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2017年 05月 06日

放哉と大拙

先程、鈴木大拙(だいせつ)の「無心ということ」を読んでいたら、驚くような記述があった。
大拙が放哉の句に言及し、その句を以て「無心」の説明をしていたのだ。

入 れ も の が 無 い 両 手 で 受 け る   放哉

大拙曰く、碧厳集にある金牛和尚の話、「菩薩子喫飯米」では次のことが書かれている。
唐の時代のことであったが、金牛和尚はいつもご飯の時になると、お坊さんが一緒にいる食堂の前にお鉢を抱えて行き、大いに踊りながら呵々大笑して「菩薩子喫飯米」、つまり「ご飯が出来たぞー、さあさあ食べよう」と有難い笑顔で本心から皆にご飯を勧めた。それを20年も続けた。これは「無心」ということがない限りできることではない。
一方、大拙は、ロンドンで禅を普及している際、安田銀行の某氏から、いま日本で一種異様な俳句が作られているが、その中に「入れものが無い両手で受ける」という句があるということを聞いた。某氏はその句を大層褒めていた。
ここで大拙は閃くのである。
金牛和尚は、踊りながら、笑いながら、20年も無心にご飯を勧めていた。
そのご飯を受けるとき、入れものではなく素手の両手で受ける、という光景はこちらも受け手として実に素直であり無心の様子ではないか、両鏡相照らしてその間に映像なし、というものではないか・・・
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*写真は放哉没後、井上一二が施主となり南郷庵に建てられた放哉の句碑「入れものが無い両手で受ける」。書は荻原井泉水。今でも尾崎放哉記念館の庭に建つ。




冒頭にも書いたように、全く予期せぬ記述に心底驚きつつ、つい先日放哉ゆかりの地を訪れたことを想い、世の中にはこんなこともあるのだなあと少し呆れた。
それというのも、昨日、僕は何の気なしに北鎌倉・東慶寺の鈴木大拙のお墓を訪れたばかりなのだ。

放哉の本句は、大拙が言っているような内容・状況で生まれたものではない。何しろ墓守をし、知人にかろうじての金銭的援助を受けながらの困窮状態の中で、かつ肺病が悪化した最悪の時期の発句である。
しかし同時期に作られた句には、
朝 が き れ い で 鈴 を 振 る お 遍 路 さ ん   放哉
というものもある。
やはり放哉自身は句作にあってはまさに「無心」であり、大拙の直覚は間違ってはいないのかもしれない。
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*オマケ・・・なかなか充実した記念館であった。ただ、係の30代の女性が暗いというか、気が利かないというか、不愛想というか、やる気がないというか、、、


by libra-mikio | 2017-05-06 22:41 | 放哉 | Comments(0)


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