カテゴリ:旅( 23 )


2016年 11月 12日

稲村

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こんなことを良く想う。

尾道に行きたいなぁ・・・、尾道に行って、加納満さんのような写真を撮りたいなぁ・・・
小豆島に行きたいなぁ・・・、小豆島の西光寺あたりを歩いて尾崎放哉の気分を感得したいなぁ・・・

・・・でも、なかなか行くことが出来ない。
一方、僕は湘南にいる。

尾道の人の中には、或いは小豆島の人の中には、湘南にいきたいなぁ・・・と思っていらっしゃる方もきっといるだろう。
そうであれば、僕は先ずは地元をもっと愛さなければいけないな。

湘南には良い景色がたくさんある。
だから湘南を再発見しよう。

稲村ケ崎の、きっと多くの日本人が知っている光景にも、僕は好きな時に、すぐに、逢いに行くことが出来る。

贅沢なことだと思う。
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X-T1

by libra-mikio | 2016-11-12 21:06 | | Comments(0)
2016年 10月 15日

寅さん

僕は寅さんが大好きだ。
日本人なら、きっと誰でも寅さんが大好きだ。
寅そのものも好きだが、その映画に込められた優しさが大好きだ。

前から行こうと思っていた柴又に、今日、ふらっと行ってきた。
良かった。

帝釈天から少し歩くと、寅さん記念館がある。




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あの「とらや」のお茶の間に家族の団欒が流れている。
画面の家族の笑顔にほっこりする。




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タコ社長の朝日印刷所では社長と博さんが一生懸命に働いている。




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寅は心を入れ替えてとらやの店番するが、やっぱり勤まらない。




すったもんだの挙句、寅は柴又を去らざるを得なくなるわけだが、さくらはどうしたって悲しい。
お兄ちゃん、どうしても行っちゃうの?
おいちゃんだって、おばちゃんだって、もう怒ってはいやしないわ・・・
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さくらの、いや、倍賞千恵子の涙は、きっと映画館で見ていた全員の共感を得、みんなが一緒に涙したことだろう。
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映画にはなかったが、記念館には、伝言板が掛かっていた。
お兄ちゃんはさくらに、ちゃんと想いを残していた・・・


今日、柴又に行ってよかった。
心が、ほぐれた。

by libra-mikio | 2016-10-15 22:50 | | Comments(0)
2016年 09月 29日

赤蕎麦

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蕎麦の花は純白で小さくて、群がって咲く。
しかしここに、可憐なピンクをまとう蕎麦がある。
高嶺ルピーという。
信州大学の氏原先生が生前、ヒマラヤから持って帰ったものを伊那谷に根付かせたとのこと。

かつて一度だけ、赤蕎麦の蕎麦(変な言い方だが仕方がない)を食べたことがあるが、特に美味しかったという覚えはない。

しかし、伊那谷の河岸段丘を上り、畑も終わる中央アルプスの麓の小広い高原が一面にピンクに染まっている様子は、或る種不思議であり一見の価値がある。
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この時期、地元の蕎麦屋ではもちろん赤蕎麦を提供する。
しかし僕は踵を返し、伊那のとよばらのローメンを食べに行ってしまった(笑)

by libra-mikio | 2016-09-29 22:12 | | Comments(0)
2016年 09月 25日

9月の旅

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金曜日に有給休暇を取り、前後の休日を使い2泊3日で季節の狭間の信州を駆け抜けて来た。
いつもの出来心だが、今回は大学院2年の長男が同行した。
彼は既にプラント企業に内定しており、入社すれば海外プロジェクトに配属されることは必定。
故に、彼の中でもある種の感傷があったのかもしれぬ。




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目的地は決めるがルートは自由だ。標識に「旧道」とあれば自然にハンドルを切る。そんな僕流の旅も、彼は受け入れた。
R141から離れた清里の近くでは霧にまかれ、小海線の線路も夢幻になる。
僕はX-T1、彼はEOSで同じ被写体を狙う。
しかし僕は彼の作品をモニター画面で見ることはしない。
24歳の彼には既に彼自身の世界がある筈で、それを評論するのは意味のないことだ。




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旅をしながら、彼を無言館に連れていくことに決めた。
美校から戦地に散った方々の享年と、彼の年齢がほぼ同じことに気付いたからである。
最小限の説明、つまり「ここには戦没画学生の作品がある」ということだけを伝え、無言館に入った。


その夜、宿の一室で酒を酌み交わしながらとりとめのない話をしたが、彼がこう言ったことを覚えている。
「俺は、知覧に行こうと思うんだ」、と。

by libra-mikio | 2016-09-25 21:08 | | Comments(0)
2016年 09月 14日

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月曜日の朝イチから広島市内での仕事があった。そのため前泊で広島に入った。
以前に原爆ドームは訪れていたので、今回は呉に行った。大和ミュージアムだ。
大和は、やはり日本人にとり特別な船だ。



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以前ある広告代理店の人から聞いた話だ。
旧海軍の軍人たちが集まる会合で風采の上がらない老人がいた。
皆、自己紹介で、自分は〇〇に乗り組んでいた、という流れの中、私語も増えてきた頃、その老人の番になった。
「自分は水兵でありましたが、大和に乗艦しておりました」と語った瞬間、私語が止み、誰からともなく立ち上がり、誰からともなく老人に敬礼をしたという。



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大和。
しかし、既に航空戦力の拡充が優位性を持つという世界的な認識が定着する中で、敢えて大艦巨砲主義に拘泥して造られた船。
海軍は(勿論陸軍も)制服組とは別に海軍省という背広組を持つ。
背広組、つまり官僚。石頭の役人が、航空機ではなく艦船に固執した、と言われている。
挙句に、大和たちによる沖縄近海への水上特攻。
・・・



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なにか満たされない気持ちで大和ミュージアムを後にし、夕暮れの呉の町を歩いた。
ほどなく、レンガ造りの建物に出逢った。
海上自衛隊呉地方総監部。
しかしその佇まいは、旧日本海軍呉鎮守府、そのものであった。

by libra-mikio | 2016-09-14 23:01 | | Comments(0)
2016年 06月 16日

浄智寺

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北鎌倉。浄智寺。
その山門が好きだ。

和服の女性が僕の前を行く。
和服というものは、いいものだな、と思う。
何がいいのか はっきりとは言えないが、腑に落ちる、とでも言おうか。



一般人は書院に入ることは出来ないし、入る理由もないが、
開け放たれた入り口の向こうは、寂びた庭で、襖も開放されていて、
ある種の眼福を得た。
このような光景も、僕は好きだ。
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X-T1 + 35mm F2

by libra-mikio | 2016-06-16 22:35 | | Comments(0)
2016年 06月 08日

東慶寺の墓

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雨もよいの中、ふらりと北鎌倉で電車を降りた。

東慶寺には鈴木大拙と西田幾多郎の墓があると知っていた。
見てみたくなった。

なるほど、有った。
他にも和辻哲郎、安倍能成、岩波茂雄、野上弥生子・・・
何故これほど文化人が眠っているのか。

全て苔むす侘びた墓の中で、最近、縁者が訪れたのであろう、百合にむせかえる一基があった。
墓碑銘は探さなかった。
ただひたすら、その花の在り姿に魅入った。
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X-T1 + 35mm F2

by libra-mikio | 2016-06-08 22:49 | | Comments(0)
2016年 05月 07日

春寂寥 秘話

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旧制松本高等学校、現信州大学では、歌と言えば思誠寮寮歌「春寂寥(はるせきりょう)」である。
僕もたまに気分が高揚すると、歌う。

  春寂寥の洛陽に 昔を偲ぶ唐人の 
  痛める心 今日は我
  小さき胸に懐きつつ 木の花蔭にさすらへば
  あはれ悲し逝く春の
  一片毎に 落る涙
 (作詞:吉田 実(1乙文)、作曲:濱 徳太郎(4理乙)、大正9年)

歌詞もそうだが、その旋律が大正浪漫を具現してまたもの悲しい。

今回、松本は県(あがた)の森にある旧松高校舎(現・旧制高等学校記念館)に寄った際、作曲者である濱氏の遺した文章を読んだ。

『・・・春寂寥は歌詞もはじめから濡れに濡れているものだったので、できあがった曲としてはもはや白い煙さえ立たず、なんとも手のつけられないほど感傷的なものになってしまった。それで作詞者の吉田実君(1乙文)は、発表後、撤回したいという意向をしばしば持ち出したが、寮生の諸君になだめすかされて泣き寝入りになってしまった。・・・』

なるほど。
春寂寥は、当時から余りにも浪漫的と感じられていたのだ。
しかし僕は、この歌を歌えることを誇りに思っている。
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旧松高校舎にて。

by libra-mikio | 2016-05-07 21:51 | | Comments(0)
2016年 05月 04日

たまゆら

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天竜川の広大な河岸段丘の上の、とあるお気に入りの場所で撮った朝露の写真に文章をつけようとして、考えあぐねるうちに、まあ風呂にでも浸かろうと想った。

いつもの癖で風呂で読む本を物色し、ああでもない、こうでもないとベッドにさんざん本を散らかした後、最後にふと三島の「花ざかりの森」を手にした。

物語の中で、主人公の遠い祖先であるところの、明らかに細川家と思われる切支丹の君主夫人(煕明夫人)が、白昼、白百合咲く野で「おおん母(もちろんマリア様)』顕現のまぼろしを見る。
その部分で「瞬間」という字に三島は「たまゆら」とルビを振っている。
「たまゆら」を漢字で書く場合は「玉響」であろう。不思議に思い集合知に当たると・・・

『たまゆら(玉響)は、勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音のこと。転じて、「ほんのしばらくの間」「一瞬」(瞬間)、あるいは「かすか」を意味する古語』

とある。うーん、なるほど、瞬間か。そして更に読むと、

『ただし『日葡辞書』には「草などに露の置く様」とある』

と書いてあるではないか!
日葡辞書(にっぽじしょ)とは、1604年に長崎で発行された切支丹関係のもので、日本語をポルトガル語で解説した辞書である。

うーん。
朝露写真 ⇒ ブログ書きあぐね ⇒ 風呂 ⇒「花ざかりの森」⇒ 切支丹の祖先 ⇒ 瞬間ルビたまゆら ⇒ 日葡辞書では草などに露の置く様!

凄い。凄すぎる。
やはり風呂に入って正解だ。
タイトル、写真、文章が連関し、ブログが完成してしまった。
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Canon EOS 7D + EF100mm f/2.8L Macro IS USM

by libra-mikio | 2016-05-04 16:01 | | Comments(0)
2016年 05月 03日

麻績村

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連休の初めに信州へ行こうと決めていた。
信州の何処に行こうか?
時間はたっぷりある。いろいろな所へいこう。今度の旅は、自然と人文の両方を楽しもう。

人文としては、以前から気になっていた麻績村にしよう。
麻績村=おみむら。
麻に績(つむぐ)で何故「おみ」と読むのか判らない。
でもその名前に数十年前から惹かれていた。


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麻績に実際に来てみると、そこは別に特別な村ということもなく、普通の村であった。
当たり前と言えば当たり前。特別であっては村の人々は困るであろう。
でも、永いこと憧れていた旅人としては多少がっかりもする。

何か、これぞ麻績、という文物はないか?
旅人は嗅覚を働かせあちこち移動する。
これぞ麻績、これぞ麻績・・・


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あった!
これ以上はっきりした文物がほかにあろうか!
麻績村、と彫られた境界杭(笑)。

そこは、もう旬の過ぎたカタクリの群生地であったが、和みのある緩傾斜が広がり、
5月になったとはいえ山国の午後4時の、少し淋しさを含む気配が満ち始めていた。
すると先程まで勝手に麻績村の象徴だと見做していた杭が、孤独の象徴のようにも思えて来るのであった。

by libra-mikio | 2016-05-03 17:34 | | Comments(0)