Mickey's world

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2017年 09月 22日

後味がそれほど悪くないフェイクニュース

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なんと、昨夜あれだけ慟哭した、12歳のフリーダ・ソフィアちゃんは実在しないということが、メキシコ海軍から発表された。
元々いなかったんだって。なんじゃそりゃ?

でもさ、実際にいて、且つデッドエンドの72時間を過ぎたらば、それはそれで全世界が哀しみに包まれる。
結果フェイクでも、どちらかといえば後味が悪くないフェイクニュース、だね。


# by libra-mikio | 2017-09-22 23:34 | Mic記 | Comments(0)
2017年 09月 21日

フリーダ!!!

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フリーダ!!!
がんばれ!
助かれ!
傍にいる子も助かれ!
フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!!!!!
お願いだから助かって!!!


# by libra-mikio | 2017-09-21 21:44 | | Comments(0)
2017年 09月 19日

クロネコ

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今回の人文の旅では、どうしても行きたいところがあった。
信州は伊那にある、クロネコという得体の知れない食堂である。
今夜の宿は佐久海ノ口なのに、先ずは伊那に向かう。

これまで何度もここに入ろうとしたが、到着する時間帯がいつも微妙で、いつもCLOSEDだった。
一方で常に好敵手の地位にある「とよばらのローメン」は時間帯がルーズで、結局そちらに行き、それはそれで非常に満足していた。
今回は昼飯の時間帯に合わせて、つまりクロネコさんの営業時間帯に合わせて周到に作戦を練り(笑)、ようやく本懐を遂げた。

まずはこの外観をご覧あれ。
消防法に引っ掛かって解体を余儀なくされた旧松高・思誠寮よりも明らかに古い。既に傾いている。直線が直線ではない。ダリかムンクだ。




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中では、おじいちゃんとおばあちゃんが切り盛りしていたが、娘さんとお見受けするおばちゃんもいらっしゃった。
そして見よ、このお品書きの豊富さ!
もっとも基本はソバとうどんで、要するにトッピングのバラエティということか。
食堂内は至る所黒光りし、得も言われぬ香り、つまり石油ストーブをつけた時と消した時の、あのノスタルジックな臭いが染みついている。
あ、この時期はもちろんストーブなんてつけてはいませんよ。でも「あの」匂いが染みついているのだ。




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いつかの写真雑誌で読んだことがありここに来たのだが、その時のカメラマンはここで食うソースカツどんを愛でていた。
しからば我もと、ソースカツどんを注文する。
・・・出てこない。なかなか出てこない。時間はたっぷりあるので心ザラツクことなく余裕をかまし信濃毎日新聞を読む。
ロケットマンがロケットを飛ばした日だった。
待つこと40分ないし50分。
来た!
空腹は最高の調味料というが、最高の調味料を以てしてもいささか「う~~ん」。
でもね、おじいちゃんとおばあちゃんが一生懸命作ってくれているのは良く判るので、もちろんきれいさっぱり平らげた。
900円の値は、食材費と、製造労務費と、勤労感謝費(これが大)に因数分解して、心に収めた。




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ありがとう、クロネコさん。
思いを遂げたので、次に伊那に来た時にはためらうことなくローメンの店に行きます。


# by libra-mikio | 2017-09-19 22:06 | | Comments(2)
2017年 09月 17日

村境 そして

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今朝、信州の南相木村から北相木村へとつながる道を、初めて走っていた。
雨の中、道端にブロンズ像があった。
案内板を読むと、「不戦の像」ということが判った。
一体なんだろう・・・

以下、案内板から抜粋。
----------------------------
ここ村境の「別れの松」は、過ぎし戦いの日、大命を受けた若者たちが、一言の抗弁も許されずに、村民総出の歓呼の声に送られて、愛する人々と、最期の言葉を交した、まさに戦争の悲劇が凝縮した場所であります。
・・・
見送る母親の表情には、当時軍国の妻、軍国の母の名のもとに、万斛(ばんこく)の思いを秘めて、透徹した諦感の相を感じます。母親の手にすがる男の子は、「お父さん早く帰って」と必死に叫んでおります。そして、母親の背中に無心に眠る幼子は、二度と父親の顔を見ることは出来ません。
・・・
遺された家族のたどった戦後の苦難の歴史を想う時、この悲劇は断じて繰り返してはなりません。
・・・
往時を回顧し、村民相はかって戦没者に対する鎮魂と、平和への悲願をこめて、ここに「不戦の像」を建立いたしました。
・・・
南相木村
----------------------------
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不戦の像から道沿いに北に目を向けると、そこには確かに「村境」のプレートがあった。
だしぬけに涙した。


# by libra-mikio | 2017-09-17 20:48 | | Comments(0)
2017年 09月 10日

逸る心

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金曜の夜、お天気キャスターたちは「土日は日差しが出ます、でも乾いた空気が肌に心地よいでしょう」と口を揃えて言った。
よし、どちらかの日に曼殊沙華を探そう、そう決めた。

でも土曜日は、目覚めた時から円覚寺に坐禅に行きたくなり、そっち系で固めた。

で、今日、やはり早朝から清々しく、マイフェイバリットエリアに曼殊沙華を求めた。
どうだろう、沢山咲いているかしら、もう現地は老若男女のカメラマンたちで溢れかえっているかしら。

結果はまだ少し早かった。
そして割り合い有名なこの地に、カメラマンはおろか人っ子一人いなかった。
ちゃんと考えれば時期が1‐2週間早いことは判る筈だのに、心が逸り、来てしまった。
でもね、うふふ、数は少ないけれど、今日は咲いている彼女たちを独り占めにできる。




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田もいい雰囲気になっている。
稲の実る甘い香りがし始めている。

すると、こちらもかすかだが、金木犀の香りも交じり始めた。
何処に居るのか確認はできなかったが、初秋の金木犀はなかなか姿を現さないものである。




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マイフェイバリットプレイスからまっすぐ帰る気にもなれず、富士北嶺に向かう。
中の茶屋を過ぎ、林道の名前は失念したが、おそらくは登山道の二合目付近で、ツリフネソウが目立つようになった。
クルマを停めて元気のよさそうな子を探していると、ミズヒキに何かを相談している子を見つけた。
ただ、ミズヒキは心なしか迷惑げだ。


# by libra-mikio | 2017-09-10 22:06 | 季節 | Comments(1)
2017年 09月 06日

地蔵峠、探索終了

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拙ブログ、地蔵峠のこと(2015/08/30)に書いたように、上田から松本に抜けるR143の地蔵峠がどうにも気になっていた。
実は去年の今頃、探しに行ったのだ。
R143のこの辺りには、写真の明通(あけどおし)トンネルと、もう一つ会吉(あいよし)トンネルがあり、双方とも1890年、つまり明治23年に開通したという。
このどちらかが旧地蔵峠なのだが、そして集合知では会吉トンネルが地蔵峠であることを告げるのだが、どうしても決め手がない。
ここが地蔵峠ですよ、というモニュメントがない。
結局、去年は発見に至らなかった。
*会吉トンネルの方は後で知ったが、有名な心霊スポットだそうで非常にヤバいことをした訳だが、その時は何も知らなかった。世の中、そんなもんだ。もちろんオバケには合わなかった。




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この夏、上田・小諸を旅した帰り、ふと思い返して再度、地蔵峠発見チャレンジを行った。
するとどうだ、明通トンネルを出て一服しながら何気なく上方を見るとお地蔵さんと目が合ったのだ。
やや、お地蔵さん、ここにいなさったか!ということで、僕の中ではR143の旧地蔵峠は明通トンネルの上だった、ということに落ち着いた。




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違うよ、間違っているよ、という人がいてもワタシは頓着しない。
ここが地蔵峠である、との結論を下した。
喉の小骨がようやく取れた。


# by libra-mikio | 2017-09-06 23:16 | | Comments(2)
2017年 09月 03日

始まりの秋

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夏は往きつつある。
これから先、もちろん気温の高い日がやって来るだろうが、今年の夏は確実に往きつつある。

串田孫一が、「毎年秋の入り口に天馬ペガススの四辺形を見ずに秋を迎えることはない」と書いたのと同様、僕はこのツリガネニンジンの可憐を見ずに秋を迎えることはない。
高原の冷涼は、既に8月のうちに彼女を大人の女性にしていた。
双眼鏡でとっくりと彼女のいでたちを確認した僕は、毎年の、秋を迎える儀式が執り行われたことに深い安堵を覚えた。




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マツムシソウの花を淑女のボンネットに見立てて、その群生を彼女たちがロンドを踊っている、と表現したのも串田さんだ。
その一文を読んだ19歳の僕は、その初秋に初めて美ヶ原でマツムシソウに出逢った。

何だろう、なんで彼女はこんなにも優美なのだろう。
本当にそう思った。
ただ、そのネーミングには合点がいかなかったし、今も不思議に感じている。

可愛い、だけではない。容姿が面白い、だけではない。彼女の魅力はどこにあるのか、これは突き詰めるべき課題かもしれないが、おそらく野暮であろう。
ただ一つ言えることは、気品、かもしれない。




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アサギマダラがノアザミの蜜を吸う。
二人の関係は互いに相手の得になる、Win-Winである。
自然界では、学校で教わらなくても、互いが互いのためになることを行う。
意地悪をするものはいない。
意地悪をする意味がないからだろう。
アサギマダラの脳の何万倍もの質量を持つ人類の脳は、余計なことばかり考えている。


# by libra-mikio | 2017-09-03 21:56 | 高原 | Comments(2)
2017年 08月 28日

リコリスの頃

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久し振りにお気に入りのガーデンに行くと、もうリコリスのワールドだった。
秋の田の曼殊沙華ももちろん大好きだが、ちょっと洋装のリコリスもなかなか捨てがたい。

このガーデンでは既に花期は盛りを過ぎたようであったが、一体彼女たちはいつ最大のおめかしをしていたのだろう。
あの、なんとなく暗かった8月の中旬か。
だったらもっと早く訪れればよかった。




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以前、この花に添えてジョディ・フォスターのアイリスのことを書いた。
前回は思いっきり露出を落としたが、今回は天に向かって咲く健気さを表してみた。
それにしてもブルーハワイのような蒼と、優しいピンクのハーモニーは何と贅沢なことだろう。
丁寧に撮ってあげたくなる。




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ここに来るとたくさんのリコリスたちに逢うことが出来る。
自然の植生ではもちろんないが、僕はリコリスたちの美しさを充分に堪能する。
これらの美しい花々を、美しく咲かせる努力をしているスタッフさんたちに敬意を覚える。


# by libra-mikio | 2017-08-28 22:07 | | Comments(0)
2017年 08月 24日

塩名田

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大好きな場所だ。
もう何回も拙ブログにアップしたと思うが、今年も訪れた。
中山道、塩名田宿。

不思議なものだ。
晩年の親父が案外と旧い宿場が好きで、和田宿や海野宿、馬籠宿などによく通っていたが、息子もそうなりつつある。

塩名田の、千曲川に掛る中津橋の袂、川魚屋。
構図を取っていたら、微妙なお姐さんが歩いて来て、この「のむら」さんに入っていった。
影の短さが、真夏の暑熱を留める。




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浅科から見る浅間。・・・うん、雲の中の浅間。
ここから見る浅間はいい。実にいい。
たとえ雲の中でも、僕には優美な浅間の曲線が見えている。


# by libra-mikio | 2017-08-24 22:38 | | Comments(0)
2017年 08月 21日

たすけて

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誰かたすけて!
おふくろとのコミュニケーションが取れない。

彼女の名誉のためにこれだけは先に書くが、彼女は身の回りのことは出来ている。

でも耳が遠くて会話が成立しない!
成立しないのであれば話しかけないでほしいのだが、お構いなしに細々としたことを言う。
たまらない。
返事をしても聞こえない。
勝手に相づちを打っている。

モウダメ、会話が成立しないことほどフラストレーションが溜まることはない。

お母さん、僕は優しくしたいのだよ。
だから話しかけないで!
お願いだよ。
口を利かないで!

そう思う自分に、フラストレーションがたまるんだよ。


# by libra-mikio | 2017-08-21 22:47 | Mic記 | Comments(1)
2017年 08月 20日

漂流

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10日間の長い夏休みをいただき、それはあと数時間で終わる。
この長い240時間を僕はどのように使ったのか。
一つ一つを指で差し、これは善かった、これは今一つだったなどと自分自身を評論することは愚であろう。
自分が決めることが許された、自分の時間の使い方を、自分でけなすことは無用だ。

ただ、こんな書き出しをすることは、何か不完全さを身の内に感じているということだ。
世間に甘えて、大抵のことはやって来たような感じもするが、極々当然のことながら、自分の間口の狭さに実のところ辟易している。
僕が本当にやりたいことは何なのだろう?

18歳の青年にとってこそ想うべき事柄を、還暦を目前にした自分が想うとは!

漂っている。
漂流している。
人生の目的が見えない。

今、僕は自分が情けない。
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# by libra-mikio | 2017-08-20 21:06 | Mic記 | Comments(0)
2017年 08月 17日

別所 北向観音

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別所温泉には夕方着き、大湯とあいそめの湯に連続して入った。どちらも硫黄の薫り高く申し分ない。
出ると太鼓の音が聞こえてきた。北向観音で盆踊りが始まろうとしていた。
短い参道には本物の蝋燭が灯る雪洞が等間隔でいくつも並べられ、すべての胴に近在の子供たちが描いたであろう絵があり、心なし哀切感が漂う。
観音堂はさすがに重厚でありながらも、すぐ脇の広場の太鼓の音、つまり庶民の民芸の極致とも融和していた。


話は変わるが、ここ何年も不満に思っていたこと、即ち仏教は宗教ではなく哲学であるのになぜ宗教として扱われるのか、についてごく最近、おぼろげに答えが見えてきている。
鈴木大拙の「禅(仏教の生命と精神の項)(ちくま文庫)」を読み返し、一方で武者小路実篤の「釈迦(岩波文庫)」を一気読みしたことで、仏教がいかにして宗教になったのか、その解決の糸口を掴みかけている。
極々大づかみにそのキモを表現すれば、仏陀ゴータマ・シッダールタが存命の時にはその教えは宗教ではなく、仏陀の死後2千年経つうちにそれは宗教へと変わってきたのだ。
この辺りは今後楽しみに整理したい。


先程まで濃い藍色が残っていた空もいつしかとっぷりと暮れた。
浴衣のお嬢さんが現れた。おそらくは地元の人達だろう。
北向観音は、本当に地域に溶け込んでいると感じた。
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# by libra-mikio | 2017-08-17 16:31 | | Comments(0)
2017年 08月 16日

飽和「葉緑素」濃度

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創られた公園、と言ってしまえばすべての公園は創られたものであるが、その中でも特に手入れが行き届いていた。
とあるロックフィルダムの、放流サイドにある。
造園の仕事は丁寧で、その光景は癒やしを充分に含んでいる。
ただ、夏休みだが気温が上がらないことと、適度な雨?のせいか、本当に人っ子一人いない。




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セミも鳴かない。
風も吹かない。
替わりに、空気中に植物の葉緑素が放出されたかのように、あたり一面に緑が充満している。
湿度ならぬ緑度、などと言う言葉が頭に浮かぶ。
ここはさしずめ飽和葉緑素濃度に近い。
そう、繰り返すが、空気が緑色なんだ。




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木々の樹高を見ればこの公園がつくられてからの年月が判ろうというものだ。
そしてベンチの配置がいい。
小さな丘の造りもいい。
芝は刈られたばかりだ。

なぜ僕一人しかいないんだろ?


# by libra-mikio | 2017-08-16 20:34 | 椅子のある風景 | Comments(0)
2017年 08月 12日

よみがえるバカ

子供の頃父親と散歩をしていたとき、かなり勾配の急な坂を八百屋か何かのカブがスピードを上げて降りて来た。
カブは僕たちの近くを歩いていたおばさんの間近で、大きなブレーキ音とタイヤの軋みを発して止まった。
カブの兄ちゃんはそのおばさんと面識があったようで、止まった後、悪びれず、満面の笑みで「えへへ、驚いたでしょ」
要するにおばさんをからかったのだ。
おばさんはもちろん驚き顔が引きつっていた。

その後、父親が吐き捨てるように言った。
「馬鹿者が。ブレーキが利かなかったらどうなるかということを、全く考えていない。お前は、あのようにはなるな」
子供ながら、僕は父親のいう意味を即座に理解した。


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江の島の桟橋のすぐ下に、水上バイクの奴らが集まるようになって何年にもなる。
観光客が橋をそぞろ歩くので、奴らは「見られてシアワセ感」を満喫している。ゾクと一緒。
派手にターンを決めて水しぶきを盛大に上げる。
大抵後ろに女を乗っけている。
周囲に何もない所でやればまだしも、仲間のバイクをめがけて水しぶきを浴びせた。
瞬間、子供の頃のカブのバカが脳裏によみがえった。


スキンヘッドのマッチョバカよ、江の島っていうのは、お前らみたいなガキが来るところじゃないんだよ。
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# by libra-mikio | 2017-08-12 18:21 | Mic記 | Comments(0)
2017年 08月 03日

白樺

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子供の頃から海辺の育ちで、だから白樺への憧れは並大抵のものではなかった。
或る時従兄が、家族旅行で信州に行ったからそのお土産だ、と言って白樺林のポスターを我が家に持ってきた。
そのポスターは今でいうA0サイズ、実に立派で、ほどなく僕の勉強部屋に張られることになった。
癒された。
そのポスターを見つめていると、NHK-FMの野鳥の声の放送で初めて聞いたカッコウの鳴き声が聞こえてくるのだった。
(あの頃、僕の頭の中にぐるぐる回ってエンドレスだったのは、カッコウの声と吉田美奈子=朝は君に、だけだった)




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こんなお洒落な樹木は他にはないと思う。
花木ではないから、春夏秋冬、いつでもその樹皮の妙を感得できる。
こんな風に、少しやつれていたってワクワクする。
僕にとって白樺は信州の象徴なんだけど、初めて新千歳空港から札幌に向かう電車の車窓に、至極無造作に白樺林が現れた時にはびっくりしたな。
住宅地、いや線路脇に普通に生える白樺。
寒冷地ならば当然かもしれないが、なんとも羨ましかったものだ。




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倒れても、白樺。
た お れ て も し ら か ば 。
いいな。


# by libra-mikio | 2017-08-03 22:12 | Mic記 | Comments(0)
2017年 07月 25日

読了

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今年になって、重い腰を上げて、これまで中途で放棄していた鈴木大拙の「日本的霊性」を読み終わった。
勢いを得て、やはりとん挫していた森清著「大拙と幾多郎」も今日、読了した。
3年越し、いや、5年越しかもしれない。
合間に「無心ということ」「禅」を読んでいたが、ようやく、大拙・鈴木貞太郎の爪の垢の一塵ほどに目を向けることが出来たレベルか。

それにしても明治の日本人力には瞠目すべきものがある。
司馬遼太郎が明治の日本人を賞賛する気分が良く判った。
明治人は胸を張って西欧に出て行った。そして東洋の精神を西欧にちゃんと伝えていた。

東慶寺に隣接する松ヶ丘文庫のHPにあたると、老いた大拙が1952年と53年にコロンビア大学で行った講義録「鈴木大拙 コロンビア大学セミナー講義(1952年秋冬学期・1953年春学期)」が昨年刊行された、とあった。
講義は無論英語で行われているが和訳本のようだ。
是非読んでみたい。


# by libra-mikio | 2017-07-25 22:42 | Mic記 | Comments(0)
2017年 07月 24日

キスゲと一緒に太陽を待つ

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白樺湖の定宿を、朝の5時半に出る。
勝手知ったるフロントは、キーを置いておけばいいから、ということになっている。
ニッコウキスゲを見に、車山の肩を目指す。
雨ではないが晴れでもない微妙な空気感。
ビーナスラインから振り返れば、蓼科山がシルキーな高層雲越しの朝日に影絵になっている。




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霧ヶ峰はまだ乳色の曖昧なエーテルで満たされている。
去年とほぼ同じ日の同じ時刻に霧ヶ峰にいるが、今年のニッコウキスゲは去年より張りがあるようだ。
でもこの光ではくすんでいて、なんだかのっぺりしている。
雨でも構わないとは思っていたが、晴れるのであれば早く晴れてほしい。




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さあ、もうすぐだよ。もうすぐ、お日様が顔を出すよ。
さっきよりも明るくなって来たぞ。
まだかな、まだかな。
太陽を待っているのは花たちも一緒のようだ。




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そら出た!
一旦太陽が出てしまえばこんなにも透明な色に変わる。
ここでも名残のレンゲツツジが少し咲いていた。
ツツジとキスゲのツーショットを狙ってあれこれアングルを変えてみたが、これが精一杯。
自然界の贈り物のワンカット。



# by libra-mikio | 2017-07-24 20:49 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 23日

逢いたかった風景

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駐車場にクルマを停め、いよいよワンダリングが始まる。
年齢と日頃の不摂生が息を弾ませる。弾んでいるうちはいいが、そのうち弾みもしなくなる。
でも気温はおそらく25度を下回り、湿度も低く、汗が見事に飛んでいく。

何気なく眺望が効く場所に出た。瞬間、これぞ信州! と思った。
何という山が見えているのか、が問題ではない。
この時の僕にとって、あるべきものが、あるべき場所にあり、すべての配置が黄金律に則っていた。




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池の平湿原は別名、アヤメ平とも呼ばれているそうだ。
木道を逸脱してはいけない。自然に対する奥ゆかしさを保つためにちゃんと望遠レンズを持って来ている。
6時に湘南を出発してここに着いたのは午後1時。
中途半端な時間帯であるがゆえに、却って僕の周りに登山者はほとんどおらず、木道に一人座り込み、望遠で切り撮る。
アヤメたちは確かに笑っていた。




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詩人、尾崎喜八は美ヶ原を訪れ、その天空の広がりの様子を、
「登りついて不意にひらけた眼前の風景に / しばし世界の天井が抜けたかと思う。
 やがて一歩を踏み込んで岩にまたがりながら、 / この高さにおけるこの広がりの把握になおもくるしむ。
 無制限な、おおどかな、荒っぽくて、新鮮な、 / この風景の情緒はただ身にしみるように本原的で、
 尋常の尺度にはまるで桁が外れている。(尾崎喜八 美ヶ原熔岩台地)」
と記した。
その気分は池の平湿原にも当て嵌まる。
写真に見える木道は、一周しても30-40分なのでスケール的には小さいが、気分はもう、同じだ。名残のレンゲツツジも僕を待っていてくれた。


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# by libra-mikio | 2017-07-23 21:25 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 18日

駒草

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池の平湿原の上に咲く駒草に逢うことと、霧ヶ峰のニッコウキスゲに逢うこと、そして踊場湿原を歩いて郭公を聞くことが海の日連休の定番となった。

駒草ってこんなにも可憐なのに、信じられないようなガレ場でしか咲かない。
何でだろう?
って、僕が考えたって解決しないからやめよう。

駒草って、背丈が小さいんだよ。
せいぜい大きくたって、15センチにも満たない。




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そして赤ん坊のように、花の大きさとそれを支える茎、首の細さがすごくアンバランスなんだ。
だから一層、健気さが伝わるのかな。
あ、もちろんその名前は花の形が馬の顔に似ているからだということは判るよね。




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去年のほぼ同じ時期にここに来たときは、なんとなく花期の終わりでほとんどの花がやつれていた。
でも今年は、なんとか間に合ったみたい。
嬉しかったなぁ。


# by libra-mikio | 2017-07-18 21:32 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 17日

絵はがきの富士

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毎年、海の日の連休に高原に行くようになった。
梅雨のさなかだから、雨が降ることは織り込み済みだ。
しかし今年は一体どうしたことだろう。
確かに水蒸気は多いが、朝早くから快晴だ。

三国峠から山中湖に降りる途中にパノラマ台という、山中湖と富士を見渡せる展望台がある。
その駐車場はすぐに満車になり、三脚の列が立ち並ぶ。
僕のようにモノノワカッタ人は(エヘン)、その少し上にある無名の空き地を選ぶ。




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まるで絵はがきだ。風景写真としては実によろしくない。
でもね、この光景を前にして、ストレートにシャッターボタンを押したい!という誘惑は強烈である。
そして僕はサタンに打ち勝つイエスほど強くない。

夏富士にはわずかに雪渓が残るのみ。
植物の緑が夏のエネルギーを得て、少しづつガレ場の茶色を上方に追い詰めていく。
平和な光景である。


# by libra-mikio | 2017-07-17 15:03 | 高原 | Comments(0)
2017年 07月 13日

For sale

For sale、いや、”Love for sale” ではありません。
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では何を?
フネを。
どんなフネなの?
こんなフネです。
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じゃ、いくらさ?
だいたい3,000万円くらい。
安いの?高いの?
・・・見当がつきません。
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でも、バーゲンチックだから、きっとお手頃なのでしょう。
「ふ~ん」って思う人が、きっといるのでせう。
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こういうお家に住んでいる人なのでせう。
「ふ~ん」と思う方々は。



# by libra-mikio | 2017-07-13 19:17 | | Comments(0)
2017年 07月 11日

里の愛らしい光景

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中央アルプスの麓の山村を走っていて、わざと小さな道に紛れ込んでみた。
細く折れ曲がる農道を、少しヒヤヒヤしながらゆっくり走っていると、こんなに可愛い庭(?)に出逢った。
家を一歩出たら草花が一面に咲いている・・・ものすごく贅沢なことだと思った。




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道端の、紫陽花越しに奥に拡がる田んぼと額紫陽花の対比に惹かれた。
濃い青と、稲のみずみずしい緑が、朴訥だけれど里の温かみを感じさせた。
この季節ならではの、ぽってりとした空気感も写すことが出来たつもりだ。




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少し坂を登ったところにある家の庭に、数本の向日葵が咲いていた。
何故となく、向日葵と、壁の白と、屋根の赤茶がとても可愛らしく感じられた。
こういう家に住んでみたいと、羨ましさを素直に感じた。


# by libra-mikio | 2017-07-11 23:32 | | Comments(0)
2017年 07月 10日

ようやく合歓たちが元気になってきた

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ようやく合歓たちが元気になってきた。

中くらいの谷の、西の尾根の中ほどに、この合歓はいる。
梅雨の中休みの、まだあまり高くない今日の朝日が横から射している。
シャッターを切る瞬間、風がさりげなく通り過ぎた。
花も葉も、ちょっと大げさに驚いている。




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陽が高くなると、一様な光線でのっぺりとした印象になってしまう。
それでも半逆光の合歓を探し、なんとか絵になるよう願って撮る。
晴天の真昼の合歓は難しい。
急に夕立でも来ればいいのに、などと思う。




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しかし、合歓はどうしてこのような花を咲かせることになったのだろう。
繊細すぎる。
クローズアップ双眼鏡で覗くと、それはそれは美しく、本当に見惚れてしまう。



# by libra-mikio | 2017-07-10 22:28 | | Comments(0)
2017年 07月 03日

振り仰ぐ

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湖岸の周回道路には、先ほどまでの雨が上がった後の、強烈な湿度が満ちていた。
強い日差しが否応なく、せっかく落ちた雨滴をまた空に返し始めている。

ふと見上げると形のいいクルミの実があちこちに下がっていた。
僕にはもう、これがオニグルミなのかサワグルミなのか区別がつかない。

口惜しさから言うのではなく、今の僕には、クルミ、でいい。




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何故、ヤマユリを振り仰ぐのか。
実は切り立った法面の上の方から道路に向かい咲いていたのだ。

野草である。
でも、こんなにゴージャスな野草がほかにあるだろうか。

神奈川県の県花になっている。
ただしこの花の名前ををひらがなで書くと、悲しく忌まわしい出来事が思い起こされてしまう。




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毎年、合歓を探しに行く。
小諸の、とある場所の合歓は大変に美しかった。
実はうちの近所にも美しい合歓があったのだが、最近は不思議ときれいにはならないのだ。

でもね、日曜日にある湖のほとりで期待の出来そうな合歓を見つけた。
まだ少し早かった。
来週は、もっと妖艶な姿を見せていることだろう。


# by libra-mikio | 2017-07-03 21:48 | | Comments(0)
2017年 06月 27日

東慶寺、雨

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日曜日に待望の雨が降った。
梅雨の時期に「待望の」は本来おかしいが、実際、なんという空梅雨なのだろう。

鎌倉に紫陽花を撮りに行こうと決めていた。
お目当ては明月院だったが、少し出遅れて9時半に北鎌倉に着いたら、なんと横須賀線の線路まで「明月院待ち」の列が出来ていた。

即座にやめて、東慶寺に行った。
正解だった。




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奥の墓所は、いつにも増してしっとりと潤っていた。
石仏の配置が面白くてレンズを向けると、奥の竹が光っていた。光っているように見えた。
まるで竹取物語だ。

いや、待てよ、このように僕の目から見ても竹が光って見えるのだから、いにしえの作者の目にも竹の根元が光るように見えたのだろう。
古来の寓話にはある種の写実があったのだろう。




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これまで気が付かなかったが、「ブライス」さんという方のお墓があった。石塔にはちゃんとカタカナで「ブライス」と刻んである。
つい最近ゆかりの方がお見えになったらしく、薔薇が供わっていた。

岩波茂雄や安宅弥吉、和辻哲郎や西田幾多郎の墓所とそう離れてはいない。
ブライスさん。どんな方だったのだろう。




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少し雨が強くなってきた。
東慶寺の入り口にある「北鎌倉 ギャラリー空」に入り、しばし雨をやり過ごす。

ここにも紫陽花が咲いていた。
あまり可愛いのでお店の女性に声を掛け、写真を撮らせてもらった。
こういうのって、けっこう好きだ。


# by libra-mikio | 2017-06-27 21:54 | | Comments(2)
2017年 06月 25日

夜の愛に逢いに行く

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夜のなお美さんのモニュメントを撮りたくなった。
相模湾の光に浮かぶモニュメントを。

誤算であった。もっと光が碑に当たっていると思った。
いいえ、辺りは真っ暗であった。
正直に言うと、少し怖かった。




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さそり座が昇っていた。
いて座の銀河も光っていた。

なお美さんのモニュメントの真ん前で、さそりを撮った。
正直に言うと、この時も少し怖かった。




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ヨロイヅカファームのこのオブジェは、お二人そのものなんだと、初めて得心した。
寄り添う者と寄り添われる者。
愛って、あるんだ。




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夜景って、愛を紡ぐね。
あの光の下でどれほどの愛が満ちているのか。

愛、無尽。


# by libra-mikio | 2017-06-25 21:26 | | Comments(0)
2017年 06月 18日

また薔薇を撮ってしまう

雨が降るという予報が出ていた。
今日は、雨に濡れた百合を撮るつもりだった。

雨は予報通り降ってきた。
そして雨滴を纏った百合もあった。

でも、薔薇の美に負けた。
もう、旬を過ぎている。花弁が痛んでいる。
しかし、傷んでなお、薔薇は美しい。
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何回も書くが、最近、この薄紫の薔薇が気に入っている。
清楚である。
品種としての名前はもちろんある。
しかし、名前を憶えて得意になる時期は、僕の中でもう過ぎた。
美しければ善い。




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炎立つ。
種苗家は何を求めてこの品種を作ったか。
妖艶。社交。ジェラシー。
僕は炎(ほむら)だと思った。
究極の恋心。




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この花弁の厚さはどうだ。
あたかも朴の花のようだ。
しかし朴の花の一種凄みのある香りではなく、あくまでも薔薇の清楚な香りを放つ。




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可憐。
いや、可憐だけだろうか。

したたかな可憐、か。


# by libra-mikio | 2017-06-18 22:19 | | Comments(0)
2017年 06月 16日

香を焚く

一週間が終わった。
今宵、グラスが進む。

香を焚いた。
しかも串田孫一のカップで。

富士宮の江戸屋さんにまた行って、無理を言って、串田さんのカップをわけてもらった。
もちろん対価を払うつもりだった。
しかし、お店の若い女の子は困った顔をしてオーナーに相談した。
帰ってきて曰く、「もう新たには作っていません。これはお店の常備品であり新品ではありません。既に当店で使用している以上、お代は受取れません、そうオーナーが申しておりました」

そのカップを香炉にして良いのか?
僕の中では、善いのだ。
串田さんのカップは、単にお茶を受け止める容れ物から、もっともっと創造的な役割を果たすのだ。

今日の香は、鎌倉にある鬼頭天薫堂で求めた、「竹仙 ゆずのかおり」である。
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# by libra-mikio | 2017-06-16 23:36 | | Comments(0)
2017年 06月 13日

2017年、初夏の田んぼ

ここは御殿場の田んぼ。
朝の富士が逆さに写って、いい感じ。
これを撮ったのは5月4日午前8時半。今では苗も大きくなっているだろう。
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年に何回か、田んぼっていいな、と思う時がある。
何故かはよく判らない。
でも道すがら、あ、と思ってクルマを停めてしまう。




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国道20号を通れば早く信州方面に行けることは判っている。
けれどあまり風情がないので、釜無川の南西を北上する県道12号をよく使う。
そこで発見した棚田。6月2日午後6時前。
遠くに八ヶ岳を望む、いい空間だった。




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駒ヶ根温泉ホテルの最上階からこっそり撮った、6月3日朝5時半の田んぼ。
伊那谷に昇る朝日が水面に反射し、僕はうれしくて自然と笑みをこぼした。

数日前にアップした、天竜川の河岸段丘の上の田んぼはこの後に撮ったものだ。
田んぼって、なんか、いいな。


# by libra-mikio | 2017-06-13 22:32 | Mic記 | Comments(0)
2017年 06月 11日

ついにあの鳥の名前が判った!

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ついにこの鳥の名前が判った!
ガビチョウ、というそうだ。

この写真は2015年6月18日の拙ブログ「ムラヤマ・クロツグミのメス? 」にアップしたのと同じ写真である。
要するに僕は長いことこいつの姿を見ることが出来ず、こいつの鳴き声をクロツグミの声だと思い込んでいたのだが、上の文を書いた日に初めてその姿を捉えたのだった。
もちろん即座に野鳥の図鑑で調べたが、どうしてもクロツグミではないと感じた。このいきさつは前ブログに詳しい。
結局、違うよなぁ、と思いつつ、これはきっとクロツグミのメスで、眉毛が白いことからあの村山首相の名前をくっ付けて、ムラヤマ・クロツグミのメスだなどといい加減なことを書いたのである。半信半疑で。

で、実は今日箱根の温泉に行く道すがら、環境省が設置している「箱根ビジターセンター」に寄ったのだが、箱根に生きる野鳥の写真カードが展示されていた。
もしかしてあいつのカードがあるかも? と思い、期待に手を震わせながらめくっていくと・・・あった!
しかしそこには初めて聞く名前「ガビチョウ」と書いてある。
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ガビチョウ?・・・知らない・・・
早速、センターに備え付けの鳥類大辞典など数冊をひっくり返したが、そんな名前はない。
途方に暮れる1ミリ前で、そうだ学芸員さんにきいてみよう、と閃いた。
(僕はナントカ大臣と違って学芸員さんは立派な人たちだと思っている)
相手をしてくれた方は40台の女性で、なんかこう、優しさのカタマリみたいなチャーミングな方だった。たとえるならば原日出子さんのような💛 (余計か)

僕:
実はこれこれしかじかで、この鳥をずっとクロツグミだと思っていたが今日初めてガビチョウであると知ったんだ。フッ、参ったな。しかし僕が初めて聞く名であると同時にどの辞典にも出ていない。これは一体なんでだろう?もし君に知識があるのならば、そして僕に伝えることをヤブサカではないと思うのならば、教えてはくれないだろうか。

チャーミングさん:
うふ、いいわ。教えてあげる。あなたは実に素敵なポイントを突いたわ。実はこの鳥はもともと日本にはいなかったの。中国からペットとして連れてこられたのよ。でもね、ペットが逃げ出したのか、或いは業者がうるさく鳴くこの鳥を持て余して山に放しちゃったのか、とにかく近年急にあちこちで繁殖したの。これはね、ガビチョウっていうのよ。ガ・ビ・チョ・ウ💛 中国での漢字は画眉鳥で、そのまま音読みにしているのね。最近のことだから、こどもやちょうずかんにも偉そうな権威主義的辞典にも出ていないのだわ。 

僕:
ふーむ、ガビチョウ。ところで自分で言うのもナンだが、僕は鳥の声の聞きなしには多少自信があるんだぜ。しかしこいつは、多少の不信感を持ちつつも僕をしてクロツグミだと思わせた・・・。そこのところが少し口惜しいな。俺もヤキがまわったか。

チャーミングさん:
あら、今度は自己嫌悪? あのね、あなたが間違えたのはおそらく無理もないのよ。実はガビチョウはすごく耳がいいと言われているの。どういうことかというと、他の鳥の声をすぐに覚えて真似をするのよ。しかも本当に上手く。実際に、オオルリやキビタキ、サンコウチョウの真似をするのを私は知っている。クロツグミの鳴き真似なんてコロッケ以上に上手いはずよ。だからあなたはそうひがまなくてもいいのよ。どう? ご気分を直すことが出来て?

・・・バカらしい。すみません。

最後に実際にガ・ビ・チョ・ウ💛の美しくも狂おしい鳴き声をシェアさせていただきます。


★さらにオマケ
箱根からの帰り道に当たるので、つい、ヨロイヅカファームのなお美さんのモニュメントに寄ってしまう。
この、なお美より、という文字の形に惹かれてしまうのだ。
今日のバラを何気なく撮ったのだが、いま写真を見ていて気が付いた。むむ、右に金属の銘板が新しく設置されている!
このモニュメントは日々進化している。
今度、ゆっくり読みに行こう。
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# by libra-mikio | 2017-06-11 21:10 | Mic記 | Comments(0)