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カテゴリ:放哉( 20 )


2017年 05月 06日

放哉と大拙

先程、鈴木大拙(だいせつ)の「無心ということ」を読んでいたら、驚くような記述があった。
大拙が放哉の句に言及し、その句を以て「無心」の説明をしていたのだ。

入 れ も の が 無 い 両 手 で 受 け る   放哉

大拙曰く、碧厳集にある金牛和尚の話、「菩薩子喫飯米」では次のことが書かれている。
唐の時代のことであったが、金牛和尚はいつもご飯の時になると、お坊さんが一緒にいる食堂の前にお鉢を抱えて行き、大いに踊りながら呵々大笑して「菩薩子喫飯米」、つまり「ご飯が出来たぞー、さあさあ食べよう」と有難い笑顔で本心から皆にご飯を勧めた。それを20年も続けた。これは「無心」ということがない限りできることではない。
一方、大拙は、ロンドンで禅を普及している際、安田銀行の某氏から、いま日本で一種異様な俳句が作られているが、その中に「入れものが無い両手で受ける」という句があるということを聞いた。某氏はその句を大層褒めていた。
ここで大拙は閃くのである。
金牛和尚は、踊りながら、笑いながら、20年も無心にご飯を勧めていた。
そのご飯を受けるとき、入れものではなく素手の両手で受ける、という光景はこちらも受け手として実に素直であり無心の様子ではないか、両鏡相照らしてその間に映像なし、というものではないか・・・
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*写真は放哉没後、井上一二が施主となり南郷庵に建てられた放哉の句碑「入れものが無い両手で受ける」。書は荻原井泉水。今でも尾崎放哉記念館の庭に建つ。




冒頭にも書いたように、全く予期せぬ記述に心底驚きつつ、つい先日放哉ゆかりの地を訪れたことを想い、世の中にはこんなこともあるのだなあと少し呆れた。
それというのも、昨日、僕は何の気なしに北鎌倉・東慶寺の鈴木大拙のお墓を訪れたばかりなのだ。

放哉の本句は、大拙が言っているような内容・状況で生まれたものではない。何しろ墓守をし、知人にかろうじての金銭的援助を受けながらの困窮状態の中で、かつ肺病が悪化した最悪の時期の発句である。
しかし同時期に作られた句には、
朝 が き れ い で 鈴 を 振 る お 遍 路 さ ん   放哉
というものもある。
やはり放哉自身は句作にあってはまさに「無心」であり、大拙の直覚は間違ってはいないのかもしれない。
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*オマケ・・・なかなか充実した記念館であった。ただ、係の30代の女性が暗いというか、気が利かないというか、不愛想というか、やる気がないというか、、、


by libra-mikio | 2017-05-06 22:41 | 放哉 | Comments(0)
2017年 05月 04日

放哉への旅 ~ 海も暮れ切る




障 子 あ け て 置 く 海 も 暮 れ 切 る   放哉




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僕が尾崎放哉の自由律俳句を好きであることは、既に何回も書いている。
そして何年も前から、放哉の最晩年の地、小豆島に行くことを願っていた。
先日の坐禅の話ではないが、人には時期というものがある。
この連休に、とうとう僕は小豆島は土庄(とのしょう)町を訪れた。




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岡山からフェリーに乗った。
東京は雷電が走り雹が降ったとニュースが伝えたが、瀬戸内はこれ以上ないほどの優しい表情を見せていた。




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放哉は晩年、京都の一灯園から、神戸の須磨寺、福井県小浜の常高寺を経て、最期はここ、小豆島の王子山蓮華院西光寺奥の院・南郷庵(みなんごうあん)に来た。
仕事は墓守である。
本当はお遍路さんに蠟燭などを売り現金収入を得て余生をつなぐ筈であったが、南郷庵には大正14年の8月に来、翌年の4月7日、肺結核により亡くなる。
来島の8月は既にお遍路さんの季節ではなく、翌春にちらほらとお遍路さんが南郷庵を訪れ始めた時には、放哉はもう食べ物が喉を通らないどころか、好きな酒も体が受け付けない状況であった。
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放哉の最晩年については、吉村昭の「海も暮れきる」に詳しい(本句は「切る」であるが吉村昭は「きる」と仮名遣いにしている)。
ただ、この本は放哉好きが読んでもその個性に違和感を感じてしまい、つまるところ、放哉ってロクでもないな、と思ってしまうのが辛い。
だから放哉のことをよく知らない人には、薦めることをためらう。
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西光寺から5分ほど歩くと、放哉の墓がある。
大空放哉居士(たいくうほうさいこじ)と彫ってある。
放哉を看取った当時の西光寺の住職、杉本宥玄(この人も自由律俳句同人「層雲」に玄々子という号で参加している)が、当初放哉の才能に敬意を表し、
大空院心月放哉居士
と戒名を付けたが、放哉の師であり後見人ともいえる同人代表、荻原井泉水(せいせんすい)たちが、生前の放哉の行動に照らし、あまりにも立派過ぎるとして院、心月の三文字を取ってしまったのである。
井泉水は悪い人ではないどころか、実に放哉を心に掛けていた人であったが、彼をしてもさすがに生前の放哉の人品に鑑みて、斯様なことをせざるを得なかったのだと思う。
或る意味、放哉はそこまで人として練れていなかったということであろう。
なかなか悲しい。




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もう一人、放哉の理解者である井上一二を忘れてはならない。
土庄で代々醤油製造業を営む井上一二は謹厳実直な人格であり、同じく層雲同人であった。
僕はこの一二についても非常に興味があり、できれば現在の井上家を訪ってみたいと思っていたのだが、残念ながらその生家は既になかった。
しかし渕崎という地名の、本来一二の家があった筈のすぐそばに、写真のような旧家を見出した。
これは一二の家ではない。
しかしおそらく一二の家は斯くあったのではないか、と思わせた。
違うことが判っていながら、敢えて写真を撮った。

放哉、井泉水、宥玄、一二。
土庄、渕崎、西光寺、南郷庵。
僕の放哉への旅は、不完全ながらも一応の成果を収めたと思っている。

今回の旅はX-T1による。


by libra-mikio | 2017-05-04 19:52 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 21日

放哉 Dec. 21, 2016

舟 か ら 唄 っ て あ が っ て く る    放哉
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江の島の入り口ともいえる桟橋の途中から岩屋まで、弁天丸という観光船が走っている。
片道は確か400円ほどであり、観光地としてはリーズナブルな価格である。

弁天丸は、第〇〇弁天丸、としていくつかの船が同時に海上にいる。
その船頭はみな地元の漁師である。
お幾つくらいか。
海の男は赤銅色になり、かつ深いしわが刻まれるので、なんとも言えないがおそらく70歳前後であろう。

夕陽を浴びて、第〇〇弁天丸が桟橋のスタート地点に帰って来る。
もう客は数えるほどしかいない。
今日は冬にしてはうららかな日であり、波もない。

桟橋で舫うために待機している70歳に、舵棒を股に挟んで操船してきた70歳が声を掛ける。
・・・・・
今日もいい一日だったな。
そうだな。
一杯飲るか。
そうだな。
・・・・・
海の上と陸で、阿吽の会話が、心の中で交わされる。

そして船頭は、ごく自然に鼻歌を歌う。
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X-T1

by libra-mikio | 2016-12-21 23:11 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 13日

放哉 Dec. 13, 2016

風 が 落 ち た ま ま の 駅 で あ る 田 ん ぼ の 中   放哉

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いささか季節が逆戻りするが、ベッドで放哉の句集を読んでいるうちに、この写真をつけたくなった。

小海線の、それはそれは小さな駅である。

まさに風は落ち、おまけに空は泣き出したが、雨の匂い、稲の匂い、そしてディーゼルエンジンの匂いが良い案配に混じりあい、旅の中の僕を癒してくれた。


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X-T1

by libra-mikio | 2016-12-13 23:10 | 放哉 | Comments(0)
2016年 12月 12日

放哉 Dec. 12, 2016

た そ が れ の 浪 打 ち ぎ は を は る か に 来 け り   放哉

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休みの日の夕間暮れ。
渚を人々は散策する。
おそらく誰もが、目的を持っていない。
それがいい。

風は冷たいが目に映るものは美しいものばかりだ。
美はエナジーである。

だから人々は ”浪打ちぎは” をどこまでも歩いていく。
そして人々は渚の夕べに溶けていく。


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X-T1

by libra-mikio | 2016-12-12 22:04 | 放哉 | Comments(0)
2016年 08月 13日

放哉 Aug. 13, 2016


海 の あ け く れ の な ん に も な い 部 屋   放哉

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海の家は、当たり前だが、海にある。

海の家ほど、海の明け暮れと一体化したものはない。

そして、たとえ湘南であっても早朝には人影もまばらで、良い意味でのempty感がある。

あと数時間すれば都会からやって来る老若男女の解放された笑い声に満たされる。

それを待って佇むempty room.

その空間自体がワクワクしているような・・・。これってTAOかな?

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X30

by libra-mikio | 2016-08-13 13:37 | 放哉 | Comments(0)
2016年 03月 08日

放哉 Mar 08, 2016



な ぎ さ ふ り か へ る 我 が 足 跡 も 無 く   放哉

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春めいてきた。海も凛々しさからたおやかさに変わりつつある。

汀をたどれば、オーケアノスからのギフトが打ち上げられている。

構図に悩んでいるうち、周りは僕の足跡で満たされた。

波が来て飛びのいた。

振り返れば、まるで僕が居なかったかのように、まっさらの汀だ。

X-T1 + G. ZUIKO 50mm F1.4

by libra-mikio | 2016-03-08 22:12 | 放哉 | Comments(0)
2016年 03月 07日

放哉 Mar 07, 2016



た つ た 一 人 に な り 切 つ て 夕 空   放哉

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先程までこの辺りにいた数組の二人連れは、寒さに追いやられ、気付けば僕の周りから消えていた。

濃紺に闇が混じり始めた海面は、ちりめんを幽かに残しながら、小さな子供がぞんざいに平らにした粘土のように見えた。

遠くに大島のシルエットが浮かんでいる。

大島よ、お前も一人か、と問うたが、よく見ればさらに遠方の利島が右隣に小さく浮かんでいた。

なんだ、一人きりなのは僕だけか、と一人ごちた。

EOS 40D + EF-S17-55mm f/2.8 IS USM

by libra-mikio | 2016-03-07 22:42 | 放哉 | Comments(0)
2016年 03月 03日

放哉 Mar 04、2016

た だ 風 ば か り 吹 く 日 の 雑 念   放哉

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大風が吹いて砂が飛んで。
そんな時には雑念なんか浮かばない、と思うのだが、実は違う。

思 わ ぬ と 思 う も も の を 思 う な り  思 わ じ と だ に 思 わ じ や き み
from 不動智神妙録 by 沢庵。

そういうものなのである。

by libra-mikio | 2016-03-03 22:48 | 放哉 | Comments(0)
2016年 02月 18日

放哉 Feb 18、2016


山 は 海 の 夕 陽 を う け て か く す と こ ろ 無 し   放哉

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駿河湾から見る富士は、この句のように隠すところがない。
木花開耶姫の裳裾まで露になる。

あまりきれいな写真ではない。
しかしこの時、西伊豆の黄金崎界隈で見た富士は、まさにこの通りの色だった。

姫が白粉を塗り終わっていたら、もう少し見栄えが良くなっていたのかもしれない。

X-TI + XF 55-200mm F3.5-4.8 R LM OIS

by libra-mikio | 2016-02-18 22:26 | 放哉 | Comments(0)