カテゴリ:花( 283 )


2016年 10月 09日

秋薔薇

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自然界の生命は巡り来る季節を確実に捉え、ためらうことなく行うべきことを行う。
秋の薔薇もその一つであり、五月ほど一斉に咲きほころぶ訳ではないが、一株ごとに自分の判断を天に謳い上げ、気付けばそこかしこで咲き揃って来る。

あすの朝は雨になることが判っていた金曜日の晩、バッテリーの充電を怠らず、目覚めたらすぐに薔薇を撮りに行こうと決めていた。
雨滴を纏った秋薔薇を撮りたかったのだ。

考えてみれば、何度も何度も同じテーマを繰り返し撮っている。
しかし、自然の美は、打ち寄せる波に一つとして同じものが無い様に、いつも新鮮な驚きを僕にもたらしてくれる。
僕は謙虚に、それを受け止めるだけである。
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EOS7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2016-10-09 22:18 | | Comments(0)
2016年 09月 07日

”アイリス”の瞳の青

映画「タクシードライバー」のことは何度も書いている。
それだけ凄い映画だった、ということだろう。少なくとも僕にとって。
1976年、監督はマーティン・スコセッシ。ロバート・デ・ニーロと、ほんの少女であった、あのジョディ・フォスター。

13歳のアイリス(ジョディ・フォスター)の瞳の青が忘れられない。
リコリス・スプレンゲリーを、そんなイメージで撮ってみた。
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X-T1
「タクシードライバー」

by libra-mikio | 2016-09-07 23:04 | | Comments(0)
2016年 09月 06日

君の名は 

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名前って面白い。
いつか、フランス語の講義を受けた時その独自の記号の名前を、アクサン・シルコンフレクスと教わった。
なにかこう、フランスに連綿と続く豪農のような人格を想起させる。
アクサン・テギュがアクサン家の当代の家長で、アクサン・グラーヴは大叔父にあたる。
・・・ん?、姓と名が逆か(笑)

ムスクルス・ステルノクライドマストイデウスというのは、ドイツの音楽家なのだろうが、一体いつの時代の?、と思いきや、胸鎖乳突筋という首の両側を上下に走る太い筋肉のドイツ名だそうだ。

ところで、リコリス・スプレンゲリーちゃんである。
どこの国のお嬢さんだろう。
スプレンゲリーというのは少なくともラテンでもゲルマンでもないな。
ケルト系か。
しかし、1st nameのリコリスはどうだ。
なんとなくギリシアっぽいな、つまりヘレニック系か。
ミッコノース! リッコリース!
・・・

ミズ・リコリス・スプレンゲリー。
朱鷺色のドレスにブルーのシルクを合わせ、夏の終わりに忽然と現れる君。
君の名は、その名前だけで、既に僕を虜にしている。
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X-T1

by libra-mikio | 2016-09-06 21:56 | | Comments(0)
2016年 06月 28日

内面への沈潜

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内面への沈潜。
この言葉を使わなくなって幾星霜。
有体に言って宮仕えにおいて、内面なんぞに沈潜していたら、バスは行ってしまう。
でも。
でも、それでいいのだろうか?


Nur wer die Sehnsucht kennt、
Weiß, was ich leide!
・・・
憧れを知るもののみ、
わが悩みを知らめ!
・・・


深く内面を彷徨い、憧れを全力で憧れることが出来る人に、僕は胸襟を開きたい!
そして僕は、そういう人に出逢い、思う存分話をしてみたい!
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by libra-mikio | 2016-06-28 22:00 | | Comments(0)
2016年 06月 05日

roses with pearls

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予報どおりに雨。
用意していた雨系ネイチャーギアをまとめて車に乗る。
もう、今日撮るテーマは決めてある。
” roses with pearls "
そして、あの薔薇園の、あの薔薇を撮る、と決めてある。
今日は久し振りにエッジの効いた写真が撮りたい。

と、ここまで書くとなんだかすごくカッコイイが、その撮影スタイルは他人が見れば滑稽である。
本来、どこまでも恰好をつけるなら、ここはアメリカズカップのクルーの様に、ヘリハンのジャケット、ブーツ、そしてレインハットとなる訳だが・・・
ワークマンで求めた上下のカッパに、上州屋のゴム長、どっかのDIYでついでに買ったつばの広い麦わら帽子で決める。決まらないが。

しかし写真は決める。・・・決まったかな?
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by libra-mikio | 2016-06-05 19:42 | | Comments(0)
2016年 05月 31日

バラを育てる人への嫉妬

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バラが咲き誇る季節になると、僕は嫉妬を覚える。
何に?
バラを育てる人に。
バラを育てる人の誇りに。

冬の間中、彼ら、彼女らが色彩のないバラ園で、黙々と来るべき季節のために様々な地道な作業をしていることを僕は知っている。
長靴を履き手袋を着け、しゃがんだり中腰になったりして、広い園内のあちこちで自分に課せられた仕事を黙々とこなす。
全ては春を想って。

そしてその春が来る。
入園料を払って、あちこちからバラを見にたくさんの人が訪れる。
ある人は年老いた母親を連れて。
ある人は密かに想いを寄せる人を連れて。

広い園内は咲き乱れるバラのパフュームで満たされている。
人々は美しいバラに、香しいバラに、感嘆の声をあげる。
人々は質素なバラに、典雅なバラに、賞賛の声をあげる。

そして、園内に散らばって今日も黙々と仕事を行っている、バラを育てる人達の耳にそのアプローズが届くとき、彼ら、彼女らの胸には気高い誇りが満ちる。

僕も心の底から彼ら、彼女らに感謝の念を覚えつつ、湧き上がる嫉妬を抑えることが出来ない。
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by libra-mikio | 2016-05-31 22:03 | | Comments(0)
2016年 05月 19日

夢見るクレマチス

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その朝、ふたりのクレマチスは確かに、まだ夢を見ていた。

幸いにも薄紫のクレマチスは、上に咲いた兄の大きな花によって夜明けの驟雨があまり降りかからなかった。
だから、お坊ちゃんな夢を見ている。

しかし、朱鷺色のクレマチスは見事に雨に濡れてしまった。

でも元々がやんちゃな性格だから、濡れながらもきっと、公園の噴水で遊んでいる夢でも見ているのだろう。

ふたりのクレマチスは確かに、まだ夢を見ている。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro

by libra-mikio | 2016-05-19 22:43 | | Comments(0)
2016年 05月 18日

I miss ミツバツツジ.

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今年はミツバツツジの群落を見に行くことが出来なかった。
富士の裾野の山梨側、富士吉田の、阿部首相の別荘があるあたりにミツバツツジの群落があるらしいのだ。
毎年花期を逃し、来年こそはと思いながら、今年もタイミングが合わなかった。
・・・来年こそは!

それではこのツツジはどこのものかというと、箱根の湿生花園のものである。
つまりは植えたものだ。生えたものではない。
僕は自生しているミツバツツジを見たいのだ。

by libra-mikio | 2016-05-18 22:56 | | Comments(0)
2016年 05月 10日

蜜標

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昆虫を自らの蜜壺へと誘う絵柄を蜜標=ミツヒョウという。
いろいろな花に様々な絵柄の蜜標がある。
ツツジにもあればオオイヌノフグリにもある。
そしてこのカタクリである。

初めにこの蜜標を見た時、その形が大学の校章にあるような大の字体に見えた。
そうこうするうち、今度は僕が好きなチベットの天珠=テンジュのある図柄に見えた。

蜜標は花の種類によって、もちろんその姿かたちは違うが、例えばこのカタクリにおいても、
あそこのカタクリと、こちらのカタクリとでは違う。
すると蜜標は、花々の個性を競うおしゃれ、動物があたかも異性を誘う如き、セクシュアルな発現なのかもしれない。
唯一違う点は、花は動けない。
花の雌蕊がどんなに色っぽいしぐさをしても、雄蕊は言い寄ることが出来ない。
仕方がなく花は、動き回る昆虫を介して互いのセクシュアリティーを競うしかない。

その仕掛けを日本語で「蜜の標し」というのは、なんだか的を射ていて、気恥ずかしい気がする。
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by libra-mikio | 2016-05-10 21:53 | | Comments(0)
2016年 05月 09日

ニワゼキショウと図鑑

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茅ヶ崎の里山を歩くと、地味ではあるが可愛らしい花たちが咲いていた。
何だろう。
背丈はせいぜい10センチ。花の大きさはせいぜい1センチ。
どうしても名前が知りたくなって、一目散に鵠沼に戻り、ヤマケイの「春の花」を手に取り、また一目散に里山に戻る。

え? ニワゼキショウ?

僕はニワゼキショウと言う花を知っているつもりであったが、それは実はハナニラだった。
そしてこの小さな可憐な花が本当のニワゼキショウだった。
これまでの不明を彼女に詫びた。

ところで前述の、山と渓谷社刊 野草ハンドブック1 春の花 は、僕が大学1年の春に松本にある鶴林堂書店で買い求めたものであり、もう実に39年間も使い倒したものだ。
愛着があるなんてものではないけれど、もうボロボロで、今日のフィールドで分解しそうになったので、この里山から帰るなり藤沢のジュンク堂で新しい図鑑を買ってしまった。
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「ヤマケイ・春の花」よ、雨の日も風の日も、僕にいろいろな野草を教えてくれてありがとう。

by libra-mikio | 2016-05-09 22:44 | | Comments(0)