下田逸郎がつくり、石川セリが歌った儚い曲、セクシィ。
・・・旅に出るなら 夜の飛行機 つぶやくあなた セクシィ・・・
夜の飛行機はセクシィかもしれないが、夜のフェリーはもっと現実味を帯びた旅愁を醸し出す。
島外への移動手段が船に限られる小豆島では、夜もフェリーが就航する。
そして男が一人デッキに佇む。
夜9時。フェリー桟橋では運行要員が手持無沙汰に、しかし忠実に職務をこなす。
僕のような観光客はもう乗船せず、ごく少ない、なにがしかの用事を持つ者だけが船内に入っていく。
騒ぎを起こす馬鹿な若者もいないピアは静かである。
短い汽笛を一度だけ発し、時刻どおりにフェリーが離岸する。
先程の男だろうか、独り、少しずつ離れていくピアを見つめている。
先程はてっきり彼を商用の人、と位置付けたが、違うのかもしれない。ハートブレイクな若者なのかもしれない。
しばらく考えたが、そんなことはもうどうでも良くなって来ている。
重油の内燃機関の重い音を港内に低く響かせてはいるが、一瞬華やかに見える船はある意味静かすぎるほど港を出ていく。
フェリーの日常なのだろう。
旅に出ると、非日常なのは旅をしている自分だけであり、その感傷を土地の人に具現化してほしいというのは、旅人の傲慢である。
僕はよそ者であり、僕がどのような感傷に浸ろうとも、土地の人々は忠実に彼らの日常をこなす。
船足というものは、遅い。が、速い。
時間が万物に共通するスピードであることは理解しているが、少し目を離すと、船は既に遠くなっている。
夜のフェリーは、旅の途中の僕にいろいろなことを突き付ける。
*注意深い読者は既に二隻の別のフェリーの写真が使われていることにお気付きとは思うが、同夜に抱いた作者の主観で綴ることをご理解いただきたい。