日本のはるか南海上にある大きな台風から、 うねりが押し寄せてくる。
うねりはあまりよく見えない。
この大きな波のすぐ向こうを通るボートを見るがいい。
すぐ傍でこんなにも大きな波頭が立っているにも拘わらず、 一向に頓着なくフネを走らせている。
彼にはこのうねりが見えていない。
見えたら恐怖を感じ、 すぐさま針路を変えて遠ざかる筈である。
しかし、 ここには防波堤がある。
防波堤によって眼に見えなかったうねりが顕在化し、 改めてその力ずくの粗暴さを知らしめる。
でも考えてみれば、 南太平洋で台風が発生したことはみんなが知っている。 知っていた筈だ。
何が言いたいのか。
心ある人は既に理解しているかも知れないが、 政府が力ずくで法案成立を成し遂げようとしている。
しかも正々堂々と改憲を進めるのではなく、 解釈の拡大というなんでもありなやり方で、 である。
それを推し進めるのは、 選挙によって選出された議員たちである。
つまり選良であり、 選んだのは国民である。 多くの国民が選んだからこそ今日の事態に至ったのである。
後の祭りではないか。
今、 国民の過半数が反対するのであれば、 何故 「そういった選良」 を選んだのか。
誤解されては困るのだが、 僕はそうならないように祈りながら、 オポジット・パーティーに札を入れた。
うねりを見る目がない。 うねり・リテラシーがない。 今更騒いだところで後の祭りではないか。
そう思ってしまうのである。