい、そしてきっと自分を大事にしてくれる人しか相手にしない・・・
そんなイメージがある。
そしてきれいだ。
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8月の箱根を歩き、仙石原の、太古に由来を求める湿地性の草原で、僕はこのコオニユリと出逢った。

本稿の初めに、花たちが僕を誘惑するのだ、と書いたが、それは僕のプライドが書かせたのであり、この時は僕の方から彼女に惚れたのだ。
草原にあまたいる美女たちの中に、彼女は僕のことなど全く頓着せず、天上のプレアデスの娘たちが無心に踊り続けるが如く、対価を求めぬ笑顔を振りまいていた。
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そんな彼女を認めた僕は、なんとかして彼女を僕に振り向かせたいと切望した。
どうしたらいい?
声を掛けるしかないだろう。

体面を損なわぬよう、しかし確実に僕の想いが伝わるよう、高原で独り芝居を打ちながら僕は彼女に近づいた。

するとどうだ!
彼女は僕の恋心を知ってか知らずか、既にアゲハの求愛を受けていた。
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by libra-mikio | 2016-08-27 18:43 | 高原 | Comments(0)
2016年 07月 24日

霧ヶ峰、ニッコウキスゲのことなど

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ここ数年、毎年海の日の連休を使って霧ヶ峰に行っている。
何も海の日に山に行く諧謔を楽しむ意図はなく、冬から春、そして初夏を巡るうち、ああ、信州に行きたい、高原に行きたいという想いが募り、それがいっぱいに膨らむ頃に海の日がやって来るということである。
いつも梅雨のさなかだが、霧にまかれるから霧ヶ峰なのであり、天候には全く頓着しない。

宿は白樺湖畔にある土産物屋が併設する「プチホテルまほろば」か「民宿なかや」だ。
どちらも部屋にバス・トイレなど付いている筈もなく、ただ単に雨がしのげて虫が来ないという「立派なテント」くらいの気持ちで利用すれば腹も立たない。
隣人がガタピシ音を立ててもちゃんと耳栓を用意してある。
めし類はホットモットで買い込んで置けばよい。もっとも白樺湖にホットモットはないから、忘れずに茅野で買っておく。

話が逸れた。霧ヶ峰だ。
この時期の霧ヶ峰のお目当てと言えば、もちろんニッコウキスゲだ。
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朝5時半、「立派なテント」を後にし、車山に駆けつける。
既に駐車場は半分以上埋まっている。例の上州屋のカッパを着込んでGO.

最近はニッコウキスゲの群落の周囲に電気柵が張り巡らされているので、どうもいただけない。
でも、そうでもしないと、アホな輩がずんずん足を踏み入れてしまうのだろうな。
諏訪市教育委員会としても苦肉の策、柵なんだろうな。

しかしニッコウキスゲはいい。
霧ヶ峰の、途方もなく広い草原が明るく染まる。
このさわやかな気分は何物にも代えられない。
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EOS7D

by libra-mikio | 2016-07-24 17:50 | 高原 | Comments(0)