自 分 が 通 つ た だ け の 冬 ざ れ の 石 橋 放哉
ただでさえ知られていない放哉の、さらにアンノウンなこの句に、有名な天城越えの寒天橋を配すのは多少つり合いが取れない。
しかし寒天橋は石橋であるし、このときは僕しか人はいなかった。
そう、自分が通っただけの石橋であることは間違いない。
そしてこの、冬ざれの、である。
冬ざれ、は季語だが、僕の58年の知見の中で俳句以外での用例は、五輪真弓の「冬ざれた街」のみである。
こんなに寒々しく、しかし同時に透明で凛とした語感を持つ言葉を、なんで日本人は使わなくなったのか。
それではお前はどうなんだ、という声が聞こえてくるが、実は僕は使っているのである。
それこそ、木枯らし吹く歩道などで、冬ざれているなあ、などと呟くのである。
X-T1 + XF35mm F2R WR、 XF55-200mm F3.5-4.8 R LM OIS